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ラトル&ベルリン・フィル来日公演

柔軟に表情豊かに 深化したラトルのベートーヴェン

サイモン・ラトル=撮影:三好英輔

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【サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン・ツィクルス初日 交響曲第1番、第3番】

     サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲全曲演奏会(ベートーヴェン交響曲ツィクルス)が11日、スタートした。サントリーホールを会場にベートーヴェンの交響曲全9曲を5回のコンサートに分けて連続演奏するもので、初日のこの日は交響曲第1番ハ長調、第3番変ホ長調「英雄」が取り上げられた。

     今回のツィクルスでは英国の音楽学者ジョナサン・デル・マーが1996年から2000年にかけてベートーヴェンの自筆譜や手紙、メモ類などの歴史的資料をベースに批判・校訂作業を行った、いわゆるベーレンライター版の楽譜が使用されている。ラトルは2000年代初頭にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と行ったベートーヴェン交響曲ツィクルスでもこの版を採用し、日本でも2002年に同じくサントリーホールで、ツィクルス公演を敢行している。筆者は02年のウィーン・フィルとのツィクルスも取材しているが、この日のベルリン・フィルとの初日公演を聴く限り、同じベーレンライター版を使っているといっても作品へのアプローチは、かなり異なっているように感じた。

    撮影:三好英輔

     ベーレンライター版は作曲家在世当時のスタイルを研究し、それを現代の演奏に取り入れる、いわゆるピリオド(時代)奏法を掲げる指揮者の大半が使用しているが、大抵の場合、譜面に記載されている指示を厳守し、弦楽器にヴィブラートをかけさせない(古典派以前の時代は弦楽器にヴィブラートをかける奏法は一般的に普及していなかったことが最近の研究で明らかになっている)などのスタイルをとることが多い。

     14年前のウィーン・フィルとのツィクルスでは、こうしたスタイルに近付こうとのラトルの意思が感じられ、19世紀以来の伝統を重んじる同オケとの間で強烈な“綱引き”を繰り広げていたことが、演奏全体にスリリングな緊張感をもたらしていた。

     これに対してベルリン・フィルとの演奏はピリオド奏法の“原則”に拘泥することなく、より自由な解釈に転じ、柔軟にベートーヴェンの本質に迫っていこうとのラトルの変化がうかがえた。

     その一例が弦楽器のヴィブラート。02年の時はヴィブラートをかなり抑え気味にしていたが、今回は逆に特定の音以外はオーケストラの自主性に任せてヴィブラートをかけさせている様子で、その結果、厚い低弦のサウンドを土台に、そこに上の音域が乗っていくカラヤン時代を彷彿(ほうふつ)とさせるようなベルリン・フィルならではの音作りがなされていた。交響曲第1番は弦楽器が第1ヴァイオリン10人、第2ヴァイオリン10人、ヴィオラ6人、チェロ5人、コントラバス3人という小さな編成(管楽器は譜面の指定通りの数)だったのにもかかわらず、その豊かな響きは驚くべきものがあった。この1番についてラトルは「筋トレをしたハイドン、ステロイドを使用したような古典派作品」と冗談交じりに評しており、まさにこの言葉通り、古典派の概念を一気に突き崩すような活力に満ちた音楽に仕上げていた。

     テンポについてもラトルの変化を見て取れる。ベーレンライター版にはベートーヴェンが自筆譜に記したとされるメトロノーム数値によるテンポ指定が参考として記載されている。この数値の多くはかなり速めで、20世紀までは演奏不能として無視されることが普通であった。しかし、ピリオド奏法を掲げる指揮者のうち、かなりの割合でこれを重視し実践している人が多い。ラトルも前回のツィクルスでは、ややこうした傾向を見られたが、この日の2曲ではそうした姿勢はまったく影を潜め、柔軟にテンポを変化させながら、厚い低音域の上に旋律線を表情豊かに描き出すことに力を注いでいるような印象を受けた。

     一方、ラトルはベーレンライター版の批判・校訂作業を行った中心的存在であるデル・マーと古くから密接な意見交換していたことでも知られる。これは今回のツィクルス・プロジェクトの一環としてベルリン・フィル・レコーディングス(同オケが設立した自主制作レーベル)からリリースされたCDとブルーレイディスクのボックスセットに収められたラトルによる解説映像の中でも触れられている。デル・マーとの話し合いがラトルの解釈に大きな影響を与えていることは間違いなく、この日の演奏でも第2楽章最終盤の音の処理の仕方などで、独自の解釈を明確に打ち出していた。こうしたところにもラトルはオーケストラの自主性を尊重しながらもポイント、ポイントでは自らのこだわりをしっかりと実践していることが伝わってきた。

     前日10日の会見で彼は「ベートーヴェンの音楽は自らの現状を映し出す鏡のようなもの」と語っていたが、日本におけるウィーン・フィルとのツィクルスから14年が経過して、この指揮者の芸術の幅が一層、拡がったことを実感させてくれる公演であった。

    (宮嶋 極)

    撮影:三好英輔

    公演日程とプログラム

    【サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン・ツィクルス】

    ※会場はすべてサントリーホール

    指揮:サー・サイモン・ラトル

    管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

    5月11日(水)19:00

    交響曲第1番 ハ長調 Op.21

    交響曲第3番 変ホ長調 Op.55 「英雄」

    5月12日(木)19:00

    序曲「レオノーレ」第1番ハ長調 Op.138

    交響曲第2番 ニ長調 Op.36

    交響曲第5番 ハ短調 Op.67 「運命」

    5月13日(金)19:00

    交響曲第8番 ヘ長調 Op93

    交響曲第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」

    5月14日(土)14:00

    交響曲第4番 変ロ長調 Op.60

    交響曲第7番 イ長調 Op.92

    5月15日(日)15:00

    交響曲第9番 ニ短調 Op.125 「合唱付き」

    ソプラノ:イヴォンナ・ソボトカ

    メゾ・ソプラノ:エヴァ・フォーゲル

    テノール:クリスティアン・エルスナー

    バス:ドミートリ・イワシェンコ

    合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:三澤 洋史)

    筆者プロフィル

    宮嶋 極(みやじま きわみ) スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、Webにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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