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東京交響楽団音楽監督 ジョナサン・ノット インタビュー㊤

 英国の指揮者ジョナサン・ノットが音楽監督を務める東京交響楽団とともに2016年から進めてきたモーツァルト作曲、ダ・ポンテ台本による三つのオペラ、いわゆる「ダ・ポンテ三部作」の演奏会形式によるシリーズ上演が、今年12月の「フィガロの結婚」で完結する。これまで上演してきた「コジ・ファン・トゥッテ」「ドン・ジョヴァンニ」は、譜面の深読みに基づいたノットの清新な解釈と、作曲家在世当時のスタイルを再現するピリオド奏法の要素を取り入れた演奏によって、作品の新たな魅力に光を当てたことで、大きな話題を集めてきた。そこで最終回となる「フィガロの結婚」の公演を前にその聴きどころやシリーズの狙いなどについてノットに聞いた。

    (宮嶋 極)

    東京交響楽団を指揮するジョナサン・ノット (C) N. Ikegami/TSO

    ―—今回、東響とともに「ダ・ポンテ三部作」の演奏会形式上演を行った経緯についてお聞かせください。

    ノット(以下、N) 私はかつて(首席指揮者を務めていた)バンベルク交響楽団で「コジ・ファン・トゥッテ」を演奏会形式で上演したことがありました。バンベルクのインテンダント(事務方の楽団長)がモーツァルトのオペラの中で一番好きだったというので取り上げたのですが、この作品については非常に難しい点もあります。例えば、主役の女性2人が(自分たちの恋人である騎士たちの変装に気付かず)だまされるという設定自体に現実味を欠くことなどです。しかし、演出や大道具など視覚的な面にこだわらずに、純粋に音楽だけでこうした世界観を表現することによって、かえって物語に集中しやすくなります。バンベルクではオーケストラも歌手も譜面を見ずに何でも自由に表現し合い、演技を行ったことで、結果として観客・聴衆にリアリティーをもって作品を楽しんでいただけるという、素晴らしい成果を上げることができました。そこで、私はこれを日本でもやりたいと考えたわけです。それはミューザ川崎という素晴らしいホールがあり、そこにレベルの高い聴衆が集うという絶好の環境があったからです。おまけに川崎は(モーツァルトの生誕地である)ザルツブルクとは姉妹都市。そんなこともあって2016年に「コジ」を取り上げたところ、(好評を博したこともあり)結局、三部作すべてを完成年代とは逆の順番でシリーズ上演していくことになったのです。

    ――「フィガロの結婚」という作品についてのマエストロの思いは?

    N 私は若いころからこの作品とは、深くつながってきました。というのも元々私は指揮者ではなく歌手志望で、音楽学校では、実際に歌っていたのです。「フィガロ」のバジリオ役を歌った経験もありますよ。その後、歌では才能に恵まれず、しばらくフランクフルト歌劇場のオペラ・スタジオで練習ピアニスト(コレぺティートル、ドイツではコレペティートワ)を務めていたのですが、当時、この歌劇場には指揮者のコリン・デイヴィスやトーマス・アレンをはじめ有名な音楽家が多数客演しており、こうした人々を相手にピアノ・リハーサルを行っていました。「フィガロ」第2幕のフィナーレでは、私がピアノを弾きながらすべてのパートを皆に教えたりもしていたんですよ。そういう経験があったので、この作品については隅々まで理解しているつもりですし、深い愛着もあり、早くやりたくて仕方ありませんでした。

    インタビューで熱弁を振るうノット

    ――そんな「フィガロ」の魅力とは?

    N エンターテインメントの要素が非常に強いことでしょう。例えば、登場人物が劇中で「何かおかしいなあ」と思う場面で、その状況をお客さんにはすべて分かる作りになっている場面がいくつもあります。ケルビーノが隠れていることを伯爵は知らない。さらにケルビーノと伯爵が隠れるけれど、ドン・バジリオは知らないなど、笑いを誘う場面がちりばめられています。登場人物は知らないけれど、自分たちは知っているという、こうした状態は観客・聴衆にとっては、とても面白く感じるものなのです。人間がどんなところに面白さを感じるのか、(原作者の)ボーマルシェ、ダ・ポンテ、モーツァルトの3人はよく理解していたからこそ、こうした素晴らしい作品が世に送り出されたのです。

    ――音楽面では?

    N 「フィガロ」は登場人物の多い作品です。時に8人から10人ほどの大きなアンサンブルで物語が進行し、レチタティーヴォ(節をつけたせりふ)で音楽が展開していく。そして重奏やオーケストラの伴奏で演奏されるレチタティーヴォが非常に多いのも特徴です。こうしたことで、観客・聴衆が登場人物たちの気持ちに一層寄り添いやすくなる効果を生み出すのです。さらに構造的に4幕構成というのもオペラ的な物語の起伏を作り出すのにとても適しています。

    ―—「コジ」と「ドン・ジョヴァンニ」では生命力に満ちあふれた演奏によって、物語の世界がぐっと身近に感じられる素晴らしいステージでした。モーツァルトの演奏方法とスタイルですが、マエストロはいわゆるピリオド奏法の要素をたくさん取り入れています。

    N 私たちの世代は(ピリオド奏法の先駆者である)ガーディナーやノリントン、アーノンクールらが突然出てきて、(モーツァルトら古典派作曲家の作品演奏に対する)概念が劇的に変わっていくプロセスを目の当たりにしてきました。私が元々、聴いて育ってきたモーツァルトというのは、私たちが今演奏しているスタイルとはまったく異なるものでした。ですから、今の聴衆もこうした作品に対して、かつての私たちとは全然違った聴き方をしているわけです。それは若い演奏家にとっても同じことが当てはまると思います。東京交響楽団の皆さんも(前任のユーベル・)スダーンさんといろいろな経験を積み上げて、今日に至っています。ですから、私が目指すソースやスパイスをあまりかけずにシンプルでクリアな音作りに対して、自然にそれを受け入れ、実践できるのでしょう。

    ―—今回も弦楽器のヴィブラートはかけないのでしょうか?

    N ヴィブラートはほとんどの場面でかけない方がよいと考えます。ティンパニやトランペットはモーツァルトが生きていた時代に使われていたスタイルの楽器を再現して使用します。ホルンもそうできればいいのですが、奏法がかなり違っているのですぐには難しいのです。最も大切なことは彼らの耳の中にそういう音の世界があるということです。それがあるからこそ、今の東京交響楽団の皆さんが私の目指すモーツァルトの世界を作り出すことができるのだと思います。

    ――最近の研究によると18世紀は現在よりもピッチ(音程)が低かったことなどが分かっており、モダン・オーケストラに比べて低いピッチを採用する古楽の専門家も多いですね。

    N おもしろい質問ですね。ただ、私はまだそれはやったことはありません。音を変えることは頻繁にあります。きらびやかさを重んじないでと言ったりもします。それで低くなるということはあるかもしれません。とはいえ、モーツァルトを演奏する上でピッチを下げるのは難しいかもしれませんね。やってみたいとは思いますけれど。弦楽器はそれほど問題がありませんが、木管にとっては大変ですよね。なぜなら現代のクラリネットのピッチは442ヘルツと決まっていますからそれを下げるには楽器自体を変えなければいけなくなります。私はオーケストラの深い音を出すことを常に求めています。でもそれは容易なことではありません。実現するために例えば、トランペットが3パートある場合は、それぞれの音量を微妙に調整して和音を作っていくという難しい注文をプレーヤーに出したりもします。そういうことを心掛けると音楽がまったく違ってくるんです。

    (つづく)

    ☆公演データ

    【ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全4幕演奏会形式上演】

    12月7日(金)18:30 ミューザ川崎シンフォニーホール

       9日(日)13:00 サントリーホール

    モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」(全4幕 演奏会形式上演 日本語字幕付き)

    指揮&ハンマーフリューゲル:ジョナサン・ノット

    演出監修&バルトロ/アントニオ:アラステア・ミルズ

    フィガロ:マルクス・ウェルバ

    スザンナ:リティア・トイシャー

    アルマヴィーヴァ伯爵:アシュリー・リッチズ

    伯爵夫人:ミア・パーション

    ケルビーノ:エイブリー・アムロウ

    マルチェリーナ:ジェニファー・ラーモア

    バルバリーナ:ローラ・インコ

    バジリオ/ドン・クルツィオ:アンジェロ・ポラック

    合唱:新国立劇場合唱団

    管弦楽:東京交響楽団

    ☆筆者プロフィール

     宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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