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ショパン

日本人が愛する作曲家 辻井伸行さん演奏で注目、今年で生誕200年

 ショパン生誕200年の今年、クラシック界はショパンイヤーと盛り上がりを見せている。クラシック通でなくとも映画やドラマでなじみの曲は数知れず。「ピアノの詩人」ともいわれる。なぜ時代を超えて愛されるのか。【鈴木梢、坂巻士朗】

    二面性の魅力? 繊細さと情熱/仏とポーランド/作曲家と演奏家

     音楽の神様がほほ笑んだ瞬間だった。澄んだ音色に聴衆は耳を傾けた。昨年6月、日本人で初めて米バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さん。ピアニストとしての原点と話すショパンから、ピアノ協奏曲第1番や子守歌を奏でた。

     辻井さんはかつて、ショパンの生家を訪れ、川のせせらぎや鳥のさえずりに耳を澄ました。音楽評論家の伊熊よし子さんは「楽譜以外のところから空気を読み取り表現している。ショパンへの強い思いが伝わり、辻井さんでなければ表現できないショパンがある」と評する。

     今月、辻井さんはCD「マイ・フェイヴァリット・ショパン」を発表した。辻井さんは言う。「僕がショパンの音楽に出会ったのは生後8カ月の時。曲に合わせてうれしそうにリズムを取っていたそうです。ショパンの音楽は繊細で優雅、前向きな希望を感じさせるところが大好きです」

     なぜ、ショパンは日本でこれほど愛されているのか?

     85年のショパンコンクールで優勝したスタニスラフ・ブーニンさんは「日本を初めて訪れた86年、同じことを自分自身に問いかけ、日本人はロマンチストだからとこじつけました。それから二十数年。日本で年に数カ月過ごすようになり、ヨーロッパ人に比べて日本人は情熱を内に秘め、それがドラマ性と叙情性が溶け合ったドラマチックなショパンにひかれるゆえんと気づきました」と話す。

     伊熊さんは日本のショパン観にゆがみを感じている。「旋律は耳になじみやすく口ずさめるから、万人に愛される。表面的には女性の心を誘うようにエレガントなので、癒やし系で聴く人も多い。でも実は強い意志が込められ、斬新で奥深いから常に時代を超えて新しい音楽と感じられる」

     さらに、人物像。「草食系男子と思われていますが、誤解です。やせて色白な女性的容姿、病弱、恋が実らないというイメージがあるからでしょうが、ショパンは移住したパリから祖国に帰れなくても、心臓だけは持って帰ってくれと遺言したほどの不屈の精神がある。ショパンイヤーこそ、男性にも聴いてほしい」

      □

     ショパンはちまたにあふれている。ドラマでは「101回目のプロポーズ」で「別れの曲」、木村拓哉さんがピアニスト役の「ロングバケーション」では「夜想曲第2番」が使われた。フィギュアスケートでは、荒川静香さんがトリノ五輪で「幻想即興曲」で滑り、金メダルに輝いた。4月公開の人気漫画「のだめカンタービレ」劇場版後編では、主人公・のだめが「ピアノ協奏曲第1番」を演奏する。

     「のだめは大好きだよ」と話す小林愛実さん(14)は、9歳で米名門「カーネギーホール」の聴衆を沸かせたピアニスト。昨夏、ポーランドで開かれたショパンの国際音楽祭の舞台も踏んだ。「私は(ロシアの作曲家の)プロコフィエフを格好いいと思うけど、わかんないという人もいる。でもショパンを聴いて嫌いな人はきっといない。ショパンを弾いていると、自分で演奏したいことをさせてくれている気分になる」

     それは、ショパンが作曲家であり、同時に名演奏家でもあったからだろうか。

     ショパンを題材にした小説「葬送」を書いた作家の平野啓一郎さんは「ショパンは作った曲を必ず人前で演奏したから、曲のサイズを分かっている。日常から解き放たれ、高揚に達する時間がちょうどいい」と指摘する。2月には、小説と同名のCDアルバムを監修した。「ショパンの曲が人生のどの時期に作られたか結び付けたかった。ビートルズファンであれば結成時の曲とか、ジョンとポールが不仲になった時の曲とか知っているでしょう?」

     「ショパンは19世紀の象徴的な人物。フランス人の父とポーランド人の母のハーフで、20年も生きた仏国民としても溶け合えず、故郷ポーランドは三つに分裂していた。近代に移る中、自分自身の社会的位置づけが難しかった。モーツァルトのように宮廷のお抱え音楽家として活躍する時代ではなく、今のように大衆を相手にするわけでもない過渡期を何とか生きた。しかもメーンストリームからちょっとはずれて出てきたから、人間への近さと題材を追求する深みのバランスがいい」

     平野さんは「美しい音楽はたくさんある。しかし、ショパンは人を美しくさせる音楽」という。「『舟歌』やワルツを聴いた後に銀行強盗に入ろうと思う人はいないと思う。ショパンを聴いていると、よこしまな考えは浮かばない」

     シューマンの言葉がある。「数々のショパン作品は、花々の下に隠された大砲だ」

      □

     大林宣彦監督の「さびしんぼう」(85年)終盤で、役者の代役として「別れの曲」を弾いたのは、大林監督自身だ。ショパンを尊敬するきっかけは、子ども時代に見た伝記映画「別れの曲」(1934年)。敗戦後で楽譜もなく、映像と音を記憶してショパンの曲を練習した。中学時代、ショパンにあこがれるあまり、ピアノ1台を駄目にした。

     「結核のショパンは、真っ赤な血を鍵盤に吐きながら演奏するんです。ポーランドは革命の時代で友人は銃を持って戦うが、自分はピアノ演奏で祖国に尽くす。僕にとって、ピアノを弾くのはショパンになることだった。だから、中学校でトマトケチャップを薄めて口から吐きながら弾いたんです」。演奏曲は「英雄ポロネーズ」。「ターンタタタン、ぺっぺとやりまして」

     副校長は温かくしかった。「大林よ、直せんぞ。しかし、ピアノは道具じゃ。人間は不思議な生き物で、銃という人を殺す道具も作るが、ピアノという芸術の道具も作る。何世紀もあとの私たちはショパンの音楽を通して平和を祈り、癒やされる。お前も負けないように、信じる道に励め」

     大林監督は振り返る。「壊れやすい体と繊細な心を持つショパンは、ガラスのコップをいとおしむように弾いた。ショパン好きの男の子はばかにされたんです。ベートーベンとかリストが好きじゃなきゃアマちゃんだって。戦争中はお国のために役に立たない体は蔑視(べっし)された。でも、繊細で思いやりがある方が純粋に生きる強さがある」

     夢がある。「あの壊したピアノは、まだ僕の中でしかったり励ましたりしてくれている。ショパンが恋人のサンドと過ごしたスペインのマヨルカ島に行き、別れの曲を弾けたら、どんなに至福の時かな」


     ■人物略歴

    フレデリック・ショパン

     1810~49年。ポーランド生まれ。残した作品のほとんどがピアノ曲。長く結核に苦しみ、39歳でパリ郊外で死去。作家ジョルジュ・サンドとの悲恋もその生涯で語られる。

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