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「新芸」とその時代

(40)ソ連の仕事Ⅲ ボリショイ・オペラ②

ロシアを代表するオペラ・バレエの殿堂、ボリショイ劇場の外観=2017年9月、筆者撮影

大きな「忘れ物」

 1970年8月12日午前9時、大阪万博の「クラシック催物シリーズ」に出演するボリショイ・オペラの一行300人余りを乗せたソ連の客船マリア・ウリヤノーワ号が大阪港へ入港した。ところが、全員が入国査証(ビザ)を持っておらず、大阪入国管理事務所(当時)がいったん上陸を拒否するというハプニングがあった。ビザ申請はすでにモスクワの日本大使館経由で法務省に提出されており、許可する旨の返事もモスクワへ出されていたが、一行の出発と行き違いになったらしい。入国管理官が派遣され、急きょ同船ロビーに「仮事務所」を設置し、一人一人を名簿と照合して仮上陸許可証を発行するという異例の措置がとられた。

     舞台美術関係者やソリストは一足早く来日しており、翌13日には指揮者らも空路で到着。裏方を含め総勢約400人という空前の規模の引っ越し公演は、8月16日に「ボリス・ゴドノフ」で無事に幕を開け、大阪万博のクラシック催物シリーズで計9回公演。その後移動し、東京文化会館で新芸術家協会と毎日新聞社の主催で計9回の公演が行われた。ボリショイ・オペラはスターを売り物にするのではなく、あくまでアンサンブル重視といわれるが、70年公演の出演者の顔ぶれはなかなかの豪華メンバーだったことがわかる。

     指揮は、69年にボリショイ劇場の首席指揮者に任命されたばかりのユーリ・シモノフが「ボリス・ゴドノフ」「イーゴリ公」、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが「スペードの女王」を担当。とりわけ注目を集めたのは、世界的なチェリストで指揮者としても活動を始めていたムスティスラフ・ロストロポーヴィチの「エフゲニー・オネーギン」だろう。彼の妻でソ連を代表するソプラノ歌手、ガリーナ・ヴィシネフスカヤがタチヤーナ役を歌い、夫婦の共演となったが、ヴィシネフスカヤがプリマドンナとしての貫禄を遺憾なく発揮し、「歌も演技も容姿も含めて理想的なタチヤーナ」(9月4日付東京新聞)、「格調の高さにおいて群を抜いた存在」(8月24日付毎日新聞)などと絶賛された。その他、「ボリス・ゴドノフ」のタイトルロールなどを歌ったアレクサンドル・オグニフツェフ、「ソ連のマリア・カラス」と呼ばれ、「ボリス・ゴドノフ」のマリーナ役や「スペードの女王」のポリーナ役などを歌ったエレーナ・オブラスツォワも各紙がこぞって賛辞を贈っている。そしてソリストに勝るとも劣らない「地鳴りのような」合唱の迫力、リアリズムを追求した舞台の壮麗さが聴衆を圧倒したようだ。

    クライマックスで起こった珍事

    中央に座りグラスを手に乾杯のポーズを取るソ連のエカテリーナ・フルツェワ文化相。右側には西岡社長の妻旬子、オレグ・トロヤノフスキー駐日大使が並んでいる。テーブル上には日ソの国旗も見える。撮影日時は不明だが、70年の大阪万博に来日した際に撮影された可能性が高い=西岡昌紀氏提供

     待ったなしの舞台芸術には大なり小なりトラブルがつきものだが、「ボリス・ゴドノフ」では、思いがけない珍事が発生。映像を収録していたNHKのスタッフらを大いに慌てさせた。それは公演2日目の8月17日に起こった。殺人を犯して皇帝の座に上り詰めた主人公が、恐怖政治で周囲の支持を失い心理的にも追い詰められていくクライマックスのシーンで、皇帝の威厳を象徴する大きな付け鼻がはずれて、慌てた歌手は自分でその鼻をつかみ、握りつぶしてしまったのだ。担当していたNHKの杉理一はこう回想している。

     「威厳に満ちた皇帝が一瞬にして、先っちょだけが上を向いた低い鼻の庶民に変貌してしまった滑稽(こっけい)さは普段だったら腹を抱えて笑い転げたことだろうが、今は笑っている場合じゃない。私は我に返って、よりルーズな画面に切り替えるようスイッチャーに指示したが、既にあとの祭り。一部始終はアップで収録されてしまっていた。最悪の事態である」

     実は前日の16日にも収録はしていたのだが、別の歌手が歌っており、17日の方が「音楽的には断然よかった」という。結局、映像を部分的に差し替えて何とかしのいだ。

    「一般の人はカメラ割りの不自然さも、鼻が突如低くなったことにも全然気付かなかったようで、放送後、その件での電話は一本もなかった」(「洋楽放送70年史 1925-1995」)

    大引っ越し公演の「お値段」

    70年大阪万博のクラシック催し物シリーズで行われたボリショイ・オペラ公演の プログラム。東京公演のプログラムは別途作成されている=筆者蔵

     さて、ソ連が国を挙げて実施したこの大事業の総経費はいくらぐらいだったのだろうか。当時の新聞を見ると、大阪、東京で計18公演の総経費は7億円とも10億円とも報じられている。万博のクラシック催物シリーズのプロデューサーを務めた福原信夫は、雑誌の座談会で、具体的な数字は明かさなかったものの、歌手、オーケストラ、バレエ、合唱団、スタッフの出演料、滞在費、交通費といった総経費の約4分の3をソ連政府が負担したと述べている(「音楽の友」70年10月号掲載「ボリショイ・オペラの裏表」)。通常は半々が原則と主張するソ連側との交渉には随分時間がかかったようだ。

    さらに日本側の舞台制作費を含めると、合計いくらぐらいかかったか、との質問に福原は「ボリショイに限らず一般論として、一つのオペラ劇場がまるごと引っ越しする場合の標準額は200万ドル(約7億2000万円)。その4分の1プラス日本での制作費、と考えていただければ」と答えている(同上)。

     今年1月、筆者が大阪府日本万国博覧会記念公園事務所で閲覧したソ連のゴスコンツェルトと日本万国博覧会協会(万博協会)の契約書(69年6月23日付のコピー)などによると、モスクワ-日本間の人・物の往復運賃はソ連側が負担。「公演の経費の一部」として万博協会の分担金は24万ドル(8640万円)。これに出演者の日当が約4000万円、宿泊費約3700万円に税金を加えた日本側の負担は約2億円。さらに大阪-東京間の人・物の輸送費や舞台制作費2会場分などをすべて含めれば、「総経費は10億円、うち6億円をボリショイ=ソビエトが負担、日本側が4億円」という毎日新聞が報道した金額が信ぴょう性を帯びてくる(70年8月26日付)。一方、大阪での9公演の入場料はボックス席8000円~E席2000円という値段設定で1万4243人が来場、入場料収入は5761万円だった。

     東京公演については、万博協会が新芸術家協会に企画を「提供」する形での契約が結ばれたようだ。新芸は大阪公演も含めた全体の制作に関わっているが、東京と大阪の「財布」は別で、東京公演は新芸と毎日新聞の主催で実施されている。入場料は大阪公演よりやや高くS席1万円~D席2500円だが、経費に見合った収入は得られなかったと思われる。新芸の西岡芳和社長は後年の筆者の取材に「万博の時はソ連の文化大臣が来日するというので、紋付きをあつらえた」と冗談まじりに語ったが、「オペラというのは何百人もやってきて金が掛かりすぎる。70年の公演は万博でお金が出たからできたけれど、オペラはもうこりごり」と話している。

     ボリショイ・オペラという「国立」オペラの圧倒的な舞台は、芸術的な感動以上に、日本の音楽・舞台関係者にさまざまな刺激を与えたようだ。公演後の報道で、日本にも国立のオペラ劇場を、との論調がにわかに高まりを見せているのは興味深い。

    団伊玖磨の歌劇「夕鶴」を除けば、興行としてオペラをほとんど扱わなかった西岡が、後に新国立劇場(当時の通称は「二国」)の設立過程に少なからず関わりを持ったのも、海外オペラの引っ越し公演黎明期に悪戦苦闘した経験があってのことだったのではではないだろうか。                              【野宮珠里】

    (文中敬称略、原則として文中の引用文は原表記のまま)

    ※隔週土曜日掲載。次回は6月23日の予定です。

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