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アンコール

真夏のマーラーの競演

写真提供=東京交響楽団(C)池上直哉

 7月後半、在京の三つのオーケストラが1週間の間にマーラーの大曲をメーンに据えた公演を相次いで開催した。ジョナサン・ノット指揮、東響とチョン・ミョンフン指揮、東京フィルが交響曲第2番「復活」を、エリアフ・インバル指揮、都響が交響曲「大地の歌」に加えて交響曲第2番第1楽章のベースとなった交響詩「葬礼」を演奏。くしくも三つのオーケストラが「復活」関連の作品で個性を競い合う形となった。猛暑の中、繰り広げられた“熱い競演”を振り返る。 (宮嶋 極)

 

【ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 交響曲第2番「復活」】

 ノットと東響は作品に新たな角度から光を当て、どんな名曲であっても今まで気付かなかった魅力を引き出し、聴く者を新鮮な感動に誘う。とはいえ、彼の解釈は奇をてらったものではなく、なるほどそうだったのか、と感心させてくれるような説得力に富んでいることが多い。取材したのは15日、この日もそんな充実の演奏を披露してくれた。

 交響曲第2番は1980年代の第1次マーラー・ブーム以降、国内外のオーケストラが多くの名演を残してきた人気作である。ノットは過去の演奏スタイルにこだわらずに、譜面とストレートに向き合い、マーラー作品を演奏する上で常道となっている独特の“情念”のようなものを一切排した音楽作りを行っていた。メロディー・ラインを情感たっぷりになぞったり、19世紀末を象徴するような陰鬱ながらも爛熟(らんじゅく)した雰囲気の響きを追求するというよりは、対旋律や内声部の動きを鮮明化することで、オーケストレーションの妙を浮き彫りにして21世紀の今、この作品を演奏することの意味を聴衆に問いかけているかのようであった。そうした指揮者の思いを表すかのように、この日は最新の研究成果を反映させた国際グスタフ・マーラー協会による新全集版、いわゆるギルバート・キャプラン版とも呼ばれる新校訂版の譜面を採用していた。

写真提供=東京交響楽団(C)池上直哉

 ノットは全体の音量やパート間のバランスの調整に細心の注意を払い、ホールのアコースティックも巧みに活用しつつ自身の目指す“音場”の創出に注力していた。その好例は第5楽章。通常、この箇所でバンダ(舞台の外で演奏する別働隊)はステージ裏で演奏することが多いが、天からラッパが響き渡るくだりでは客席3階後方の左右ふたつのドアの外側からトランペットを吹かせる。客席に天からラッパの音が降り注ぐような効果はなかなかのものであった。また、打楽器も入ったバンダは2階客席上手横のドアの外から、最初はドアを少しだけ開け、音量の増大に合わせてドアを大きく開いていくほどの念の入れようであった。さらに合唱の歌い出しは合唱団を座らせたままにし、ソプラノの天羽明惠も着席のままでしばらく歌い、音量が上がっていくところで全員立ち上がるという“音の抜け”まで計算に入れて“音場”の構築を細かく行っていたのには驚かされた。

 コーダに向けては一気呵成(いっきかせい)に盛り上がりを築いていくのではなく、前述と同じく音量のコントロールを慎重に行いつつ最後は圧巻のフィナーレを作り上げた。オーケストラも指揮者のハイ・レベルの要求に緻密なアンサンブルと安定したソロで応えていた。終演後、オケが退場して盛大な拍手は鳴りやむことなく、ノットは再びステージに呼び戻された。

写真提供=東京交響楽団(C)池上直哉

 なお、前半の細川俊夫の「嘆き」はザルツブルク音楽祭の委嘱を受けて作曲され、2013年、シャルル・デュトワ指揮、NHK交響楽団によって同音楽祭で初演された作品。当初はソプラノ独唱にオーケストラを組み合わせたものであったが、その後、藤村実穂子のためにメゾ・ソプラノ用に部分改訂され、この日は後者の形での演奏となった。ザルツブルク出身で表現主義の詩人、ゲオルク・トラークルが第一次世界大戦の惨禍を目の当たりにしたショックで、後に自ら命を絶つ前に創作した詩に、やはり多くの人命が失われた東日本大震災の惨状を重ね合わせた作品である。藤村ならではの掘り下げた表現は、落ち着いた中にもすごみすら感じさせる迫力があり、2曲目の「復活」による救済に“ある種の必然性”を感じさせるような絶妙の組み合わせとなった。

 

写真提供=東京都交響楽団(C)堀田力丸

【エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 「大地の歌」「葬礼」】

 東京都交響楽団をマーラー作品の“ある種の必然性”に最も精通した日本のオーケストラと位置付けることに異議を唱える人はそんなにはいないだろう。これまで若杉弘、エリアフ・インバル、ガリー・ベルティーニ、そして再びインバルと計4度もの交響曲ツィクルスを敢行し、いずれも各方面から高評価を得てきたからである。筆者もそれらのツィクルス公演のうち約8割を取材・鑑賞しているが、特に2012年9月から14年3月にかけて行われたインバル指揮による「新マーラー・ツィクルス」は、以前の演奏の完成度をさらに上回る極めて高水準の演奏が繰り広げられたことに毎回、感動とともに驚きすら覚えた。今回、交響詩「葬礼」と交響曲「大地の歌」を取り上げた「都響スペシャル」も過去の名演を“上書き”するような一層の進化と深化を実感させてくれるものであった。

写真提供=東京都交響楽団(C)堀田力丸

 交響曲第2番第1楽章のベースとなった交響詩「葬礼」の冒頭からマーラーの世界を作り上げる上で欠かせない陰影を帯びた響きの構築が細部にわたって、緻密になされており、聴く者を一気にその世界へと引き込んでいく。各パートが自らの存在をしっかり主張し、ステージ上でひしめき合うようにおのおのの旋律や音を存分に表現していくのだが、それらはインバルの棒の下、ひとつの大きなうねりのようなものへ収斂(しゅうれん)されていき、深みのあるマーラーの世界が創出されていった。

 このコンビによる「大地の歌」は2012年3月以来2度目となるが、表現の細部にわたる彫琢(ちょうたく)がさらに徹底して行われており、「生と死」を問い続けたこの作曲家の“深淵(しんえん)”が見事に表現されていた。

写真提供=東京都交響楽団(C)堀田力丸

 アンナ・ラーション(コントラルト)はマーラーの声楽作品解釈の第一人者だけに詩の意味合いを声に反映させ説得力に満ちあふれた歌唱を披露。ダニエル・キルヒ(テノール)もよく伸びる声で表情豊かな歌を聴かせてくれた。弦楽器セクションの厚く温かみのあるサウンド、オーボエをはじめとする木管陣のソロの雄弁さ、安定した金管楽器群、インバルを中心にそれらが一体となって織り成した「大地の歌」は、日本におけるマーラー演奏の歴史にまた新たな一ページを開いた、といっても過言ではないほどの完成度であった。終演後の客席は当然、大喝采に包まれ、オーケストラのメンバーが退場後もその勢いは衰えず、インバルはひとりステージに呼び戻され、笑顔で聴衆の歓呼に応えていた。

  

写真提供=東京フィル(C)上野隆文

【チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 交響曲第2番「復活」】

 3公演のうち、最も当初の予想と違った演奏が繰り広げられたのが、チョンと東京フィルによる「復活」であった。このコンビが「復活」を演奏するのは2001年のチョンのスペシャル・アーティスティック・アドバイザー就任披露公演以来、16年ぶりのこと。今回の公演チラシには「2001年の熱狂が蘇(よみがえ)る!」とのキャッチコピーが大きく書かれており、筆者も爆発的ともいえる2001年の熱演が再現されるものと予想し会場の東京オペラシティに赴いた。

 最近のチョンはロマン派以降の作品を演奏する際には、オーケストラの編成を通常よりも増員することが多いが、この日もやや小ぶりなオペラシティにもかかわらず、弦楽器を18型(第1ヴァイオリン18人、第2ヴァイオリン16人 ヴィオラ14人、チェロ12人、コントラバス10人の計70人、通常は16型の60人で演奏することが多い)にして臨んでいた。さぞや大音響を轟(とどろ)かせるものと思いきや、意外にもチョンは大きな音量や勢いで押し切るようなことは一切せずに、ひとつひとつの音を慈しむように丁寧に演奏させていた。音符を許容範囲の最大限まで弾ききらせるように導き、大編成の東京フィル弦楽器セクションも大きな弓遣いで応える。金管・打楽器は必要以上に強奏せずに、少しだけ余力を残してタップリとした響きを構築。叙情的な箇所になるとテンポを幾分遅くして、温かみのある音色で旋律を深く歌い込んでいく。

写真提供=東京フィル(C)上野隆文

 そこには16年前の怒涛(どとう)のような勢いや熱気はないが、その代わりに何ともいえない滋味と深さを感じさせてくれる世界が広がっていた。そういえば16年前、チョンがアドバイザーに就任するにあたって東京フィルにスコップのオブジェ(実物だったかもしれない)を贈ったのを思い出す。そこには「音楽を深く掘り下げよう」とのメッセージが込められていた。この日のマーラーの演奏こそ、16年前のチョンの思いが具現化された音楽であったように筆者には感じられた。

 今のチョンは奇をてらわず、大向こう受けを狙わずに、真摯(しんし)に譜面に向かい合い、そこから得たインスピレーションを丁寧に実際の音にしていこうとの姿勢に徹しているかのようである。円熟に向かって歩み始めたのであろうチョンの変化を16年にわたって密接な関係を続けてきた東京フィルは自然体で受け止め、ジンワリと心に染みるマーラーを聴かせてくれた。ちなみにこの日もオーケストラのメンバーがステージを去っても拍手が鳴りやまず、チョンは再登場して客席に深々と頭を下げる姿が印象的であった。

 

写真提供=東京フィル(C)上野隆文

公演データ

【ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 定期演奏会】

7月15日(土)18:00/16日(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット

メゾ・ソプラノ:藤村 実穂子

ソプラノ:天羽 明惠

合唱:東響コーラス

合唱指揮:冨平 恭平

 

細川 俊夫:「嘆き」

マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」

 

【エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 都響スペシャル】

7月16日(日)/17日(月・祝)14:00 東京芸術劇場コンサートホール

指揮:エリアフ・インバル

コントラルト:アンナ・ラーション

テノール:ダニエル・キルヒ

 

マーラー:交響詩「葬礼」

マーラー:交響曲「大地の歌」

 

【チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 7月定期演奏会】

7月21日(金)19:00 東京オペラシティ・コンサートホール

  23日(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

指揮:チョン・ミョンフン

ソプラノ:安井 陽子

メゾ・ソプラノ:山下 牧子

合唱:新国立劇場合唱団

合唱指揮:冨平 恭平

 

マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」

 

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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