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ときにはぶらりと音楽を

この夏のコンサート2……ザルツブルク音楽祭

遠藤靖典

 前回の続きで、この夏に海外で聴いたコンサートについて書くことにしよう。バイロイトでワーグナーを3日間聴いた後、ザルツブルクに移動した。目的はもちろん、ザルツブルク音楽祭である。夏のこの時期は多くの歌劇場が休みとなり、ヨーロッパ各地で音楽祭が開催されるが、その中で最も知名度の高い一つがザルツブルク音楽祭である。観光地としても有名なザルツブルクなので、知名度のみならず、チケット代や宿代も高いのはやむを得ないというところか。

 バイロイトを朝出立し、ザルツブルクに着いたのは昼過ぎであった。長距離の電車移動なので、疲れもあるし、ヴェルディの「二人のフォスカリ」を演奏会形式(コンチェルタンテと言う)で聴いて終わりにする予定にしていた。父フォスカリを名にし負うプラシド・ドミンゴが歌うとあって、それなりに楽しみにしていたのであるが、蓋(ふた)を開けてみると「ドミンゴ独演会」の状態。まあ、それ自体は良しとしよう。しかし、ヴェルディの初期作品特有の軽さが自分自身の嗜好(しこう)と相いれず、特に前日までワーグナーに身を浸し、当地まで長旅をしてきた身体にはどうにもつらくなり、コンサート終了後直ちにその夜の「ヴォツェック」のチケットを求めた。「アイーダ」や「シモン・ボッカネグラ」改訂版であれば、また違った感想になったであろう。事実、この2日後に聴いた「アイーダ」は、アンナ・ネトレプコ、リッカルド・ムーティ、ウィーン・フィルという組み合わせの素晴らしさもさることながら、音楽の深さが「二人のフォスカリ」の比ではなかった。疲れていたにもかかわらず「ヴォツェック」の方がよほど「二人のフォスカリ」より集中して聴くことができたのは自分でも意外であったが、以前よりベルクをはじめとする近代の音楽の響きに抵抗がなくなってきた、いや、むしろ好きになってきた、ということであろう。

 2日目は、昼にリッカルド・ムーティが振るウィーン・フィルのマチネ(ブラームスのピアノ協奏曲第2番とチャイコフスキーの交響曲第4番)、夜にショスタコーヴィチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を聴いたが、この「マクベス夫人」が白眉(はくび)の一つといえよう。一体に指揮を担当したマリス・ヤンソンスはオペラのレパートリーが多いとはいえない指揮者だが、それに代わり、レパートリーとしているオペラの完成度は比類がない。この「マクベス夫人」は、人間がその奥底に持つ卑俗さ・哀しさなどを巧みに音楽にした素晴らしいオペラであるが、演奏家には、音楽を聴いた聴衆に、その音楽が本来表現している卑俗さ・欲望・哀しさ・残酷さの感情を、登場人物になったかのようにヴァーチャルに経験させねばならぬ。ヤンソンスは見事にそれを行って見せた。

 そして3日目の「アイーダ」! 前述のように、アンナ・ネトレプコ、リッカルド・ムーティ、ウィーン・フィルの組み合わせで、演奏も音楽も素晴らしく、今回のザルツブルク音楽祭のもう一つの白眉となった。さらにアムネリスをダニエラ・バルチェローナが歌うことにより、その結果、タイトルロールだけが突出した「アイーダ」ではなく、アイーダとアムネリスが丁々発止でやり合う非常にスリリングな舞台となったことは、特筆に値する。これも、本公演の水準を非凡なものとした要因の一つであろう。もちろん、ムーティとウィーン・フィルの功績を抜きに語ることはできず、その好サポートがあればこその成功である。筆者はワグネリアン、と以前書いたが、ワーグナーに慣れた耳にはヴェルディは得てしてシンプルに聞こえる。しかしこの「アイーダ」はそうでないことをはっきりと知らしめてくれた。

 今回、バイロイトで三つ、ザルツブルクで四つのオペラを聴いたが、特に印象の強かったものは「ムツェンスク郡のマクベス夫人」と「アイーダ」であった。ワグネリアンとしては、バイロイトのオペラがそこに入ってこなかったのは非常に残念であり、バイロイト音楽祭の音楽水準の低下とザルツブルク音楽祭の水準の高さを物語っているように感じられてならぬ。しかし、音楽水準の低下はバイロイト音楽祭だけに言えることであろうか?   答えは恐らく「否」であろう。

 ここしばらく、クラシック離れが進んでいるといわれるようになり、それはコンサートの来場者数などのデータから客観的に示すことができる。一方、そうでないジャンルの音楽もある。何が原因でクラシック離れが進んでいるのであろうか? 次回はそのことについて、筆者が行った別のコンサートの経験を踏まえながら若干考えてみたい。

筆者プロフィル

 遠藤靖典(えんどう・やすのり) 大学教授。専門はデータ解析。教育・研究・学内業務のわずかな間隙(かんげき)を縫ってヴァイオリンを弾き、コンサートに足を運ぶ。

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