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踏み跡にたたずんで

芥川賞作家、小野正嗣さんの小説「踏み跡にたたずんで」がスタート。月1回、原則として第4土曜日に掲載します。

  • 日の出=小野正嗣

     あらゆるものの輪郭がおぼろになっていく、とベス姉がため息まじりに漏らし、彼女に背負われていたベスが、賛同するように、くううんと鼻を鳴らした。 ベス姉は10年近…

  • 壁と壁=小野正嗣

     壁に近づくと危ないとはささやかれていたけれど、理由については聞かされていなかった。 太陽は天頂に達し、研ぎ澄まされた鋭い光が、古いセメントブロックの壁の表面に…

  • 黒い羽根のある沈黙=小野正嗣

     カラスたちが舞う。荒れ狂う大波のような風が次々と襲ってくる。飲み込まれまい、溺れまいとあがくことが飛ぶことの同義となる。 だから、カラスたちはみずからの意志で…

  • 乳白色の吐息=小野正嗣

     乳白色の吐息が、よくこねたパン生地のように、ねじられ、ひきちぎられる。 驚いたことに、ひとつひとつ、一体の人間や群像に変化する。そうかと思えば、不意に誰かの顔…

  • 動物園、じゃねーし=小野正嗣

     どうして多くの人たちが集まるかというと、もちろん、そこに愛らしかったり、美しかったり、たくましかったり、哀れを誘ったりするいかなる動物がいるからでもないようだ…

  • 石たちのあいだで=小野正嗣

     半世紀ほど前に亡くなった彫刻家のアトリエをそのまま公開しているという美術館は、ずいぶんとわかりにくいところにあった。 駐車場からも遠かった。どうしてそんなとこ…

  • 詩と診療所=小野正嗣

     ある詩人について調査旅行をしていたときの話だ。 詩人が幼年期を過ごした町を訪れた。彼女はそこで2歳から10歳まで老夫婦のもとで育てられた。彼女はその老父婦が自…

  • 自転車は倒れ、雨に濡れて…=小野正嗣

     激しい雨だった。 地面にぶつかってはじけた雨粒が、空から落ちてくる圧倒的多数の後続たちに押し戻され、押し切られ、地上より少し上のあたりがとりわけ白くかすんでい…

  • この波止場は波止場ではない=小野正嗣

     この波止場は、本当は波止場ではない。 そう言われても何のことやらわからなかった。 そもそも老人の言葉は聞き取りにくかった。 かぶっていた野球帽も服も色あせてい…

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