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加藤浩子の「街歩き、オペラ歩き」

国境の街の瀟洒な劇場〜ストラスブール歌劇場(フランス国立ラン歌劇場)

夜空に浮かぶストラスブール歌劇場

 それと知らずに、歴史の現場にいた。

     旅をしていると、そういうことがよくある。

     その場で気付けばいいのだが、街を離れてから思い出すこともしょっちゅうだ。頭の隅でかちゃりと音がする。鍵穴に鍵をさしこんで、ぴたりと合ったときの音。ああ、あの場所は、あの時のあそこだった!

     ごく最近そんな経験をしたのが、ストラスブールだった。

     時は1770年。オーストリア皇女マリー・アントワネットが、フランス国王ルイ16世にお嫁入りした時のエピソードだ。アントワネットは、花嫁行列の途中、国境の街ストラスブールで、フランス人になる儀式を受けることになった。場所は、街に沿って流れるライン川の中州につくられた小屋。ここで彼女は衣装をすべてフランス製のものに替え、「オーストリア皇女マリア」から、「フランス王太子妃マリー」へと変身する。小屋を飾るのは、ストラスブールの大司教館から貸し出された高価なタペストリー。だがラファエロの絵画を模したとされるタペストリーに縫い込まれていた物語は、なんと夫に裏切られ、復讐(ふくしゅう)のために自分の子供たちを殺した、ギリシャ悲劇の「王女メディア」だった。儀式の始まる前に小屋にもぐりこみ、タペストリーの内容に気づいてその不吉さにがくぜんとしたのは、若き日のゲーテだったという……。

     アントワネットの運命を予言した小屋は、もちろん残っていない。けれど不吉なタペストリーは、ストラスブール大司教の豪勢な館「パレ・ロアン」から持ち出された。その時の大司教は、後に「首飾り事件」に巻き込まれてマリー・アントワネットの評判を下げることに加担したルイ・ド・ロアン。お嫁入り前のマリーはそんなこととはつゆ知らず、彼に導かれてこの街の大聖堂でミサを受けた。バラ色の砂岩で造られ、精緻なレリーフに埋め尽くされ、淡い色のステンドグラスがきらめく大聖堂で。

     筆者がこのエピソードを思い出したのは、「パレ・ロアン」の華麗な空間に感嘆していた時だった。残念ながら、タペストリーのありかはわからなかったのだけれど。

    パレ・ロアンの内部。マリー・アントワネットも滞在した部屋

     ストラスブールは、フランスとドイツの国境地帯、アルザス・ロレーヌ地方を代表する街である。独仏の国境になっているライン川の河港を中心に発展したため、絶えず両国の間を揺れ動いた。17世紀の末からはほぼフランス領になったが、19世紀後半には普仏戦争で一時ドイツに編入されたし(アルフォンス・ドーデの短編「最後の授業」はこの時代の物語)、第一次大戦後は一瞬だが独立国だったこともある。第二次大戦以降はフランス領だが、学校ではドイツ語も必修だからドイツ語も通じるし、標識は仏独併用だ。街ではビアホールが目につくし、郷土料理もザワークラウトとソーセージやベーコンなどを煮込んだ「シュークルート」、ウィーンの名物でもあるお菓子「クグロフ」など、ドイツやオーストリア風のものが多い。シュークルートの味の決め手がアルザス名物の白ワインだというところが、ストラスブールならではだろうか。

    アルザスの郷土料理、シュークルート

     街のたたずまいもドイツ風。ゴシック建築の大聖堂の周りには、さまざまに趣向を凝らした木組みの建物が建ち並ぶ。中心部からちょっと離れた運河沿いには、かつて職人街だったという「プティット・フランス」と呼ばれる区域があり、これもそれぞれ美しい木組みの建物が、川にせり出すようにひしめいている。1570年から続くクリスマスマーケットや、リボンのような形をした黒い帽子に赤いスカートが特徴的な民族衣装も有名だ。

    プティット・フランスの街並み。木組みのコロンバージュが建ち並ぶ

     ストラスブールのオペラハウスは、瀟洒(しょうしゃ)な神殿のような建物である。建築家ジャン=ニコラ・ヴィヨーの設計により1821年に完成した劇場は、当時流行のネオクラシックスタイル。劇場のファサードにはギリシャ神殿を思わせる円柱が6本並び、それぞれの円柱の頂には古代ギリシャのミューズたちがたたずむ。

     席数は1142席と、ヨーロッパの地方劇場ではスタンダードなサイズ。劇場内部に使われている色も、赤、白、金と伝統的な劇場の定番ながら色に深みがあり、シックで、大人の劇場という雰囲気を漂わせる。ホワイエにバーコーナーがなく、入り口脇のレストランバーが休憩時間に開放されてバーの役割を果たすのも、この劇場の大人びた雰囲気に一役買っていた。

    歌劇場内部の天井画

     ストラスブールの劇場では、「フランス国立ラン歌劇場」というカンパニーが公演を行っている(「ラン」はフランス語で「ライン」のこと)。このカンパニーは他にも2都市で興行を行うが、建物としては200年近い歴史があるストラスブールがいちばん有名だ。フルトヴェングラーやクレンペラーら大指揮者、ニルソンやカバリエら大歌手が活躍し、「影のない女」「イエヌーファ」といった20世紀の名作のフランス初演も果たした。現在の総裁は、ブレゲンツ音楽祭やシュツットガルト州立歌劇場などの総裁を務めたエヴァ・クライニッツ氏で、日本との縁も深く、この春には東京二期会との共同制作となる黛敏郎の「金閣寺」を現地で上演して大成功を収めている(同作は来年2月に日本で上演)。

     シーズン中にこの劇場で上演されるオペラは6本前後。「セビリャの理髪師」「ドン・ジョヴァンニ」といった定番から、現代物、バロック・オペラまで守備範囲は広い。

    「ペレアスとメリザンド」のポスター

     今回筆者が観劇した演目は、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」(新制作。ベルリン・コーミッシェ・オーパーおよびマンハイム国立劇場との共同制作)。フランスオペラを代表する名作だ。メーテルリンクのメルヘンに基づいた幻想的な物語だが、バリー・コスキーの演出は、回り舞台が特徴的な室内劇のような設定で、ヒロインのメリザンドの官能を際立たせ、すべての男性が彼女に狂ってしまうことが強調されたプロダクションになっていた。彼女に魅せられる異母兄弟、ゴローとペレアスののめりこみぶりはもとより、しゅうとにあたる老王アルケルはメリザンドを押し倒すし、ペレアスとのあいびきの場では臨月近いメリザンドが彼の上にまたがる。女児を出産して息を引き取る幕切れでは、下半身血まみれになり、のたうちまわって死を迎えるのだ。メリザンドは「水の精」だとされるが、ここでは思い切り生身の女。その分、観客に身近に感じられる物語となっていた。

    「ペレアスとメリザンド」 (C)KlaraBeck

     いつもこの劇場でピットに入るストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したフランク・オルーは、オーケストラをダイナミックに鳴らし、演出に応じたメリハリの利いた音楽作り。アンヌ=カトリーヌ・ジレのメリザンドは生命力にあふれる小悪魔を体当たりで表現し、圧倒的な存在感を示した。場面ごとに衣装を変えたのも効果的で、カメレオンのようなメリザンドに振り回されるゴロー(ジャン=フランソワ・ラポワント)とペレアス(ジャック・インブライロ)の兄弟の悲劇が際立った。ヴァンサン・ル・テジエ演じるアルケル王の、ものにつかれたような演技も強烈だった。

     

    「フランス国立ラン歌劇場」公式サイト

    https://www.operanationaldurhin.eu/fr

    東京二期会「金閣寺」公演サイト

    http://www.nikikai.net/lineup/kinkakuji2019/index.html

    筆者プロフィル

     加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

    公式HP http://www.casa-hiroko.com/

    ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

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