
連載
花谷寿人の体温計
政治や社会の出来事が人々に与える影響を「体温」として読み解く、花谷寿人論説委員のコラム。
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#152
千江子の鐘
4/22 12:26 855文字新学期がスタートした。始業開始のチャイムが鳴る。 学校に通えるのは当然のこと、ではなかった。昨春、全国の小中高校はコロナ禍で休校を強いられた。定時制高校や夜間中学も例外ではない。 かつて取材した自主夜間中学の光景が目に浮かぶ。廃校になった東京・下町の小学校。生徒の年齢や国籍は問わない。退職した教師
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#151
福島を担う覚悟
4/15 12:40 941文字葉室麟さんの直木賞受賞作「蜩(ひぐらし)ノ記」は「期限」が重要なモチーフだ。主人公の武士、戸田秋谷(とだしゅうこく)はいわれなき罪を背負い、藩から10年後の切腹を命じられる。 期限が迫る中、課された役目を黙々と果たしつつ、助命を求めることは潔しとしない。正義を貫くためには、たとえ無実の罪であったと
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#150
冒険のはじまり
4/8 12:43 901文字一度もお会いしたことのない人だ。なのに、昔からの知り合いのような気がする。人なつっこい笑顔の写真に触れ、シャイな語り口を聞くと不思議とそう感じる。 国民栄誉賞も受けた冒険家、植村直己さん。37年前の2月12日、43歳の誕生日に世界で初めて北米最高峰・マッキンリーの冬季単独登頂に成功する。翌13日、
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#149
第五福竜丸の航海
4/1 12:26 922文字それは白い砂粒に見える。胃腸薬のガラス瓶のような容器に入った「死の灰」だ。 東京の湾岸、夢の島に建つ都立「第五福竜丸展示館」にある。1954年3月、米国は太平洋のビキニ環礁で水爆実験を行い、静岡県のマグロ漁船に死の灰が降り注いだ。被ばくした乗組員のうち1人が亡くなった。生き残った漁師たちの人生も一
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#148
つながりを選んだ人
3/25 12:39 862文字その人に思い切って尋ねた。 「お母さんが自ら命を絶った時のことなのですが……」。取材というよりも、一人の人間として聞きたかった。 弁護士の和泉貴士さん(45)。自死遺族の支援を続けている。東京都町田市の事務所。「今思えば、母は孤独だったんだなあと」 精神が不安定な母を見て育った。「早く大きくならな
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#147
二枚目の舌を抜け
3/18 12:48 893文字気がつけば「透明性」がキーワードになっている。もはや旧聞に属するが、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の新会長人事もそうであった。 選考過程は不透明だったが、菅義偉首相は国会で「ルールに基づいて透明な形で決めてほしいと強く申し上げた」と述べていた。ポーズでなく本気で言ったのなら、今からでも
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#146
原発のない村
3/11 12:08 901文字切り立った断崖がびょうぶのように連なる。海のアルプスと呼ばれる美しい海岸が岩手県田野畑村にある。作家の吉村昭はここを何度も訪れ、小説の舞台にした。 その一つが「梅の蕾(つぼみ)」。陸の孤島の無医村に医師を招こうと奔走する村長と、都会から家族で赴任した医師一家の物語だ。 それ以前、戦後間もないころか
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#145
1911/2011
3/4 12:23 859文字渡良瀬川を上流にさかのぼると、緑深い山中に突如、巨大な煙突が現れる。 通洞坑、変電所、製錬所……。栃木県日光市の旧足尾銅山一帯は、日本の近代化を支えた産業遺産が姿をとどめる。 遠い昔の光景に見えるが、いずれまた訪れる未来の映像のようにも感じる。 1880年代、銅山から鉱毒が渡良瀬川に流れ込み、下流
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#144
伝承館とランドセル
2/25 12:34 906文字ひと昔前にはやったプリントシール。女の子たちの笑顔が色あせた写真に納まっている。あの日を境に彼女らはどうなったのか。 福島県浪江町の元ギフトショップ店に「思い出の品展示場」がある。東日本大震災で、がれきの撤去作業を請け負った建設会社が見つけたものを保管している。 七五三や入学式、結婚式の写真、ぬい
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#143
一日にして成らず
2/18 12:20 900文字この時期、スポーツの国際大会がスウェーデンで開かれていたはずだった。スペシャルオリンピックスである。知的障害者にトレーニングと競技の場を提供する。4年に1度、夏と冬に開催されるが、コロナ禍で延期になった。 中でも知的障害のある人とない人の混成チームによる競技はバスケットボールで盛んだ。パスをつなぎ
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#142
夜の銀座と国技館
2/4 12:22 921文字釈明は下手な芝居のセリフを聞くかのようだった。 緊急事態宣言下で東京・銀座のクラブなどを深夜まで、はしごしていた自民党の松本純衆院議員である。「(店から)要望、陳情をいただいているところだった」 政界の「まつじゅん」と呼ばれているらしい。本家の嵐・松本潤さんは2023年のNHK大河ドラマの主役に決
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#141
鍋の底の石
1/28 12:36 884文字あの夜、命拾いした荒物屋の男は悲しみに暮れ、見失った妻と幼いわが子を捜し続けた。 76年前の3月10日、約10万人が亡くなった東京大空襲。男は女と出会う。女は夫と生き別れ、幼子を抱えていた。炊き出しのおむすびを一緒に食べ、その縁で結ばれる。空襲を生き延びた永井荷風の短編「にぎり飯」である。 女が言
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#140
雄弁でなくとも
1/21 12:43 871文字「皆さん、共に……しようではありませんか」 安倍晋三前首相の演説でたびたび聞いた言い回しだ。国民に呼びかけ、鼓舞する。昨年1月の施政方針演説には8カ所もあった。 菅義偉首相の初の施政方針演説はどれだけ心に響いただろう。政権発足以来、国会答弁や緊急事態宣言時の言葉に物足りなさを感じた人は私だけではな
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#139
学校は何のために
1/14 12:10 902文字高校受験のシーズンを迎える。一昨年に亡くなった若者のことを考えている。 千葉県成田市の渡辺純さん(当時21歳)。脳性まひで、たんを吸引する医療的ケアが必要だった。県立高校への進学を希望し、7年間浪人したが、27回不合格。定員割れでも落とされる「定員内不合格」は25回にも及んだ。 相模原市の障害者施
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#138
政党交付金は必要か
1/7 12:10 883文字税金がこんなところに、と驚くことがある。政治家のために何の名目でいくら使われているか、どれだけの人が知っているだろう。例えば政党交付金だ。 1994年に成立した政党助成法に基づく。リクルート事件など汚職事件への反省からできた。政治家が特定の企業や団体から献金を受け取ることを制限し、代わりに税金で政
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#137
心の回路
12/24 12:13 891文字コロナで社会がギスギスしている。世界を見渡せば、自国第一主義がはびこる。戦後75年、戦争の記憶も薄れるばかりだ。 こんな時、あの人なら何を書き、何を語るのか。今年で没後10年になる作家・劇作家の井上ひさしさんである。 戯曲には庶民の暮らしが描かれる。原爆投下後の広島を舞台にした代表作「父と暮せば」
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#136
受忍論と闘う力
12/17 12:35 920文字営業の自粛は求めるが、見合った補償は渋る。お国の一大事。これくらいの「協力金」で我慢してほしい。 新型コロナウイルスの感染が収まらず、自営業者らの生活は追い込まれるばかりだ。それでも、政府はこの姿勢を変えない。 ◇ <1945年 3月10日 土曜日 0:08> パネルに表示されているのは、米
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#135
学術会議と女神
12/10 12:42 889文字日本の戦争は正しかった。そんなタイトルの本が書店に並ぶ。読めば留飲を下げられるかもしれない。だが、単純で乱暴な記述では本当の歴史を理解できない。 「史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです」 著書「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」に加藤陽子・東京大教授は
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#134
椅子の家
12/3 12:58 877文字冬枯れの遊歩道は肌寒く、人影もまばらだ。 東京都庁を見上げる新宿中央公園。ここを舞台にした小説がある。藤原伊織さんの直木賞、江戸川乱歩賞作品「テロリストのパラソル」。1995年に発表された。 公園や周辺にいる路上生活者が登場する。彼らがいなければ小説は成り立たなかった。 10年以上前に訪れた時も、
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#133
大城さんの遺言
11/26 12:53 915文字沖縄の米軍基地で開かれるパーティーに参加する「私」。米国人らと表向きの親睦を深めるうち、「私」の娘が米兵にレイプされる。治外法権の壁が立ちはだかり、罪を裁くことは難しい――。 沖縄初の芥川賞を受賞し、先月95歳で亡くなった大城立裕さんの小説「カクテル・パーティー」である。発表は米占領下の1967年
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