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アンコール

ピアニスト、作曲家、バッハ作品校訂者……ブゾーニのさまざまな顔に迫る

ブゾーニの多面性に光を当てたレクチャーコンサート=東京都杉並区和泉の「ソノリウム」で2016年4月2日

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 19世紀末期から20世紀初頭に活躍したフェルッチョ・ブゾーニ(1866~1924年)はさまざまな顔を持った才人である。超絶技巧のピアニストであり、作曲家、理論家、教育者としても大きな足跡を残した。しかし現代においてもっとも知られているのは、「シャコンヌ」をはじめとするバッハ作品の楽譜校訂・編曲者としての仕事だろう。今年が生誕150周年にあたるのを記念し、ブゾーニの多面性に光を当てたレクチャーコンサートが4月2日、東京都杉並区和泉の音楽ホール「ソノリウム」で開かれた。

 企画者は独・ベルリン芸術大大学院在学中(音楽学専攻)の畑野小百合。ピアノの井村理子、クラリネットの北岡羽衣の演奏でブゾーニのオリジナル曲や編曲作品を聴きながら、ブゾーニが目指した音楽はどのようなものであったかを掘り下げる意欲的な企画であった。

 演奏会前半は「編曲者・楽譜校訂者としてのブゾーニ」がテーマ。中でもブゾーニが校訂したバッハの「ゴルトベルク変奏曲」とオリジナルとの比較が興味深かった。楽譜の校訂とは、専門家が自らの解釈や演奏のしやすさなどを加味してフレージングやペダリング、強弱記号、注釈などを楽譜に書き加えることだが、ブゾーニの楽譜校訂は、校訂というより編曲に近い。ゴルトベルク変奏曲のブゾーニ版の楽譜の序文で彼は自らの考えを表明しているので、その概略を紹介しよう。「この傑出した作品をコンサートホール用に救出する(大勢の人に聴く機会を与える)ために、この作品は短縮されるかパラフレーズされる必要がある。こうして作品を、聴き手の鑑賞能力や演奏者の力量にふさわしいものにするのである。聴き手の耳に堪えるようにするには、繰り返しの省略を推奨したい。さらに、公の場での演奏ではいくつかの変奏を完全に省くことが適切だと考える」

 バッハのオリジナルは最初と最後の美しいアリアの間に30の変奏曲が置かれ、演奏にもよるが1時間超の大曲である。主題を発展させて変化に富んだ表情を見せる変奏曲はそれぞれに個性があり、どれもゴルトベルクに不可欠、と考える人は少なくないだろう。

 だがブゾーニは大胆にも30のうち九つの変奏曲を省き、約30分の作品に編曲した。

 残した部分への手の加え方も大胆である。たとえば全曲の最後の部分。第28曲は音域が1オクターブ上げられ、ペダルの使用が指示されている。幅広い音域を持つピアノの特性が生かされた結果、リストのピアノ曲「ラ・カンパネッラ」風の響きを生む。第29曲では最後の部分に次の第30曲の冒頭のモチーフを組み込んだり、最後の和音を属和音に変更したりして2曲の連続性を強化。最後のアリアは静かに全曲を締めくくるのではなく、「幅広く」と指示されている。優美な装飾音を省き、全体の音域が下げられ、低音の響きを補強。太い響きでアリアの骨格が提示される。さらに締めくくりの「レソファソ」の旋律が3度も繰り返される。現代のスタンダードな演奏を通してゴルトベルク変奏曲を知る者にとっては、畑野が言うように「抱腹絶倒もの」の改変といっても過言ではない気がした。ここでブゾーニ自身がオリジナルと編曲の関係をどのように考えていたかを端的に示す彼自身の言葉を紹介しておこう。「あらゆる記譜は、すでにある抽象的なアイディアの編曲である。ペンが想念をとらえる瞬間に、アイディアは本来の姿を失っている。(中略)最初の編曲から第2の編曲までのステップは比較的短く、重要ではない」(「新音楽美学論」)

会場で公開されたブゾーニ自筆の風刺画

 さて、コンサート後半のテーマは「作曲家・著述家としてのブゾーニ」。ブゾーニのオリジナル曲から、クラリネットとピアノによる3曲とピアノ独奏1曲が演奏された。ロマン派的な曲から、調性を逸脱するような作品まであり、過去の音楽と対峙(たいじ)しつつ新たな音楽を目指すブゾーニの試行錯誤を感じることができた。

 ここで今回、実物が会場で初公開され、このコンサートを企画するきっかけともなったブゾーニ自筆の風刺画について畑野が解説した。絵はほぼ30センチ四方で紙に鉛筆で描かれている。ターバンを頭に巻き葉巻を吸っている男とザリガニが描かれており、絵の下には、この二人の辛辣(しんらつ)な会話が記されている。

 畑野がこの絵に出合ったのは昨年5月。畑野は1880年から1935年にベルリンにあったヘルマン・ヴォルフ音楽事務所(以下HW)について研究中で、調査のために訪れたHW創立者の子孫の家(米国)でのことだった。

 HWはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団創立にも深く関わり、指揮者の指名権を持ち、定期演奏会の主催者でもあった実力のある音楽事務所で、ブゾーニも所属していた。新しい音楽の擁護者であったブゾーニはHWと共同で1902~09年、ベルリン・フィルの演奏で国内外の同時代の音楽を紹介する演奏会を開催している。

 畑野は、HWの創立者の娘の回想録を読み、ブゾーニからHWに贈られた風刺画について知っていた。子孫の家の調査でこの絵を見た瞬間「ブゾーニの絵だ」と直感したという。専門家もブゾーニ自筆と鑑定。畑野はHWの子孫の好意で絵を譲り受け、現在の所有者となった。

 畑野によると、異国人風に描かれている男はブゾーニ自身で、ザリガニは当時の保守的な音楽批評家のカール・クレープス(クレープスはドイツ語でザリガニの意味。ザリガニは退行の象徴でもあるという)。クレープスはブゾーニの前衛性に批判的で、二人の対立は有名だったらしい。絵に記された会話では、ブゾーニがクレープスに「あなたは殻に覆われていて、はさみもお持ちですね」と言うと、クレープスが「どちらも私の仕事に必要なのだ」と返答。「でも、お耳がないようですが」とブゾーニが皮肉ると「それも仕事のうちでね」とかわす。さらにクレープスが「家に帰らなくては」と歩き出すと「進む方向が反対ですよ」とブゾーニがきつい一言を浴びせる。ブゾーニのユーモア感覚とともに、当時のベルリンの音楽界の状況が垣間見える興味深い資料だ。

 また、当夜のレクチャーの中では、ブゾーニと日本の関係にも触れ、弟子のピアニスト、レオ・シロタが日本で永井進、園田高弘などの演奏家を育てたことや、ブゾーニの息子がヒデという日系女性を妻としていたことが紹介された。

 さまざまな角度からブゾーニにアプローチし、いまだ評価が定まっているとは言い難い異才・ブゾーニへの興味を大いにかき立てられた企画であった。【野宮珠里】

公演日程とプログラム

【新発見のブゾーニ自筆の風刺画と聴く フェルッチョ・ブゾーニの世界~ブゾーニ生誕150周年記念レクチャーコンサート~】

4月2日(土)17:00 sonorium(ソノリウム、東京都杉並区)

曲目(オール・ブゾーニ・プログラム、レクチャー付き)

第一部

▽ピアノ独奏

 カルメン幻想曲(ソナチネ第6番) BV 284

 バッハ=ブゾーニ コラール前奏曲「目覚めよ、と呼ぶ声あり」 BWV 645

▽実演付きレクチャー

 「検証! ブゾーニ版 J.S.バッハ《ゴルトベルク変奏曲》BWV 988の魅力」

第二部

▽クラリネット&ピアノ

 ソロ・ドラマティック BV 101

 ノヴェレッテ BV 116

 エレジー BV 286

▽ピアノ独奏

ソナチネ第2番 BV 259

 

井村 理子(ピアノ)

北岡 羽衣(クラリネット)

畑野 小百合(お話)

(注)「BV」はBusoni Verzeichnis (ブゾーニ目録)の略で、音楽学者のキンダーマンによるブゾーニ作品の整理番号。ここでの作品表記は、本演奏会企画者の推奨するこの番号を採用している。

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