メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アンコール

5月の在京オーケストラの演奏会から(前編)

(C)読売日本交響楽団

 5月に開催された在京オーケストラの演奏会を2回に分けて振り返る。最近の東京のオーケストラの演奏技術向上は目を見張るものがあり、世界的に活躍する実力派音楽監督や指揮者を迎えての定期演奏会は国際的な名門オーケストラの来日公演にも匹敵するほどの高水準な演奏が繰り広げられている。そうした充実ぶりにどの公演も客席は満員あるいは9割以上の聴衆が詰め掛けるなどの活況を呈している。(宮嶋 極)

写真提供=新日本フィル(C)青柳聡

【上岡 敏之指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 横浜みなとみらいホール特別演奏会】

 「上岡イズム」が新日本フィル全体に確実に浸透しつつあることを実感させる公演であった。ブルックナーの交響曲第3番をメインに、前半はワーグナーというプログラム。

 ブルックナーやワーグナーといえば、金管楽器が華やかに活躍する、というイメージが強いが上岡の解釈は、そうした固定観念にまったく捉われない個性にあふれたもの。どんな場面においても特定のパートが過度に突出したりせずに、弦楽器のアンサンブルを基礎に美しい均衡を保った響きが全曲を支配する。驚くべきはピアニッシモの多用。日本のオーケストラでここまで音量を絞りながら、ハーモニー感を損なわず、最弱音を効果的にそれも何度も繰り出すことのできる団体はほかにあったのだろうか。この点だけでも上岡が自らの目指す表現を実現するために、オーケストラ・ビルダーとしての手腕を発揮し、メンバーもその方向性に目を向けて演奏をしていることが分かる。テンポは全体として速め、流れるようによどみなく旋律が紡がれていくのもこれまでのブルックナー演奏には、あまり見られないスタイルであろう。

写真提供=新日本フィル(C)青柳聡

 もしかすると従来のイメージ通りのブルックナーを期待していた聴衆には不満が残ったのかもしれない。しかし、それこそが上岡の狙いだったのではないかと感じる。作品をめぐる固定観念、ステレオタイプのイメージを排し、作品に内包されたさまざまな可能性を探り出し、その魅力を提示しいく。こうした挑戦的ともいえる上岡と新日本フィルの演奏会、賛否両論が飛び交う、ファンの熱い注目を集め続けることになりそうだ。

 ワーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集~女声のための5つの歌」を歌ったドイツのメゾ・ソプラノ、カトリン・ゲーリングはやや暗く深みのある声を駆使して、この作品の根底にある独特の陰影感を巧みに表現していた。そんな彼女の歌唱に上岡と新日本フィルは繊細な演奏で寄り添っていた。

撮影:大窪道治/東響

【ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第97回】

 前半に米国と英国の作曲家がそれぞれ20世紀後半に発表した作品を2曲。後半はベートーヴェンの交響曲第8番という演目。いわゆる現代音楽の範ちゅうに入るであろう作品と古典派の名曲を並列して聴かせるノットの明確な意図が感じられるプログラム構成である。

 1曲目、「タクシードライバー」を作ったバーナード・ハーマンはアルフレッド・ヒッチコック監督作品などで、映画ファンにその名が知られたハリウッド映画音楽の名匠。演奏されたのはマーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」の音楽をクリストファー・パーマーがオーケストラ作品に編曲した約10分の小品。五つの部分から成り、アルト・サックスの旋律を巧みにフィーチャーして映画の各シーンを想起させる抒情的な音楽に仕上げられている。

 これに対して2曲目の「パニック」は英国の作曲家ハリソン・バートウィッスルが1995年にBBCプロムスで発表した作品。「アルト・サックスとジャズ・ドラム、管打楽器のための酒神讃歌」とのサブ・タイトルが添えられている。ドラムと打楽器群による強烈なリズムと不協和音も入り交じった旋律が特徴。同じ20世紀の作品といっても調性のハッキリしたエモーショナルな映画音楽と実験的な現代音楽の決定的な違いを改めて感じさせてくれる。前者は広くいえばポップスのジャンルに属し、後者はクラシックのそれも前衛音楽というくくりに組み入れることが可能であろう。現代における音楽の多様性が浮き彫りになってくる。

撮影:大窪道治/東響

 そして後半は明確な調性と確固たる構成からなるベートーヴェンのシンフォニー。前半との対比が作品の性格を鮮やかに描き出すことにつながった。それにしても、この8番の演奏、実に見事であった。それは各パートの音符と音符、フレーズとフレーズがいかに関連し合いながら旋律を紡ぎ出し、音楽を構成していくのかを分析的ではなく、生き生きとした調子で提示していたからである。聴いていて演奏に引き込まれ、心躍るとはまさにこのこと。当然、終演後、客席からは盛大な喝采が湧き起こった。

 そこでノットと東響に提案したい。今回のように前半に現代音楽を置いたベートーヴェンの交響曲ツィクルスをぜひ、実施してほしい。ベートーヴェンの交響曲に新たな生命の息吹をもたらすシリーズになるに違いない。

写真提供=NHK交響楽団

【NHK交響楽団5月定期公演 Aプログラム、Cプログラム】

 NHK交響楽団の5月定期はAプログラムで、71歳のベテラン、ピンカス・スタインバーグを、Cプログラムでは84歳のロシアの巨匠ウラディーミル・フェドセーエフを迎えて、前者はスメタナの連作交響詩「わが祖国」、後者はオール・ロシアものでチャイコフスキーの交響曲第4番などが披露された。

 パーヴォ・ヤルヴィを首席指揮者に迎えて以降のN響の充実ぶりは多くの専門家や聴衆が認めるところ。客演指揮者が指揮台に立ったときも、その好調さに陰りを感じさせるようなことがないのは素晴らしい。その指揮者の目指す方向性を実際の音楽として着実に具現化し、十分に練り上げられた演奏を聴かせるところに、このオーケストラの持つポテンシャルがさらに一段上の高さに上がったことが分かる。

 12年ぶりのN響への客演となったスタインバーグは、最近流行の内声部や対旋律を浮き上がらせるような“スケルトン型”ではなく、厚めのハーモニーと濃密なアンサンブルをベースにした音楽作り。チェコの自然と歴史を描いた「わが祖国」の六つの交響詩を起伏に富んだアプローチで、聴かせてくれた。とりわけ5曲目の「ターボル」から終曲「ブラニーク」に至るクライマックスの築き方は、聴く者を自然のうちに頂点に誘っていくような流れがあり、スタインバーグの職人芸ともいえる手腕が存分に発揮された演奏であった。

写真提供=NHK交響楽団

 一方のフェドセーエフは昨年に続いての客演。前半はグリンカの幻想曲「カマリンスカヤ」、ボロディンの交響曲第2番を取り上げた。両作品ともロシアの民謡風の旋律が随所にちりばめられており、哀愁に満ちた独特の雰囲気が巧みに醸成されていたのは、指揮者の要求にオーケストラが的確に応えていたことの表れであろう。

 後半はチャイコフスキーの交響曲第4番。かつてロシアの一部指揮者に散見された、必要以上に金管楽器を咆哮(ほうこう)させ、力で押し通すような粗野な要素は一切なく、滑らかに旋律を紡ぎながら抒情的に音楽を組み立てていくフェドセーエフならではの美しいチャイコフスキーは聴き応え十分であった。フェドセーエフは84歳であるが、年齢を感じさせない活発な動きと滑らかな指揮ぶりでオーケストラをリードしながら、まさに円熟の境地に至ったことを印象付ける演奏を披露してくれた。

(C)読売日本交響楽団

【ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮 読売日本交響楽団第568回定期演奏会】

 この公演は当初、読売日本交響楽団桂冠名誉指揮者であったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが指揮する予定であったが、2月に93歳で亡くなったのを受けて同団名誉指揮者のゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが“代打”として指揮台に立った。こちらも今年86歳の巨匠、そして演目がブルックナーの交響曲第5番のシャルク改訂版とあって大きな注目を集める演奏会となった。

 筆者はシャルク改訂版によるブルックナーの5番を生で聴いたのはこれが初めて。往年の名指揮者ハンス・クナッパーツブッシュがウィーン・フィルを指揮して録音したレコードを聴いたことはあるが、スコアを見たこともないしその実像に初めて接する機会となった。恐らくこれはこの日、会場を埋めた満員の聴衆の多くが同じだったのではないか。

 実際に聴いてみるとクナッパーツブッシュの演奏とはかなり違った印象を与えるもの、というのが率直な感想である。まず、クナの録音は原曲のかなりの部分がカットされているため、演奏時間は約60分と当時のLPレコード1枚に収録されるほどの長さであった。これに対してこの日、ロジェストヴェンスキーが指揮した“真正シャルク版”は、第4楽章のコーダに入る前のひとくだりがそっくりカットされている以外は、ほぼ原曲の通りの長さで、テンポが遅めだったこともあり全体で約80分を要する長大なものであった。

 弟子や楽譜出版社など多くの〝助言者〟の意見をいれて複数の改訂版が存在するブルックナーの交響曲の中でも、これほどまでに書き換えられた例はほかにはないだろう。もはや改訂の域を逸脱して別の編曲といっても過言ではないほどの変わり様である。それは、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」のオーケストラ・バージョンに例えてみると分かりやすい。私たちが聴きなれているのはラヴェルがオーケストラ組曲に編曲したバージョンであるが、20世紀前半に米国で活躍した名指揮者レオポルド・ストコフスキーが編曲した版も存在し、戦後、米国などでも盛んに演奏されたものである。筆者も実際に聴いたことがある。(レコードもあった)それはトランペットのソロで始まる冒頭のプロムナードが、弦楽器の合奏になっているという具合に、旋律は同じでもオーケストレーションが、まったく別のものに置き換えられているのである。このシャルク版もほぼそんな感じで、ブルックナーはこうした楽器の使い方はまずしないだろうな、と思われる箇所がいくつもあった。

 とはいえ、そんな変則的なバージョンを“きわもの”のようにせずに深みのある芸術に昇華させていた最大の要因はロジェストヴェンスキーの熟達の手腕であろう。遅めのテンポで悠々たる音楽運びながら、緊張が緩むような場面は皆無。バランスを重視した響きの構築によってブルックナーの旋律に別の方向から光を当てて、違った世界を創出しているかのような演奏であった。

 第4楽章のコーダではオーケストラの最後列に配置された金管楽器のバンダ群が立ち上がり演奏に合流するのだが、けたたましい音の洪水になるかと思いきや、絶妙なバランス感覚を損なうことなく荘重な響きを構築していたのは驚かされた。このところの読響の充実ぶりが、こうした音作りを可能にしているのであろう。弦楽器セクションの厚みのある柔らかいサウンドも目を見張るものがあった。

 終演後、オーケストラが退場しても鳴りやまぬ拍手にロジェストヴェンスキーはステージに呼び戻され、大曲を指揮した疲れでフラつくような仕草をわざと見せるなど余裕はまだあった様子。またの客演を期待したい。

公演データ

【新日本フィルハーモニー交響楽団 横浜みなとみらいホール特別演奏会】

5月12日(金)19:00 横浜みなとみらいホール 大ホール

指揮:上岡 敏之

メゾ・ソプラノ:カトリン・ゲーリング

 

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲

ワーグナー:「ヴェーゼンドンク歌曲集~女声のための5つの詩」

ブルックナー:交響曲第3番ニ短調

 

【東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第97回】

5月13日(土)14:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮:ジョナサン・ノット

アルト・サクソフォン:波多江 史朗

ドラムス:萱谷 亮一

 

ハーマン/パーマー編:「タクシードライバー」

バートウィッスル:「パニック」

ベートーヴェン:交響曲第8番へ長調 Op.93

 

【NHK交響楽団 第1860回定期公演 Aプログラム】

5月13日(土)18:00 14日(日)15:00 NHKホール

指揮:ピンカス・スタインバーグ

 

スメタナ:連作交響詩「わが祖国」(全曲)

 

【読売日本交響楽団第568回定期演奏会】

5月19日(金) 19:00 東京芸術劇場コンサートホール

指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー

 

ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調 WAB 105 (シャルク版)

 

【NHK交響楽団 第1861回定期公演 Cプログラム】

5月19日(金)19:00 20日(土)15:00 NHKホール

指揮:ウラディーミル・フェドセーエフ

 

グリンカ:幻想曲「カマリンスカヤ」

ボロディン:交響曲第2番ロ短調

チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調Op.36

 

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. ORICON NEWS 田中圭がCMで肉体美を披露 人魚の姉妹たちもうっとり
  2. 「手術女性患者にわいせつ」医師に無罪判決 「女性に性的幻覚の可能性」 東京地裁
  3. 墜落 空自戦闘機、山口沖に 乗員2人救助 築城基地所属
  4. 「非正規に励み」「画期的な判決」 ボーナス不支給違法判断、大阪高裁
  5. アクセス 即位で10連休、非正規悲鳴 月7万円減収/人手不足で「働き詰め」 格差の放置浮き彫り

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです