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アンコール

新国立劇場 ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」新制作上演

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 新国立劇場の飯守泰次郎・オペラ芸術監督の任期中最後の新制作プロダクションとなるベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」が20日、初日の幕を開けた。演出をバイロイト音楽祭総監督であるカタリーナ・ワーグナーが担当するとあって、初日の会場にはメディア関係者を含む海外からの観客・聴衆が約100人も集まるなど、まさに世界的な注目を集めるステージとなった。同劇場がオープンしてから20年、筆者は継続的にウオッチしてきたが、客席にこれほどの数の外国人が集ったのを見たことはない。海外に向けての発信力に富んだプロダクション、まさに劇場20周年記念にふさわしい公演となった。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     演出のカタリーナは大作曲家リヒャルト・ワーグナーのひ孫で、演出家としては斬新でメッセージ性の強いステージ作りによって、何度もセンセーションを巻き起こしてきたことでも知られている。これまでバイロイトでは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(2007~11年)、「トリスタンとイゾルデ」(15年~)の演出を手掛けている。曽祖父が創設した同音楽祭の歴史を意識した大胆な読み替えと、そこに込めた多くのメッセージによって終演後にブラボーとブーイングが交錯する活気にあふれたステージを制作してきた。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     今回も自身の制作チームを引き連れての演出とあって、舞台の隅々にまで彼女のこだわりが感じられるステージが創造されていた。その第一が闇の効果的な活用。15年からバイロイトで上演されている「トリスタンとイゾルデ」では、特に第3幕において闇をベースにささいな光にあまたのニュアンスを持たせる手法で高い評価を得ている。これについて、筆者が直接彼女に聞いたところによると、伯父であり、第二次世界大戦後のバイロイトの復興に大きな功績を残したヴィーラント・ワーグナーによる光と闇を効果的に用いた、いわゆる「新バイロイト様式」を参考にしているのだという。今回の新国のステージも基本的には闇が支配し、紗幕(しゃまく)に浮かび上がる影にまで意味を持たせるほどのこだわりぶり。公演は始まったばかりなので、詳細についてのネタばらしは避けるが、ステージ上で展開されるさまざまな動きや登場するアイテムが、決して思いつきの集積で終わらせることなく、後につながっていく点にも感心させられた。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     舞台装置は同劇場の幅16.4メートル、高さ12.5メートルの大きなプロセニアム(舞台の開口部)をめいっぱい使った巨大なもの。第1幕の終盤、囚人たちの合唱では大きな監獄のセット全体が音もなくせり上がり、地下ろうが姿を現すという、ハイテク舞台機構を備えたこの劇場ならではのシーンも目を引いた。こうした舞台機構の使い方は同劇場開館以来の人気プロダクションである、フランコ・ゼッフィレッリ演出によるヴェルディ「アイーダ」でも行われていた。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     ベートーヴェンは自身唯一のオペラである「フィデリオ」で精神の自由や崇高な夫婦愛といった彼の理想を高らかに歌い上げているのであるが、台本の筋書き通りに運ばないのが、カタリーナ流である。第1幕は意外なほどに筋書きに忠実に進行したが、第2幕ではアッと驚くどんでん返しが用意されているのである。勧善懲悪の単純なハッピーエンドに収めるのではなく、そこに今の時代を反映させたメッセージが込められ、観客・聴衆は終演後も見たばかりのステージについてさらに思いを巡らす。それが彼女のスタイルであり、ドイツを中心としたオペラ界を席巻するムジーク・テアターの潮流でもあるのだ。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     結末について、もう少しだけヒントを記しておこう。それは前述したゼッフィレッリ演出の「アイーダ」である。バイロイトでは同音楽祭の歴史を意識したステージ作りをしているカタリーナだけに、もしかすると新国の人気演目である「アイーダ」についても多少なりとも関連を持たせていたといったら、考えすぎであろうか。その驚きの結末はベートーヴェンが高らかに歌い上げようとしていた理想の裏返しである現実に対する恐怖であったのかもしれない。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     終演後にカタリーナら演出チームがカーテンコールに登場すると喝采に交じって激しいブーイングも浴びせられた。バイロイトやヨーロッパの名門歌劇場のような光景である。これも彼女の狙い通りであったことは間違いないだろう。賛否が激しくぶつかり合ってこそ、新演出に意味がある、というのがカタリーナの常に目指すところであるからだ。日本のオペラファンもまんまと彼女の術中にはまったわけである。

     一方、指揮は芸術監督の飯守自身が担当。監督としての任期最後の新制作の初日とあって序曲から気力に満ちた指揮ぶりを披露。第1幕序盤、モーツァルトの影響が残るような場面では少し一本調子になるきらいもあったが、1幕後半あたりからドラマの本筋が動き出すにつれて彼の本領が発揮され、力感にあふれた骨太の音楽作りで、場の緊迫感を次第に高めていったのはさすが経験豊富なマエストロの手腕であった。最終シーンの前には「レオノーレ」序曲第3番も演奏された。この演奏中に舞台上ではとんでもないことが繰り広げられるのである。クライマックスの高揚感も圧倒的で、それがかえってカタリーナの読み替えに“すごみ”をもたらす効果を生んでいたのも印象に残った。

    撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     歌手陣ではフロレスタンを演じたステファン・グールドが豊かな声量と幅のある表現で、この役に求められる苦悩を見事に描き出していた。第1幕、本来は登場場面がないにもかかわらず、初めから終わりまで、地下の独居房で苦悶(くもん)する無言の演技を続けていたのもこの演出ならではのもの。題名役のリカルダ・メルベート(レオノーレ)も終始、さまざまな動きが要求される中で、安定した歌唱と演技でその実力を発揮してみせた。ミヒャエル・クプファー・ラデツキー(ドン・ピツァロ)の鋭利な印象をもたらす役作り、ロッコを演じた妻屋秀和の温かみを感じさせる歌唱も公演を成功に導くバイプレーヤーとしての立派な働きであった。なお、同演目は6月2日まで上演されている。

    ☆作品データ

    原作:ジャン・ニコラ・ブイイーの戯曲「レオノール、または夫婦愛」

    台本:ゲオルク・フリードリヒ・トライチュケ(決定稿)

    作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

    初演:1805年11月20日、アン・デア・ウィーン劇場(初版)

      :1814年5月23日、ウィーン・ケルントナートーア劇場(最終版)

    設定:18世紀、セビリア近郊にある政治犯を収容する監獄

    ☆公演データ

    【新国立劇場 ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」(全2幕 ドイツ語上演日本語字幕付き)】

    5月20日(日)14:00 24日(木)14:00 27日(日)14:00 30日(水)19:00 6月2日(土)14:00  新国立劇場オペラパレス

    指揮:飯守 泰次郎

    演出:カタリーナ・ワーグナー

    ドラマトゥルク:ダニエル・ウェーバー

    美術:マルク・レーラー

    衣装:トーマス・カイザー

    照明:クリスティアン・ケメトミュラー

    舞台監督:村田 健輔

    ドン・フェルナンド:黒田 博

    ドン・ピツァロ:ミヒャエル・クプファー・ラデツキー

    フロレスタン:ステファン・グールド

    レオノーレ:リカルダ・メルベート

    ロッコ:妻屋 秀和

    マルツェリーネ:石橋 栄実

    ヤキーノ:鈴木 准

    囚人1:片寄 純也

    囚人2:大沼 徹

    合唱:新国立劇場合唱団

    管弦楽:東京交響楽団

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