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ジークフリート あふれんばかりの生命力 新国立劇場「ニーベルングの指環」第2夜

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

【新国立劇場 ワーグナー:「ニーベルングの指環」第2夜 楽劇「ジークフリート」】

 新国立劇場で2015年10月にスタートしたワーグナーの「ニーベルングの指環(リング)」のツィクルス上演。その第3弾となる楽劇「ジークフリート」の公演が6月1日から6回にわたって行われた。このツィクルスは20世紀後半にドイツで活躍した名演出家ゲッツ・フリードリヒ(1930~2000年)が最後に手掛けたフィンランド国立歌劇場における「リング」のプロダクション(1996~99年)をベースに製作されているもの。

 今ツィクルスを通して同劇場オペラ芸術監督の飯守泰次郎が自ら指揮を担当。題名役にはワーグナー作品上演の総本山、バイロイト音楽祭でもこの役を何度も歌っているステファン・グールドを起用。さらにアンドレアス・コンラッド(ミーメ)、グリア・グリムスレイ(さすらい人)、トーマス・ガゼリ(アルベリヒ)、クリスタ・マイヤー(エルダ)、リカルダ・メルベート(ブリュンヒルデ)といずれもバイロイトをはじめとする世界の名門歌劇場で活躍するワーグナー歌手をズラリとそろえた豪華キャストが注目を集めた。オーケストラ・ピットには東京交響楽団が入った。

 取材したのは6月10日の公演。結論から言うと歌唱、演技、演奏等のパフォーマンス面では、ほぼ非の打ちどころのない高水準のステージであった。初日の公演後、専門家の批評やファンのブログなどではオーケストラの演奏に対して、いくつか難点(金管楽器のミスの頻発等)が指摘されていたが、筆者が鑑賞したのは4回目の公演とあってそれらはほとんど改善されており、東響は飯守の意図に沿った練度の高い演奏を聴かせてくれた。

 その飯守のアプローチは作品の特性を反映させた前向きな推進力に富んだもので、ジークフリートのあふれんばかりの生命力を見事に表現していた。第2幕の「森のさざめき」の場面は精妙なアンサンブルが繰り広げられ、この作品の魅力のひとつであるロマンティックな雰囲気をたっぷりと醸成することに成功していたことは評価に値するものといえよう。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 歌手陣は題名役のステファン・グールドの健闘をまず報告したい。ワーグナー作品の主役級を歌うテノール歌手をヘルデン(英雄)・テノールと呼ぶ。これは大編成のオーケストラにも負けない強い声、長丁場を歌いきるスタミナ、そして主役にふさわしい歌唱表現力と演技力のすべてを兼ね備えた飛び抜けた能力の持ち主のテノール歌手にのみ使われる呼び方である。ジークフリートはまさにヘルデン・テノールの代表格といえる役どころ。約4時間にも及ぶ長大な作品の6割近くの場面に出ずっぱりで、第3幕の最後に眠りから覚めたブリュンヒルデとの長大な二重唱がある。ここに至るまでにスタミナを使い果たし、エンディング直前になってようやく歌い始めるブリュンヒルデ役の強い声に圧倒されてしまうジークフリート役の歌手も少なくはない。スタミナ配分も難しいのだ。グールドは最後までスタミナを切らすことなく、メルベート演じるブリュンヒルデと聴き応え十分の二重唱を披露。前半では恐れを知らぬ若き英雄の荒々しさを強調、物語が進むにつれてジークフリートの成長を表すかのような叙情的な表現を強めていくという役作りも効果的であった。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 メルベートは伸びのある高音を駆使した安定した歌唱でクライマックスの盛り上がりを堅実に支えていた。また、さすらい人(ヴォータン)のグリムスレイ、コンラッド(ミーメ)、ガゼリ(アルベリヒ)、ヒューブナー(ファフナー)らもさすが、バイロイトなどの第一線で活躍するワーグナー歌手ばかりとあって、水準を十分に満たした歌唱と演技であった。第1幕のミーメとさすらい人、第2幕、さすらい人とアルベリヒ、アルベリヒとミーメの掛け合いも演劇的な変化に富んだ面白さがあり、観客・聴衆を退屈させずに楽しめるものに仕上がっていた。(ここは、表現や演技が凡庸だと退屈する場面でもある)

 歌手陣でもうひとり特筆すべきは、エルダ役のマイヤー。このところバイロイトにも毎年出演し、さまざまな役をこなし印象に残るパフォーマンスで高い評価を得ている名バイ・プレイヤーである。この日も独特の存在感を発揮して明るいこの作品の裏側に潜む、ジークフリートや神々たちの未来の陰りを暗示する空気感を巧みに醸し出していた。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 最後に演出について。演技という面では再演監督の工夫もあり、舞台上の動きも活発で問題はないのであるが、やはり今作では「ラインの黄金」と同様、プロダクション自体の“古さ”や“賞味期限”を感じざるをえない場面が散見された。例えば第1幕。思春期のジークフリートの精神面の不安定さを暗示するためか、舞台装置は全体として斜めにしつらえられている。セットの片隅には馬の玩具などが置かれている。こうした装置の基本コンセプトは2003年に新国立劇場でプレミエ上演されたキース・ウォーナー演出のいわゆる“トーキョー・リング”の「ジークフリート」に酷似していた。“トーキョー・リング”の方が後に製作されたプロダクションだけに、より大胆で斬新なテイストを感じさせる作りだったことは否めない。さらに魔剣ノートゥングを鍛え直す場面では、ミーメによる機械を使った作業がうまくいかず、ジークフリートの“手作り”によって剣は鍛え直される。工業や機械文明と人間本来のあるべき姿との対立軸を浮き彫りにしたものだが、プレミエから約20年が経過した今、フリードリヒのメッセージの“賞味期限”がいささか薄らいでいるように感じたのは筆者だけではないはずだ。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 さらに気になったのは第2幕の大蛇に変身したファフナーとジークフリートの戦闘場面。風船を膨らませるような大蛇(怪獣のような姿だった)の装置も時代を感じさせるものであった。大道芸人の集団をルーツとするスペインの演劇・演出集団「ラ・フラ・デルス・バウス」演出による“バレンシア・リング”のようにCGをベースにしたビジュアルによってデジタル時代ならではの先進的な場面作りを行う「リング」のプロダクションも世界各地で製作されている今、風船の大蛇はやはり寂しいものである。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 逆に「ワルキューレ」からの継続で、ブリュンヒルデが眠る岩山は時代や場所を特定できないシンプルな作りとなっていたことが奏功し、演者たちのパフォーマンスの質の高さをストレートに楽しむことができた。時代を彩る読み替えによる新演出は、メッセージ性が強くなればなるほど、その“賞味期限”が短くなってしまうことを往年の名演出家フリードリヒの今回のプロダクションを目の当たりにし、再認識することができた。

 とはいえ、全体的には成功といえる水準の上演であったことは間違いなく、その最大の功労者は音楽面を統括した指揮者の飯守であったことは強調しておきたい。10月1日からは飯守芸術監督体制の集大成となる「神々の黄昏」の上演がスタートする。「神々」では読売日本交響楽団が新国立劇場のピットに初めて入るのも注目ポイント。このところ好調を続ける読響が飯守のタクトのもと、ワーグナーならではの重厚かつドラマティックな演奏を聴かせてくれることが期待される。(宮嶋 極)

 

公演データ

【新国立劇場 ワーグナー:「ニーベルングの指環」第2夜 楽劇「ジークフリート」(全3幕 ドイツ語上演日本語字幕付き)】

6月1日(木)16:00/4日(日)14:00 /7日(水)14:00 /10日(土)14:00/14日(水)16:00 /17日(土)14:00 新国立劇場オペラパレス

指揮:飯守 泰次郎

演出:ゲッツ・フリードリヒ

美術・衣装:ゴットフリート・ピルツ

照明:キンモ・ルスケラ

ジークフリート:ステファン・グールド

ミーメ:アンドレアス・コンラッド

さすらい人:グリア・グリムスレイ

アルベリヒ:トーマス・ガゼリ

ファフナー:クリスティアン・ヒューブナー

エルダ:クリスタ・マイヤー

ブリュンヒルデ:リカルダ・メルベート

森の小鳥:鵜木絵里、九嶋香奈枝、安井陽子、吉原圭子

管弦楽:東京交響楽団

 

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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