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アンコール

庭師が語る“おしべとめしべの話” 野田秀樹版《フィガロの結婚》

聴き手を幕末の世へと誘う廣川三憲演じる庭師のアントニ男(中央) (C) 佐々木隆二

 野田秀樹の演出で話題を呼んだ大規模プロジェクト《フィガロの結婚》も、いよいよ千秋楽間近。秋期公演は東京、山形を経て、11月1日には仙台市に隣接する名取市文化会館で上演された。野田版の一番の特徴は、やはり「庭師は見た」と謳(うた)うように、物語を通して庭師が進行役を務めることだ。開演前、ホールに入るとステージにはすでに庭師がおり、何やら刈り込んでいる。時代設定を垣間見せ、これから始まる物語への期待を膨らませる心憎い演出は、これまでと違う《フィガロ》を予感させた。

     始まって早々、件(くだん)の庭師がこのオペラを「おしべとめしべのお話」と象徴するように、野田の演出は、男女の愛憎や人物像がよりわかりやすく庶民的に描かれ、笑いを誘った。例えばナターレ・デ・カロリス演じるアルマヴィーヴァ伯爵は、ねっとりといやらしさを増しているし、フィガ郎を狙うマルチェ里奈(森山京子)は若い男を狙う中年女性の執念が丸出し。中でもマルチェ里奈と小林沙羅演じるスザ女の小競り合いは見もので、「ババア!」「小便娘!」(少々言葉が過ぎるのはご愛嬌=あいきょう)と小道具の番傘を用いて生々しく、しかしコミカルに罵(ののし)り合う様に、会場は笑いで包まれた。こうした笑いの要素はイタリア語であれば伝わりにくい。日本人同士の会話や歌は日本語で、という今回の演出だからこそ成り立った場面だろう。

    マルチェ里奈(森山京子・左)とスザ女(小林沙羅)の小競り合い (C) 佐々木隆二

     この、日本人は日本語、西洋人はイタリア語、また両者のやりとりもイタリア語を用いる変則的な言語設定は、予想外に違和感がなかった。日本語ゆえに言葉の綾(あや)やユーモアが楽しめる場面も多々あり、ところどころで聴き手の笑いを誘った。しかし歌い手は大変だろう。中でもスザ女役の小林沙羅とフィガ郎の大山大輔は、アルマヴィーヴァ伯爵夫妻と絡む場面も多い。それでもイタリア語と日本語を巧みに使い分ける様は、観ているこちらが舌を巻くほどだった。特に小林沙羅は愛らしいスザ女をコミカルに演じてステージを駆け巡り、ひときわ輝きを放った。中盤、終盤と時間の経過とともに安定した歌唱を聴かせ、「手紙の二重唱」やアルマヴィーヴァ伯爵夫人に扮(ふん)する場面では、しっとりとした歌声でスザ女と歌い分け、幅広さを見せた。またフィガ郎を演じた大山も安定した歌いぶりで、ミュージカルで磨いた賜物(たまもの)だろうか、特に台詞の発声や演技力で貫禄を見せた。

    (手前左から)ナターレ・デ・カロリス演じるアルマヴィーヴァ伯爵、テオドラ・ゲオルギューの伯爵夫人、小林沙羅、大山大輔のフィガ郎。本作では人形浄瑠璃や狂言のような伝統芸能の要素も盛り込まれていた (C) 佐々木隆二

     当然、オペラであるからにはオーケストラ(東北では山形交響楽団)と、彼らを率いる指揮者の井上道義がピットに入ったが、それすらコミカルな演出の一環に思えた。それほどまでに野田は《フィガロ》を自分の土俵に持ち込み、幕末の庶民臭さ溢(あふ)れる物語へと仕立てていた。会場には《フィガロ》を知らない聴衆も足を運んでいたようだ。言葉、音楽、狂言、演劇、多くの要素を新たに含んだ野田と井上の試みは、固定概念にとらわれず、聴き手の裾野をも広げる新たな作品として、魅力を放っていた。(正木 裕美)

    演奏は井上道義(ステージ中央)と山形交響楽団 (C) 佐々木隆二

    公演詳細

    ☆スタッフ&キャスト

    指揮・総監督:井上道義

    演出:野田秀樹

    舞台監督:伊藤潤

    総合プロデューサー:山田正幸

    美術:堀尾幸男(HORIO工房)

    衣裳:ひびのこづえ

    照明:小笠原純

    音響:石丸耕一

    振付:下司尚実

    アルマヴィーヴァ伯爵:ナターレ・デ・カロリス

    伯爵夫人:テオドラ・ゲオルギュー

    スザ女(スザンナ):小林沙羅

    フィガ郎(フィガロ):大山大輔

    ケルビーノ:マルテン・エンゲルチェズ

    マルチェ里奈(マルチェリーナ):森山京子

    バルト郎(ドン・バルトロ):妻屋秀和

    走り男(バジリオ):牧川修一

    狂っちゃ男(クルツィオ):三浦大喜

    バルバ里奈(バルバリーナ):コロン・えりか

    庭師アントニ男(アントニオ):廣川三憲

    合唱:新国立劇場合唱団、山形オペラ協会合唱団

    管弦楽:山形交響楽団

    チェンバロ、コレペティトゥール:服部容子

    公演日程

    10月22日(木)18:30、24日(土)、25日(日)ともに14:00 東京芸術劇場

    10月29日(木)18:30 山形テルサ

    11月1日(日)14:00 名取市文化会館(宮城)

    11月8日(日)14:00 メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)

    11月14日(土)15:00 熊本県立劇場

    作品データ

    原作: ピエール=オーギュスタン・カロン・ド・ボーマルシェによる戯曲「狂おしい一日、あるいはフィガロの結婚」

    台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

    作曲: ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

    初演:1786年5月1日 ブルク劇場(ウィーン)

    設定: 18世紀のスペイン

    筆者プロフィル

    正木裕美(まさき・ひろみ) 国立音楽大学(音楽教育学)、同大学院(音楽学)修了。クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在は仙台市在住。「音楽の友」編集部では、全国各地の音楽祭を訪れるなどフットワークを生かした取材に積極的に取り組んだ。東日本大震災発生後、仙台に移り住み、同市を拠点に東北各地の音楽状況や音楽による復興支援活動などの取材に力を入れている。

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