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「新芸」とその時代

(36)「トラ」たちの回想……カラヤン&ベルリン・フィル公演Ⅳ

79年のベルリン・フィル来日公演(会場:普門館=東京都杉並区)の舞台写真。ソリストの顔ぶれからヴェルディの「レクイエム」の演奏中と見られる=立正佼成会提供

 1979年10月のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演では、日本人奏者が多数参加したことが話題になった。当時の記事によれば、ヴァイオリン4人、ヴィオラ2人、トロンボーン1人、打楽器2人、オーボエ1人、サキソフォーン2人、トランペット6人の計18人。そのうち8人はヨーロッパからの参加者だったという(「音楽の友」79年12月号)。

    「フルパワーの音」

     このうち、ヴェルディの「レクイエム」が演奏された24、26日の公演には、3人の若手トランペット奏者が参加した。この公演ではトランペットが8本必要だったが、ベルリン・フィルのトランペット奏者は5人。残り3本を日本人のエキストラ(通称「トラ」)が担当したのだ。日本フィルハーモニー交響楽団や日本センチュリー交響楽団などの奏者として活躍し、現在は日本芸術文化振興会プログラムオフィサーを務める野崎明宏(63)もその一人で、当時の思い出を語ってくれた。

     「トランペットの8人のうち4人はオケの中で、4人はバンダ(別働隊)で舞台の下手側で演奏したのですが、僕ら3人はバンダでした。どこから出演依頼があったのか、はっきりしないのですが、出演料はベルリン・フィルからマルクで支払われました。練習2回、本番2回で計500マルクぐらいだったでしょうか。初日の練習で、『ディ・エス・イーレ(怒りの日)』の後、自分たちの出を緊張しながら待っていたら、その直前でカラヤンが演奏を止めて、僕らの場面を飛ばして次の部分に行っちゃったんです(笑い)。全体の練習が終わってから金管とバンダで練習しましょう、ということでした。その練習の時は、カラヤンが僕らのすぐ近くまで来て指揮をしてくれた。そばで見ると小柄で、声もしゃがれ声。でも指揮台に立つと大きく見える。カリスマ性というのはこういうことか、と思いました」

     5000人の大ホールである普門館での「吹き心地」はどうだったのだろう。

     「自分の音は聞こえますが、『戻り』(ホールの空間で響いた後に奏者の耳に戻ってくる音)はなかった。でも、それはあまり気になりませんでした。演奏者はいつも同じ場所で演奏するわけではないですから、与えられた条件の中で一番いい演奏をしようと考えるものです」

    ベルリン・フィルの音を間近で聴いて感じたことがある。

     「全員の楽器が鳴っているというか、全部の奏者がフルで音を出していて、とにかく音が大きいという印象です。僕たちの目の前には年配のヴァイオリン奏者が座っていましたが、わあっと、めいっぱい弾いていました。普門館のようなホールで日本のオーケストラが演奏したら貧弱にきこえるかもしれませんが、ベルリン・フィルの音はとにかく迫力がありました。その後、親しくなった団員から、81年の来日公演の時に聴きに来ないかと誘われて、東京文化会館の舞台裏でブラームスの交響曲を聴きました。私は下手側に座っていたのですが、舞台の上手、つまり反対側にいるコントラバスの音が地鳴りのようにきこえてきた。床が鳴っているのです。まさにスーパーオーケストラだと思いました」

     野崎はニューヨークへの留学を考えていたが、ベルリン・フィルとの演奏でドイツのオーケストラのすばらしさに気づき方向転換。81年にケルンに留学した。「個人的にはとても大きな意味のある演奏会でした」

    「音の壁が立ち上がった」

     同じくヴェルディのレクイエムの演奏に参加した元愛知県立芸術大教授の武内安幸(62)も、この演奏会がきっかけでベルリンへの留学を決めたという。

     「79年の公演では、まず楽器のことが思い出されます。当時日本で使われていたのはほとんどがピストン付きのトランペットでしたが、ドイツやオーストリアなどのオーケストラの主流はロータリートランペットです。柔らかい響きで弦楽器や木管楽器にもよく溶け込むのですが、当時の日本ではまだ珍しく、トラでも楽器の調達に苦労した人がいたかもしれません」

     練習に行くと、ベルリン・フィルのトロンボーン奏者から開口一番、こんな注意を受けた。

     「ハインツ・ディーター・シュヴァルツさんという奏者でしたが、ここはベルリン・フィルだぞ、お前の楽器は何だ、と言われました。僕の楽器のさびに気づいて、ちゃんと磨いてこい、というのです(笑い)。次に磨いていったら、まだ足りない、ちゃんとピストンも磨け、とくぎをさされました」

     武内もまたベルリン・フィルの音に衝撃を受けた。

     「弦楽器の音が鳴った時、音の壁が立ち上がったような錯覚を覚えました。ティンパニーの音や金管楽器の音もホールを突き抜けるような迫力で、すごい奏者たちの集まりだと実感しました。当時はちょうど世代交代の時期で、トランペットの首席奏者の2人――コンラディン・グロートさんとマルティン・クレツァーさんも若々しかった。この演奏会がきっかけでコンタクトを取るようになり、いろいろなアドバイスも受けました。カラヤンもまだ元気でかっこうよかった。それまではウィーン・フィルにあこがれて、ウィーンに留学しようと思っていたのですが、この演奏会をきっかけに、ベルリンに行こうと決めました」

     武内は、ベルリン芸術大で学んだ後、ベルリン交響楽団の首席奏者などを務めヨーロッパで活躍した。

    「ミラクルな体験」

     新芸招聘前、77年のベルリン・フィル来日公演の際、日本人の若手指揮者の発掘を目的に「カラヤン・コンクール・ジャパン」が行われた。第1次審査には58人が参加。第2次審査を経て、11月13日に普門館で行われた本選には3人が出場。カラヤンの目の前でベルリン・フィルを指揮し、高関健(当時桐朋学園大4年でヴァイオリン専攻)が1位に選ばれた。ほぼ同時期の11月6~9日には、ベルリン・フィルの楽員起用を前提としたオーディションが大阪フェスティバルホールで行われ、4人が合格。そのうちの一人である松田次史(65)は翌78年から4年間、「カラヤンアカデミー」に留学。79年の来日公演時に、ベルリン・フィルとともに一時帰国し、ヴェルディのレクイエムと、通常の2倍の6人のトランペット奏者を使ったムソルグスキーの「展覧会の絵」の演奏にエキストラとして参加した。オーディションを受けた時、松田はすでに日本フィルに在籍していたが、練習時間もなかなかとれず、将来に不安を感じていた。オーディションに受かったことで演奏者として新たな道が開かれた。

     「若者の才能を発掘して育てようと設立されたのがカラヤンアカデミーというインターナショナルな機関でした。私が行った頃、ベルリン・フィルのトランペット奏者の一人が歯槽膿漏(しそうのうろう)の悪化で退団してしまい、後継者がなかなか決まらなかった。そんな時期で、私もベルリン・フィルで随分演奏の機会を与えられました。入って1週間後にクラウス・テンシュテットの指揮でマーラーの交響曲『巨人』を演奏したのを覚えています。アカデミーにいた4年間で200回以上、ベルリン・フィルで演奏したと思います」

    79年の来日中に日航乗員訓練センター(東京都大田区)を訪れ、日航ジャンボ機のシミュレーターを操縦するカラヤン

     カラヤンは松田の目にどのように映ったのだろう。

     「日本では『帝王』とか『音楽界のヒトラー』といった中傷めいた見方もありますが、あれほど楽員に信頼された指揮者はいないと思います。ベルリン・フィルには有名な客演指揮者も来ましたが、カラヤンがいる時の緊張感は格別のものでした。作曲家自身の考えを越えているのではないかと思うような表現、音楽観が確固としてあって、決してぶれない。彼の一振りで、どんな音楽にも命が吹き込まれました。この曲はこうなんだ、と我々も納得できるような指揮でした。若手の育成にも力を入れ、カラヤンアカデミーが送り出した演奏家は、世界の名だたるオーケストラの奏者として活躍しています。カラヤンは名誉欲、金銭欲が強いといわれますが、私は私欲のない人だと思います」

     松田は帰国後、札幌交響楽団に入団。2017年に定年退職後も演奏活動や若手の指導に精力的に取り組んでいる。

     「これまで山あり谷ありでしたが、カラヤンアカデミー留学中の感動的な体験の積み重ねがエネルギーになって、ここまで来られたと思います。まさにミラクルな体験でした」

     さまざまな批判を浴び、興行としてみれば必ずしも成功ではなかった79年の来日公演だが、実はその場にいた人々の人生に転機をもたらすほどの感動を残していたのだった。(文中敬称略)

    【野宮珠里】                                                            

     ※隔週土曜日掲載。次回は4月28日の予定です。

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