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東京・春・音楽祭2016

「東京・春・音楽祭2016」を振り返る

写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳聡

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 今年「東京・春・音楽祭」について音楽ジャーナリストの毬沙琳(まるしゃりん)さんが振り返る。

ヤノフスキ&N響 ワーグナーの神髄に迫る

 「継続は力なり」という言葉のとおり、今年12年目を迎えた東京・春・音楽祭はその規模の大きさだけでなく、クオリティーでも世界的に誇れる充実した内容となった。中でも音楽祭の核となるオペラは、今年3年目となるマレク・ヤノフスキ指揮によるワーグナー・シリーズで一つのクライマックスに達したように感じた。ワーグナー畢生(ひっせい)の大作「ニーベルングの指環(リング)」を4年かけてツィクルス上演するヤノフスキとNHK交響楽団のコンビネーションは年に1度とはいえ、音楽祭を象徴する存在として確実にワーグナーの神髄に迫るところまで進化を遂げている。コンサートマスターとして参加するのが恒例となったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のライナー・キュッヒルの存在も含め、春祭ならではのこの布陣は、一流歌劇場の楽団のような調和と個性を打ち出す域に達したようだった。

 「ニーベルングの指環」の中でも「ジークフリート」は管弦楽として耳になじみやすいライトモチーフが多くドラマティックな起伏に満ちている。ヤノフスキはドラマを司る重層的なライトモチーフを細やかに描きながら、全体のストーリー展開をテンポ良く進めていく。これまで以上にオーケストラの音が語りかけるように、そして歌が聴こえてくるような感覚に包まれたのは、ワーグナーの醍醐味(だいごみ)に他ならない。

 音楽的な完成度を求めるヤノフスキの姿勢は、第1幕で通常ジークフリートが金床を打ちながら歌う「鍛冶の歌」で、歌手には歌に専念させ、ハンマーを打楽器奏者に任せ正確なリズムをキープすることを優先させ、第2幕「ジークフリートの角笛の動機」でもバンダで演奏するホルンをわざわざソリストのように舞台上手に出して吹かせるといった趣向に垣間見ることができた。このホルンの美しい音色と軽やかなリズム感はジークフリートそのものであり、ホルン奏者にとってもプレッシャーがかかる大役だけあって、この日の見事な演奏は客席を大いに沸かせた。

 演奏会形式ならではの音楽面での完璧さを追求する名匠ヤノフスキと並んで素晴らしかったのは、ジークフリート役を歌ったアンドレアス・シャーガーだろう。伸びのある強い声は新たなジークフリート像にふさわしく、粗野な若者が怖れを知り、愛に目覚めていく、その変容を歌の中でしっかり表現する。シャーガーの存在は新たな時代を予感させるもので、良きワーグナー歌いに出会えた歓びは大きい。

 またこの作品前半の聴きどころ、ジークフリートの育ての親ミーメを演じるゲルハルト・ジーゲルのずる賢いやりとりは両者のキャラクターが拮抗(きっこう)しながら物語をひもとき、終幕ではブリュンヒルデ役のエリカ・ズンネガルドの存在感たっぷりな歌唱がシャーガーとの愛の二重唱で見事に花開いた。エギルス・シリンス(さすらい人、ヴォータン)の風格ある声、トマス・コニエチュニー(アルベリヒ)の張りがあり言葉が明瞭なバス・バリトン、シム・インスン(ファーフナー)といった春祭ワーグナーで常連となった歌手たちは期待に応え、日本人唯一の歌手,清水理恵は5階席から森の鳥を歌うという難しい状況でしっかりと役目を果たした。

 この夏はワーグナーの総本山バイロイト音楽祭の「リング」を振ることが決まっているヤノフスキが、バイロイト祝祭劇場の後でどんなワーグナーを振ることになるのか、ツィクルスを締めくくる来年の「神々の黄昏」が楽しみだ。

写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳聡

リッカルド・ムーティが残したイタリアの響き

 今年の音楽祭の幕開けを彩ったのはイタリアの若手精鋭たちによるケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団と日本の若手トップ奏者たちによる特別オーケストラの公演だった。日伊混合のオーケストラから聴こえてきたのは、“ヴェルディかくあるべし”といわんばかりのイタリアの響きそのもの、情景が目に浮かび次々とオペラの場面が変わっていくような楽しさがある。ムーティの指揮は帝王の名にふさわしく、最小限の指令で全員に統率をかけ個々の音楽性を引き出しながら、ここぞというところではどこまでも高揚させていく。“マエストロ”とは100人の気持ちを一つにすることに尽きると得心がいった。

 後半のプログラム、ボイトの歌劇「メフィストフェレ」プロローグは初めて聴いたが、題名役のバス歌手イルダール・アブドラザコフ、合唱の東京オペラシンガーズ、児童合唱の東京少年少女合唱隊という声の響宴に酔いしれる壮麗な作品に圧倒される。会場では当夜の作曲家であるヴェルディとボイト、そしてムーティの記念切手も発売され、日伊国交樹立150周年を祝う華やかな夜だった。

(毬沙 琳)

公演データ

【東京春祭ワーグナー・シリーズvol.7 「ニーベルングの指環(リング)」 第2夜 楽劇「ジークフリート」全3幕演奏会形式上演 日本語字幕・映像付き】

4月7日(木)15:00/10(日)15:00 東京文化会館大ホール

指揮:マレク・ヤノフスキ

ジークフリート:アンドレアス・シャーガー

ブリュンヒルデ:エリカ・ズンネガルド

さすらい人:エギルス・シリンス

ミーメ:ゲルハルト・ジーゲル

アルベリヒ:トマス・コニエチュニー

ファーフナー:シム・インスン

エルダ:ヴィーブケ・レームクール

森の鳥:清水理恵

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)

音楽コーチ:トーマス・ラウスマン

映像:田尾下 哲

【日伊国交樹立150周年記念リッカルド・ムーティ指揮 日伊国交樹立150周年記念オーケストラ】〜東京春祭特別オーケストラ&ルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団

3月16日(水)19:00 東京文化会館大ホール

  17日(木)19:00 東京芸術劇場コンサートホール

指揮:リッカルド・ムーティ

管弦楽:日伊国交樹立150周年記念オーケストラ~東京春祭特別オーケストラ&ルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団

バス:イルダール・アブドラザコフ

合唱:東京オペラシンガーズ

児童合唱:東京少年少女合唱隊

合唱指揮:ロベルト・ガッビアーニ、宮松重紀

児童合唱指揮:長谷川久恵

 

ヴェルディ:歌劇 「ナブッコ」序曲

     :歌劇 「ナブッコ」第1幕 より〝祭りの晴着がもみくちゃに〟

     :歌劇 「アッティラ」第1幕 より アッティラのアリアとカバレッタ

      〝ローマの前で私の魂が…あの境界の向こうで〟

     :歌劇「マクベス」第3幕より 舞曲

     :歌劇 「運命の力」序曲

     :歌劇 「第1回十字軍のロンバルディア人」第3幕より〝エルサレムへ、エルサレムへ〟

ボイト:歌劇 「メフィストフェレ」プロローグ

筆者プロフィル

 毬沙琳(まるしゃ・りん) 大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

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