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アンコール

ハイティンク・ロンドン響 至福の瞬間 ブルックナー7番

ミューザ川崎で9月30日(C)青柳聡

ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団 日本公演

ミューザ川崎で9月30日(C)青柳聡

 今年86歳のオランダ出身の名指揮者、ベルナルト・ハイティンクに率いられたロンドン交響楽団の日本公演。9月28日、サントリーホール(東京・赤坂)ではモーツァルトのピアノ協奏曲第24番、マーラーの交響曲第4番、同30日のミューザ川崎シンフォニーホールにおける公演では後半のマーラーをブルックナーの交響曲第7番に入れ替えたプログラムがそれぞれ披露された。ピアノはいずれも米国出身のマレイ・ペライア。

     ブルックナーは不思議な作曲家である。ミューザ川崎でのハイティンクのブルックナーの7番を聴いて、いつも抱いているこの思いを一層強くした。クラシック音楽ファンでもブルックナーの交響曲はあまり好きではないという人は多い。その理由を聞くと大抵は「長くて曲想の変化に乏しく聴いていて退屈する」などの答えが返ってくる。また、「ブルックナーは9曲、同じシンフォニーを作った」などとも言われるが、9曲は大げさにしても半分くらいはとても似通っており、途中の楽章を入れ替えて演奏したとしても結構な音楽ファンであっても気付かないこともあるだろう。

     しかし、素晴らしい指揮に導かれてオーケストラが、その指し示す方向に向かって全力の演奏を繰り広げたとき、聴衆は奇跡のような“至福の瞬間”に誘(いざな)われることもある。今回のハイティンクとロンドン響による7番もまさに“至福の瞬間”を体験させてくれる名演奏であった。

     ハイティンクのアプローチは、テンポを揺らしたり、普段は聴こえにくい内声部を浮き上らせるなどの作為的な手法を一切排したもので、ゆったりと自然体で曲に向かい合っていた。そこには自己表現の要素はまったく存在せず、偉大な作曲家やその作品への奉仕の姿勢が感じられた。筆者の席はオーケストラ・コンサートの取材用の割り当てとしては珍しいのだが、前から2列目のセンター。指揮者の背中を間近に見ながら演奏を聴いていると第2楽章あたりから、まるでワーグナーのオペラの一場面のように、ハイティンクに向かって天からまばゆい光が降り注いでくるかのように感じられた。まさに“至福の瞬間”である。舞台から近いだけにコンサートマスター以下、弦楽器セクションの第1プルトの息遣いがはっきりと伝わってきて、メンバーひとりひとりが指揮者の発するオーラのような力に導かれて渾身の演奏で応えていることが分かった。また、ブラスの輝かしいコラールを包み込むような弦楽器セクションの温かみのある厚い響きが、演奏の充実度を一層高めるのに大きな役割を果たしていた。

     何年かに一度しか巡り合えないような一夜であったが、ブルックナーのシンフォニーを聴いてこうした体験が出来るのは、高齢の指揮者がタクトを執ったときが多い。過去を振り返ってみても朝比奈隆、セルジュ・チェリビダッケ、ギュンター・ヴァント、そして最晩年のヘルベルト・フォン・カラヤン、そして最近ではスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(今年92歳を迎えた現役指揮者で来年、読売日本交響楽団に客演予定)らによる名演を思い出す。一昨年聴いたサイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるブルックナーは、表面的には非の打ちどころのない完璧な演奏ではあったが、なぜか心動かされなかった記憶がある。感嘆させられたものの、感動はしなかったのである。70歳を迎える前の実力指揮者がいかに意匠を凝らした演奏を行っても退屈してしまうことが多い。だからブルックナーは不思議なのである。

     当夜のハイティンクの演奏に間近で接して改めて確認できたことは、長い経験を積んで“無我の境地”のような心持ちで作品に向かい合える指揮者だけが、ブルックナーの作品に内包された不思議な力を引き出すことが出来る、ということであった。

    サントリーホールで9月28日(同ホール提供)

     一方、サントリーホールにおけるマーラーの交響曲第4番は、秋の夕景を連想させるような美しい演奏であった。この作曲家特有の死の影や不幸の予感などは一切なく、音楽の隅々にまで穏やかな充足感が満ちあふれていたような印象を受けた。第4楽章の独唱は、ドイツ出身のソプラノ、アンナ・ルチア・リヒター。透明感のある美声を駆使した素直な表現がハイティンクの悠々とした音楽作りにとてもマッチしていた。

    サントリーホールで9月28日(同ホール提供)

     モーツァルトのコンチェルトは2回聴いたのだが、サントリーホールとミューザ川崎ではやや異なる音楽作りがなされていた。それはホールのアコースティックの違いを考慮してのことであろう。サントリーホールでは、その豊かな響きを意識して、弦楽器をタップリと鳴らしていたのに対して、ミューザでは室内楽的なアンサンブルを際立たせていた。数えたわけではないが、ペライアもペダルを踏む回数をミューザでは少し減らしていたように見えた。

    サントリーホールで9月28日(同ホール提供)

     なお、ロンドン響は07年から首席指揮者を務めていたヴァレリー・ゲルギエフが今シーズン限りで退任し、17年9月から現在、ベルリン・フィルの芸術監督兼首席指揮者のラトルが音楽監督に就任する。同響で音楽監督の称号を持つのはクラウディオ・アバド(任期84〜87年)以来のこと。また、ハイティンクの来日公演は12回目でロンドン響とは2013年以来、2度目。ちなみに初来日は1962年、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)とで、この時、ハイティンクは気鋭の33歳。メーンの指揮者オイゲン・ヨッフムの“サブ”的な立場でのツアー帯同であった。(宮嶋極)

    公演日程とプログラム

    【ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団 日本公演】

    指揮:ベルナルト・ハイティンク

    ピアノ:マレイ・ペライア

    管弦楽:ロンドン交響楽団

    9月28日(月)19:00 サントリーホール

    モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491

    マーラー:交響曲第4番ト長調

    9月30日(水)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

    モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491

    ブルックナー:交響曲第7番ホ長調 WAB.107(ノヴァーク版)

    筆者プロフィル

    宮嶋極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、Webにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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