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アンコール

実力派マエストロ競演 “ガチ”の第9聴き比べ

写真提供=NHK交響楽団

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昨年末のベートーヴェン第9交響曲公演 総まくりリポート

 日本の師走の風物詩となっているベートーヴェンの第9交響曲の公演。以前はオーケストラの楽員に支給するモチ代(ボーナス)稼ぎのための企画などともいわれたこともあり、演奏もポイントとなる箇所だけバーン! と盛り上げて予定調和的に終わる、なんていうのも散見されたものである。ところが、最近ではその様相は激変している。各オーケストラとも実力派マエストロを起用して個性を競い合い、最初から最後まで“ガチ”の熱演を繰り広げて聴衆を大いに満足させているのである。「年末の第9なんて、普段はコンサート会場に足を運ばない人が聴くもの」などと言っていた音楽マニアでさえ、いくつかの公演をはしごして聴き比べを行うなどの光景があちらこちらで見られるのである。

     そこで昨年末の在京オーケストラの第9公演の中から特に注目を集めたコンサートをピックアップして、どのような演奏が行われたのかを振り返ってみたい。

     リポートを始める前に比較すべきポイントをいくつか紹介しておこう。

     まずは指揮者。ここ20~30年の間、作曲家在世当時の演奏方法を再現、あるいはその要素を取り入れるなどする、いわゆるピリオド(時代)奏法の研究と実践が大幅に進み、ベートーヴェンのオーケストラ作品の演奏スタイルも多様化している。どの指揮者がどんなスタイルのベートーヴェンをやるのかは、大概知られているので、指揮者の選択によってそのオーケストラがどんな第9をやりたいのかは自ずと明らかになる。言い換えればオーケストラの姿勢がそこに表れるのである。

     次に指揮者がどんな譜面を採用するのか。ベートーヴェンの交響曲の楽譜は1864年にドイツの音楽出版社ブライトコプフ・ウント・ヘンテル社から出版された全集版が1世紀以上にわたってスタンダード・バージョンとして使われてきた。フルトヴェングラー、トスカニーニ、カラヤン、ベーム、バーンスタインといった20世紀の巨匠指揮者たちは皆、この版をベースに自らの解釈を加えて演奏していたのである。今でもこのブライトコプフ版を使っている第一線で活躍中の指揮者は多い。2008~09年にウィーン・フィルとベートーヴェン交響曲ツィクルスを行ったクリスティアン・ティーレマン、そしてベルリン州立歌劇場の音楽監督を務めるダニエル・バレンボイムらがその代表例であろう。

     一方、ドイツの音楽出版社ベーレンライター社が1996年から順次、刊行していった新校訂全集、いわゆるベーレンライター版を採用する指揮者も増えている。この版は英国の音楽学者ジョナサン・デル・マーが中心となりベートーヴェンの自筆譜、作曲過程におけるスケッチ、当時のメモや手紙などを丹念に再検討し、歴史的な背景なども参考にしながらブライトコプフ版におけるあいまいだった点や誤りと疑われる箇所を修正したものである。その違いはアーティキュレーション(音のつなげ方)、管楽器の音程、そしてテンポ設定において顕著となっている。テンポに関してはベートーヴェンが生前指定したメトロノーム数値が記載されているのが特徴。これまで演奏不能、あるいはベートーヴェンの錯誤とされ、あまり重要視されていなかったメトロノーム数値によるテンポ指定を守ることを求めているのである。従ってこの版を使った演奏は概して速いテンポとなることが多い。

     前述したピリオド奏法を取り入れている指揮者は大抵、このベーレンライター版を使用している。ニコラウス・アーノンクール、ロジャー・ノリントンといったピリオド界の大御所はもちろん、今年、ベルリン・フィルを率いて来日しベートーヴェン・ツィクルスを行うサイモン・ラトルやNHK交響楽団とベートーヴェン・シリーズを展開中のヘルベルト・ブロムシュテットらもベーレンライター派である。

     そしてオーケストラの編成にも注目したい。かつてカラヤンは第9を18型の弦楽器(第1ヴァイオリン16人を基準に総勢70人)、管楽器は金管も含めてすべてオリジナルの倍の人数に増員、そして一部箇所だけであるがティンパニも2人でたたかせるなどの大編成で演奏していた。しかし、こうしたやり方についてもピリオド派からは「ベートーヴェンはもっと少人数での演奏を想定し作曲していたはず」との疑問の声が上がり、最近では後期の作品は弦楽器14型(総勢50人)、初期は12型(総勢40人)、管楽器は譜面の指定通りの数というのが主流となりつつある。さらに古楽器オーケストラやアンサンブルではもっと少ない数の弦楽器で演奏することも多い。会場の条件にもよるのだが、どのくらいの人数で演奏するのかによって曲の印象も随分と違って聴こえるものであり、編成は指揮者やオーケストラが作品に対してどのようなイメージを持っているのかを推し量る、ひとつの“物差し”と捉えることができる。

     以上のようなポイントに留意しながら、昨年末の各オーケストラの第9公演を振り返ってみたい。

    パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団

    写真提供=NHK交響楽団

     昨年秋にNHK交響楽団の首席指揮者に就任したパーヴォ・ヤルヴィと同響による注目の公演。ヤルヴィのベートーヴェンといえばドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとのツィクルスが多くのファンに知られている。これは小編成の室内オーケストラの特性を生かし、ピリオド奏法の要素を全面的に取り入れた(楽器は現代楽器を使用)演奏であった。これに対してN響は、フル編成の現代オーケストラであることに加えて、約3000人の大きなキャパシティーのNHKホールがメーン会場とあって当然、そのアプローチには違いがあって然るべきであり、それがどのようなものなのかが注目された。

     弦楽器の編成は16型のフル編成で木管楽器はオリジナルの倍の編成。使用譜面はベーレンライター版であった。

     肝心の演奏はピリオドの要素を随所に取り入れながらも、決してそれに拘泥することなく、部分的には弦楽器にヴィブラートをかけさせるなど、ホールの大きさを意識し、全体的な響きのバランスを重視した柔軟な音作りがなされていた。

     とはいえ曲全体にヤルヴィの明確なコンセプトがしっかりと貫かれており、楽員ひとりひとりがそれをできる限り実現させようと全力で取り組むことにより白熱の演奏となった。演奏の完成度は極めて高く、全力を出した時のN響のポテンシャルの高さをまざまざと見せつける結果となった。そして何よりもメンバーから“全力”をごく自然に導き出すヤルヴィの指揮者としての手腕と、どのような条件に対応できる柔軟性が印象に残る公演であった。

    上岡敏之指揮 読売日本交響楽団

    写真提供=読売日本交響楽団

     昨年末の第9の中で一番個性的な演奏であった。まず驚かされたのはテンポの速さ。第2楽章前半の繰り返しを行わなかったとはいえ、全曲の演奏時間は楽章間のインターバルを除くと正味55分前後という短さであった。筆者がこれまで聴いたあらゆる第9の中で最短記録といっても間違いないだろう。

     プログラム誌に載っていた上岡のインタビューを読んでみると「ベートーヴェンの音楽にはブレスがない……」との趣旨の話をしていたが、当初、何を指しているのか意味が分からなかった。実際の演奏を聴いてみると、まるで一筆書きのように曲全体にスラーが付けられおり、音と音、フレーズとフレーズのつなぎ目を感じさせないよう滑らかに演奏が進んでいく。それに対応しているのか、強弱の変化も穏やかで、一瞬の間やアウフタクトで息を深く吸い込むといったドイツ音楽の伝統的な演奏スタイルを真っ向から否定するかのようなアプローチであった。

     演奏を聴いて「なるほど、そういうことか」と彼の話の意味を理解することができたし、彼なりの理論的裏付けをもっての解釈であったとは思う。しかし、終演後、客席からの拍手に勢いが感じられなかったところを見ると聴衆の感じ方には賛否両論あるのかな、との印象を受けた。

     しかし、作品に秘められたさまざまな可能性を引き出そうとする上岡の姿勢は評価されるべきものであり、それを実際の音楽として破綻なく表現した読響の高い演奏能力には喝采を送りたい。最近のこのオーケストラのサウンドは一層、磨きがかけられた感が強く、透明で美しい響きにハッとさせられることが多い。特に日下紗矢子がコンサートマスターを務めたときの弦楽器セクションの伸びやかなアンサンブルには目を見張るべきものがある。

     なお、使用譜面はベーレンライター版、弦楽器は14型、管楽器は譜面に指定された通りの数であった。

    エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団

    写真提供=東京都交響楽団(C)堀田 力丸

     横綱相撲という言葉が当てはまりそうな風格にあふれた第9であった。使用譜面はブライトコプフ版、16型の弦楽器で、ヴィブラートもタップリとかけ、木管楽器は指定の倍といういわゆる“20世紀のスタイル”であったが、古さはまったく感じさせず極めて完成度の高い演奏であった。

     大野和士音楽監督による新体制が発足したばかりの都響だが、インバルが指揮台に立つと依然としてその能力と美点が最大限に引き出される、と感じたのは筆者だけではないはずだ。矢部達哉コンサートマスターをはじめメンバー全員が、燃焼度120%の熱演を繰り広げ、堅ろうな建築物を築き上げていくような骨太の音楽作りは圧巻の一言に尽きた。

     どのようなスタイルの演奏を行うかは重要ではあるものの、結局、そこに演奏者たちの魂が込められているのか、作曲家の精神にどこまで肉薄できたのかが大切であり、インバルと都響の演奏はスタイルを超越し、音楽の本質に迫る素晴らしいものであった。それは終演後の客席の盛り上がりが如実に物語っていた。

    アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

    写真提供=東京フィルハーモニー交響楽団(C)上野隆文

     イタリア・オペラ界の超新星との呼び声も高いアンドレア・バッティストーニ指揮による第9公演。バッティストーニは日本国内でもオペラ、コンサートの両方でみずみずしい才能を発揮しているだけに、どのようなアプローチでこの大曲に挑むのか、興味津々で聴いた。

     注目の俊英が選択した譜面はベーレンライター、弦楽器は14型、管楽器は指定通りの編成と、現代の潮流を意識したスタイルで臨んでいた。

     全体を通して上岡&読響同様、超高速のテンポ設定。第2楽章の繰り返しをしたにもかかわらず全曲を約60分余で演奏し終えた。この速さのためか第1、第2楽章が意外なほど淡々と進行していき、いつもの彼らしいパッションが少々希薄だった点には、バッティストーニ自身、この大作に関する研究の余地をまだまだ残しているのかなと感じた。ただ、全曲を通してメリハリはしっかりと付けられており、オペラを得意とする指揮者だけに第4楽章のオーケストラと合唱のバランスの取り方や響きの整え方が絶妙で、そこから紡ぎ出された美しいハーモニーに彼の豊かな才能の一端がうかがえた。

    小林研一郎指揮 ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2015

    写真提供=メイ・コーポレーション(C)山本倫子

     大みそか恒例のコンサートとなった「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会」。今年も炎のマエストロこと小林研一郎のタクト、コンサートマスターの篠崎史紀をはじめとするNHK交響楽団のメンバーを核に、在京オーケストラの腕利きプレイヤーたちを集めた岩城宏之メモリアル・オーケストラが演奏を担当した。

     電車が終夜運転される大みそかの特性を生かして一日でベートーヴェンの交響曲全9曲を一挙に演奏してしまうというユニークな企画、今回で13回目を数える。2003年のスタート当初は全曲を演奏し切ることに意義があるとのムードもあったが、ロリン・マゼールが指揮者として登場した2010年あたりから演奏の錬度が年々アップし、ここ数年はじっくりと腰を据えてベートーヴェンの交響曲の全体像を一挙に体感できる年に1度の貴重なコンサートとしてファンの注目度も高まっている。2011年から小林の指揮が続いており、今回はコバケンらしさが前面に押し出された熱のこもった演奏が繰り広げられた。

     第9の演奏であるが、この夜限りの臨時編成のオーケストラだけに楽員の数を他の常設オーケストラの公演と単純比較するのは難しい面もあるが、あえて記すと弦楽器は基本的に14型でコントラバスのみ7人、木管楽器はクラリネットを除いて倍の数に増員、トランペットも倍、ホルンの1番にアシスタント奏者という陣容であった。使用譜面はブライトコプフ版。

     弦楽器のヴィブラートもタップリの20世紀型の演奏であるが、コバケンならではの起伏の付け方、盛り上げ方は卓越したものがあり聴いていてついつい引き込まれていくのも事実。さらに午後1時からの第1番から聴き始め、順を追って第9まで到達していく過程を演奏者、聴衆の双方が共有し積み上げていくのも感慨ひとしおである。コバケンの人間味にあふれた燃焼度の高い第9で1年を締めくくるというのは格別な心持ちにさせられるものがある。終演後、自然と客席が総立ちになるのもベートーヴェンの音楽がいかに聴くものの心を揺さぶるかの証しといえるのかもしれない。

     今回、第9の最後の1音が鳴り終えたのは大みそかの23時45分前後であったが、個人的な希望をいえば、第9の演奏中に新年を迎えるという時間設定にしてほしいものである。特に第4楽章の歓喜のテーマをチェロ・バスが演奏しているあたりで新年となればベストであろう。実際、そんな年もあったが、終演時間については聴衆からは毎年、さまざまな要望が寄せられるようで、主催者側はそれをどうくみ上げていくのか、試行錯誤を繰り返しているそうだ。

    (宮嶋 極)

    公演日程とプログラム

    【パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団】

    12月22日(火)19:00、23日(水・祝)15:00、25日(金)19:00、26日(土)15:00 いずれもNHKホール

    12月27日(日)14:00 サントリーホール

    ソプラノ:森麻季

    アルト:加納悦子

    テノール:福井敬

    バリトン:妻屋秀和

    合唱:国立音楽大学

     

    ※27日のみ下記曲目も演奏

    バッハ(ラフマニノフ編):無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006―ガヴォット

    フランク:天使のパン ほか

     

    【上岡敏之指揮 読売日本交響楽団】

    12月18日(金)19:30 、22日(火)19:00 サントリーホール

    12月19日(土)14:00 、25日(金)19:00 東京芸術劇場

    12月20日(日)14:00 横浜みなとみらいホール

    12月24日(木)19:00 東京オペラシティ

    12月26日(土)17:00 ザ・シンフォニーホール(大阪)

    ソプラノ:イリーデ・マルティネス

    メゾ・ソプラノ:清水華澄

    テノール:吉田浩之

    バリトン:オラフア・シグルザルソン

    合唱:新国立劇場合唱団

    合唱指揮:三澤洋史

     

    【エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団】

    12月23日(水・祝)14:00 東京芸術劇場

    12月25日(金)19:00 東京文化会館

    12月26日(土)14:00 サントリーホール

    ソプラノ:安藤赴美子

    アルト:中島郁子

    テノール:大槻孝志

    バリトン:甲斐栄次郎

    合唱:二期会合唱団

     

    【アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団】

    12月18日(金)19:00 東京オペラシティ

    12月19日(土)14:00 サントリーホール

    12月20日(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

    ソプラノ:安井陽子

    アルト:竹本節子

    テノール:アンドレアス・シャーガー

    バリトン:萩原潤

    合唱:東京オペラシンガーズ

     

    ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番

     

    【小林研一郎指揮 ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2015】

    12月31日(木)13:00(23:50終演予定。出入り自由) 東京文化会館

    管弦楽:岩城宏之メモリアル・オーケストラ

    (コンサートマスター:篠崎史紀)

    ソプラノ:森麻季 

    アルト:山下牧子 

    テノール:錦織健

    バリトン:福島明也

    合唱:武蔵野合唱団

    筆者プロフィル

     宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、Webにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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