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イタリア・オペラの楽しみ

インタビューでつづる没後150年のロッシーニ・オペラ・フェスティバル② テノールたちの華やぎ、「アディーナ」のマジック

香原斗志

「リッチャルドとゾライデ」より、リッチャルドを歌うフアン・ディエゴ・フローレス (C)Amati Bacciardi

 8月、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)で上演された「リッチャルドとゾライデ」でのフアン・ディエゴ・フローレスの歌唱が、非の打ちどころがなかった旨は前回述べた。2年前、同じROFで歌った「湖の女(湖上の美人)」のジャコモ5世は、やわらかさも高音の輝きも若干あせていたように感じたが、今年の彼の歌は柔軟で輝いていた。

     近年、ドニゼッティやヴェルディ、マスネやグノーなどにレパートリーを広げているフローレスだが、今もロッシーニの難役を余人には代えがたい水準で歌えるのだから、今後もっと歌ってほしい。そう思い、総裁兼芸術監督のエルネスト・パラシオと「リッチャルドとゾライデ」を指揮したジャコモ・サグリパンティに尋ねた。まず、フローレスの師匠でもあるパラシオの回答から。

     「私もそう思います。45歳で、すでに22年のキャリアがあり、最近は少し重い役も歌っているのに、今なおこれほど難しいロッシーニの役を歌えるのは驚異的。彼のテクニックは完璧なのです。ロマンチックでリリックな役を歌っても少しも傷まない。声が少し強くなっているので、もうすぐメトロポリタン歌劇場で『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』のアルフレードも歌いますが、声が全体的に変わったわけではない。ROFでは、40周年の来年は最終日の記念コンサートで歌うだけですが、今後、彼が歌う多くのプロジェクトを用意しています」

     続いてサグリパンティの意見。

     「フローレスは高い音域も難しい装飾歌唱も容易ですが、同時に高い知性がある。声、特にテノールの声は変わるものです。彼は間違いなくロッシーニ・テノールの指標で、それは『リッチャルドとゾライデ』で聴いたとおりです。一方、『イル・トロヴァトーレ』のマンリーコまではともかく、アルフレードや『ランメルモールのルチア』のエドガルドなどは、今の彼には自然だと思う。数年前、彼は『リゴレット』にデビューしながら、機が熟していないと知るとすぐに、この役を歌うすべての予定をキャンセルした。そういう実験をしながら前に進む知性があるのです」

     フローレスであればこそ理想に到達しえたロッシーニの歌唱を、これからも手放さないことを祈りたい。

    卓越した二人のロッシーニ・テノール

     「リッチャルドとゾライデ」にはフローレスのほかにも卓越した二人のテノールが登場。それぞれに話を聞いた。まず、ロシアはカフカス地方出身のセルゲイ・ロマノフスキーから。アゴランテ役で、敏しょうなアジリタを歌いながら音を跳躍、下降させる離れ業を自然にこなしていたが、どのようにしてこの難技に辿りつけたのか。

     「最初はパヴァロッティやデル・モナコを聴いていましたが、モスクワの友人宅でロックウェル・ブレイクを聴いてショックを受けたんです。以前習ったヴァイオリンと同様の速度やバリエーション、カデンツァが歌にあったので。これが自分の目指す道だと思いました。でもスポーツのようで、練習しても難しかった。私の声の基礎を築いてくれた先生の下で16歳のとき、『セビリャの理髪師』の〝空はほほ笑み〟を初めて歌いました」

     曲折をへて、現在も教わっている教師の下でイタリア語の発音も鍛え、ロッシーニの役を歌うようになったという。

     「アゴランテは開幕直後にアリアがあり、ハイCまで2オクターブ超の音域の間を激しく行き来しなければなりません。ただ、この役の勉強を始める前に、同様のバリテノールの役、『ゼルミーラ』のアンテノーレや『オテロ』のタイトルロールを歌っていたので、どう学べばいいかわかりました。直前にも、やはりよく似た『湖の女』のロドリーゴを歌っていた。この手の役をもっと歌っていきたいのですが、一方で『ラクメ』や『真珠採り』などのフランス・オペラも歌う予定です」

     「ロッシーニが熱狂的に好きだ」と語るロマノフスキーなのに、レパートリーを広げるのはなぜだろう。

     「声の軽さと新鮮さを維持するためです。バリテノールの役を100%の力で歌うためにも、声を休ませる必要があります。私見ですが、ロッシーニだけ歌っているとレガートが失われてしまう。次にレガートの役やフランス・オペラを歌って声を休ませたほうがよいと思うのです」

    「リッチャルドとゾライデ」でアゴランテを歌ったセルゲイ・ロマノフスキー

     続いて、リッチャルドの友人エルネスト役を高貴な声で歌い、声量はフローレスをしのいでいた23歳のシャビエル・アンドゥアーガ。スペイン人だ。2016年に若者公演「ランスへの旅」で騎士ベルフィオーレを歌い、パラシオがくぎづけになっていたのを思い出す。

     「父がアコーディオン奏者なので音楽に囲まれて育ち、15歳からソロで歌い始めました。パヴァロッティやドミンゴなどをよく聴いていましたが、あるとき先生から、ゼッダ先生のオーディションを受けるように勧められ、音楽全般に通じているゼッダ先生の下で勉強して、オペラが本当に好きになりました。アカデミーで学んでから声が大きく丸くなって大劇場で歌うチャンスが増えました。大劇場では声を響かせなければ聴こえないので、少しずつ声にボディーを得ようとしています。今、フローレスやロマノフスキー、プリティ・イェンデらと歌えるのは名誉ですが、フローレスとはこの6月にもウィーン楽友協会で共演し、アドバイスも受けています」

     今後、どんな役を歌っていきたいのだろうか。

     「今はロッシーニの喜劇が中心ですが、今後は『愛の妙薬』や『ドン・パスクワーレ』、『夢遊病の女』、それに『オテロ』のロドリーゴなども歌いたい。30歳くらいからは『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』や『リゴレット』、『ルチア』のエドガルドなども歌えたらいいと思います。

    「リッチャルトとゾライデ」でエルネストを歌ったシャビエル・アンドゥアーガ

    あえて“カメレオン”を選んだわけ

     ROF二つ目の演目は「アディーナ」。リスボンから依頼されたこの全1幕のファルサは複数の協力者の手を借りて書かれ、ロッシーニのオペラ全39作のなかで最も駄作という評価が一般的だ。ところが、演出のロゼッタ・クッキは舞台を大きなケーキにしつらえ、品位ある笑いで包み、ベネズエラ出身の若いディエゴ・マテウスのキレのいい指揮の下、バランスのとれた歌手陣が健闘。見る(聴く)者を飽きさせない90分に仕上げられていた。

    「アディーナ」の舞台(前列中央にオロペーザ)(C)Amati Bacciardi

     タイトルロールを歌ったアメリカ出身のソプラノ(両親はスペイン系のキューバ人)、リゼット・オロペーザは、発声もスタイルもロッシーニ流ではない。20世紀初頭のコロラトゥーラ・ソプラノ風で、ロマンチックに響く。だが、それが作品の弱さを補い、駄作から思わぬ力を引き出した。パラシオはわかったうえで仕組んだのだろう。オロペーザに聞いた。

     「21歳でMETのコンクールに優勝して、今34歳。オペラやクラシック音楽がいつも身近にあって、教会や家で歌っていたけど、母の職業だったオペラ歌手にはなりたくなくてフルートを吹いていました。でも大学で歌を始めたんです。ベルカントも歌うし、ヘンデルもグルックもモーツァルトも歌う。フランス・オペラも歌います。リリコ・レッジェーロなので歌える役が多いんです。私、カメレオンと言われています。いろんな色の声に変わるから。または豆腐みたい。豆腐は加える調味料によって味が変わるでしょ」

    「アディーナ」でタイトルロールを歌ったリゼット・オロペーザ

     そんなオロペーザはロッシーニを歌う際、なにを意識しているのか。

     「ロッシーニは厳密でなければいけません。コロラトゥーラにはたくさんの音がありますが、それをテクニックによって容易に歌っているように聴かせる。そのとき音楽はシンプルで調和がとれている。愛や悲しみ、怒り、嫉妬という感情は、コロラトゥーラなどを厳密に表現できて、はじめてそこに乗せることができる。だから、そのためにテクニックを学ぶんです」

     様式感に違いはあっても、志は正しい。だから音楽が生きるのである。

    筆者プロフィル

     香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。

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