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アンコール

6月の在京オーケストラの演奏会から

写真提供=NHK交響楽団

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 6月に行われた在京オーケストラの演奏会の中から注目の公演のステージを振り返る。 (宮嶋 極)

【トン・コープマン指揮 NHK交響楽団 水曜夜のクラシック 第3夜】

 「N響 水曜夜のクラシック」は毎月、水・木曜日にサントリーホールで開かれる定期公演Bプログラムが、同ホールの改修工事のため休止となっていることを受けて今年4~6月の3カ月間に限ってNHKホールで開催されていたシリーズ。翌日の木曜日にはミューザ川崎シンフォニーホールを会場に同一演目で「N響 午後のクラシック」も行われていた。

 両シリーズの最終回となる6月は古楽界の名匠トン・コープマンの指揮によるオール・モーツァルト・プログラム。交響曲第41番「ジュピター」、フルートとハープのための協奏曲(フルート:カール・ハインツ・シュッツ、ハープ:シャルロッテ・バルツェライト)、歌劇「魔笛」序曲を取り上げた。

 コープマンはオルガン、チェンバロ奏者としてキャリアをスタートさせた後、作曲家在世当時の楽器や奏法を再現したバロック管弦楽団・合唱団を編成して指揮者としても活躍するオランダの名匠。当然、この日の公演も現代楽器を使いながらも作曲家在世当時の様式、いわゆるピリオド(時代)奏法のスタイルに寄り添った演奏が繰り広げられた。

 N響とピリオド奏法といえば、2011年から3年間かけてベートーヴェンの全交響曲と主要管弦楽曲を網羅したロジャー・ノリントン指揮によるベートーヴェン・シリーズの刺激に満ちた演奏が記憶に新しい。古楽演奏の大家であるノリントンが、「私はこれまで多くの世界的な名門オーケストラを指揮してきたが、これほどまでに自分の意図が実現された演奏は初めて」と絶賛していたようにモダン・オーケストラのN響がピリオド奏法にも柔軟に対応し、そのポテンシャルの高さを示したシリーズでもあった。

 現在の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ、桂冠(けいかん)名誉指揮者であるヘルベルト・ブロムシュテットも古典派作品に対してはピリオドの要素を取り入れたアプローチで臨むこともあってN響にとってはもはや完全に掌中に収めた演奏スタイルといえよう。それがこの日の演奏にも反映されていた。

 「魔笛」序曲の冒頭、変ホ長調の和音が鳴った瞬間、その美しい響きに思わずハッとさせられる。ピリオド奏法では、弦楽器はヴィブラート(音を細かく揺らす奏法)をかけないのが通例。全部か部分的かは指揮者の選択にもよるが、ノー・ヴィブラートで弾く場合、音程の正確さは不可欠である。長音にヴィブラートをかけると音を揺らして美しく響かせると同時に音程のズレを微調整できる効果もあるからだ。逆に言うとノー・ヴィブラートだと音程を決める左手に微調整の余地が少なくなるため、すべての音についていわば〝一発勝負〟のような正確さが求められるのである。N響の弦楽器セクションは長音も細かいパッセージでも正確な音程で弾き進め、濁りがなく透明度の高いサウンドを紡ぎ出していた。ここに管楽器が加わった響きは実に美しく、コープマンが追求するモーツァルトの響きとはいかなるものかが、聴き手に明確に伝わってきた。

 フルートとハープのための協奏曲は、ソリストにウィーン・フィルから若き首席フルート奏者、カール・ハインツ・シュッツと首席ハープ奏者のシャルロッテ・バルツェライトを迎えての演奏。さらにこの日のコンサートマスターは今春からN響のゲスト・コンサートマスターに就任したライナー・キュッヒル(ウィーン・フィル元第1コンマス)とあって、おのずとコープマンが意図するピリオド的な要素よりもウィーンの伝統に根ざした優雅ながらも快活な音楽となった。コープマンの方は特にそれを気にするふうでもなく、楽しげに指揮をしていたのが印象的であった

 メインの交響曲第41番では再びピリオド奏法の要素を色濃く反映させたスタイルに戻り、最近の研究にコープマンの解釈を織り交ぜて20世紀以来の方法とは明らかにことなるフレージングやアーティキュレーション(音と音のつなげ方)が随所にちりばめられた演奏が繰り広げられた。響きの透明度の高さは「魔笛」序曲と同様。その結果、対旋律や内声部がクッキリと浮かび上がってくるかのようで、パート間の活発なやり取りが聴く者の心を躍らす「ジュピター」に仕上げられていた。

 

写真提供=読売日本交響楽団

【シモーネ・ヤング指揮 読売日本交響楽団 土曜マチネーシリーズ 】

 ドイツを中心にヨーロッパの各地の歌劇場やオーケストラで活躍するオーストラリア生まれの実力派指揮者、シモーネ・ヤングにとって読響との共演は今回が初めて。ブラームスの交響曲第2番、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲をそれぞれメインに据えた二つのプログラムを指揮した。取材したのは14日、ブラームスをメインにブルッフのヴァイオリン協奏曲などを取り上げた公演。

 ドイツではワーグナー指揮者としても名をはせるヤングだが、1曲目の「さまよえるオランダ人」序曲はお互い初めての手合わせとあってか彼女と読響の双方ともに、若干の硬さを残していたようで、ダイナミックな作りは良かったものの、劇音楽ならではのニュアンスの変化に少し乏しかったように感じた。

 ところが、セルビア出身の異色ヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドロヴィッチをソリストに迎えて演奏されたブルッフのヴァイオリン協奏曲では一転、ヤングはオペラを得意とする指揮者らしい柔軟さを見せた。ヤングはネマニャ(CD等、ファーストネームでリリースされており、本稿でもこう表記する)の自由で情熱的なソロを巧みに支えて、高揚感を高めていく手腕はなかなかのものであった。読響も「オランダ人」での硬さは解消され、ネマニャの表情豊かなソロを相手に有機的な音楽対話を繰り広げていた。この日のコンサートマスターは特別客演コンマスの日下紗矢子で、彼女のしなやかなリードがこうした音楽対話の成立に大きな役割を果たしていたことがうかがえた。

 それにしても異色ヴァイオリニストと呼ばれるだけあって、ネマニャはアフロの長髪、革のパンツにブーツという服装は、クラシック音楽のヴァイオリニストというよりはまるでロック・ミュージシャンのようであった。でもその音楽は一見、自由奔放ながらも豊かなニュアンスに富み、指揮者やオーケストラとさりげなく呼吸を合わせていた点も興味深かった。

 メインのブラームスでは、細かい細工を施さずに真正面から作品の本質に迫っていこうというアプローチ。読響から芳醇(ほうじゅん)な響きを存分に引き出しながら、楽曲の構造をがっしりと固めて一段一段、階段を上っていくように盛り上げながら、終盤で大きなヤマ場を築いていった。

 

写真提供=NHK交響楽団

【パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 6月定期公演 Cプログラム】

 前半をシューマン、後半をシューベルトの交響曲第8番ハ長調というプログラム。ヤルヴィがN響首席指揮者に就任して以来、ブルックナーやマーラー、リヒャルト・シュトラウス、ショスタコーヴィチといった後期ロマン派以降の大編成を必要とする作品がプログラムの軸になることが多かったが、就任から間もなく2年を迎えるタイミングで、初めて得意のシューマン、そしてシューベルトの交響曲という比較的編成の小さな作品を取り上げた。その背景にはオーケストラとの結びつきが一層強固になったことで、オーケストレーションがシンプルでごまかしの利かない作品への取り組みをスタートさせたことは想像に難くない。

 「ザ・グレート」の副題で呼ばれることも多いシューベルトのこの交響曲は演奏に約1時間を要する大曲だが、緊張感を保ちながら細部までしっかり作り込まないと冗長な印象が先行してしまい、聴く者を退屈させてしまう。ヤルヴィは各パートが奏でる旋律を装飾音符も含めて、そのつながり方やアクセントの付け方などに工夫を凝らすことによって、切れ込みが鋭く躍動感にあふれた音楽を作り出すのに成功。この作品がこれほどまでに多彩な表情を持っていたのかと驚かされるくらい、譜面の〝行間〟に内在していたさまざまな可能性に光を当てるかのような演奏であった。また、第4楽章コーダ(終結部)に入る際の弦楽器の全奏によるC(ド)は、これまで日本のオーケストラでは聴いたことがないと思われるほどの重厚さとスピード感を兼ね備えた驚異的な響きであった。世界のスーパー・オーケストラにもひけをとらない、こうした響きこそ、現在のN響の実力の高さを示すものといえよう。

 なお、前半のシューマンのチェロ協奏曲でソリストを務めたターニャ・テツラフ(ヴァイオリニスト、クリスティアン・テツラフの妹でもある)は多くの名指揮者やオーケストラと共演するなどのソロ活動に並行してヤルヴィが芸術監督を務めるドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの首席チェリストとしても活躍。ヤルヴィとは強い信頼関係で結ばれている音楽家のひとりで、この日も両者は息の合った演奏を披露。端正ながらも深みを感じさせるシューマンを聴かせてくれた。

 それにしてもこの日のシューマンとシューベルト、なかなかの聴き応えであった。N響ではかつてヴォルフガング・サヴァリッシュが頻繁にシューベルトやシューマンの作品で名演を聴かせてくれたが、最近はプログラムに登場する機会も少なくなってしまった。ヤルヴィの棒の下、これだけのクオリティーで演奏されるのであれば、今後、さらに積極的に取り上げてほしいものである。

 

公演データ

【N響 水曜夜のクラシック 第3夜】

6月14日(水)19:00 NHKホール

指揮:トン・コープマン

フルート:カール・ハインツ・シュッツ

ハープ:シャルロッテ・バルツェライト

 

モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲

モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299

モーツァルト:交響曲第第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」

 

【読売日本交響楽団 第198回土曜マチネーシリーズ 】

6月17日(土)14:00/18日(日)14:00 東京芸術劇場コンサートホール

指揮:シモーネ・ヤング

ヴァイオリン:ネマニャ・ラドロヴィチ

 

ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調 Op.26

ブラームス:交響曲第2番ニ長調 Op.73

 

【NHK交響楽団 第1863回定期公演 Cプログラム】

6月30日(金)19:00/7月1日(土)15:00 NHKホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

チェロ:ターニャ・テツラフ

 

シューマン:歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲

シューマン:チェロ協奏曲イ短調 Op.129

シューベルト:交響曲第8番ハ長調 D.944「ザ・グレート」

 

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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