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ときにはぶらりと音楽を

ドレスデン国立歌劇場管弦楽団とバイエルン放送交響楽団の演奏会

ドレスデン州立歌劇場管とシューマンの交響曲全曲演奏会を行ったティーレマン (C)堀田力丸

遠藤靖典

 今回は10月31日(水)と11月1日(木)にサントリーホールで聴いた、クリスティアン・ティーレマン指揮のドレスデン州立歌劇場管弦楽団によるシューマンの交響曲全曲演奏会、それに11月26日(月)に同じくサントリーホールで聴いた、ズービン・メータ指揮のバイエルン放送交響楽団の演奏会について。

     シューマンという作曲家は大変に感性の優れた(どの作曲家もそうであるが、その中でも特に)人で、流れ出る音楽をそのまま書き留めたような作風の音楽が多いように感じる。天才と秀才の分類をするなら天才であろう。それゆえであろうか、歌曲やピアノ曲の小品はどれも珠玉と言って良い。ピアノトリオやピアノ四重奏曲、八重奏曲などの規模も編成も小さい曲についてもしかりである。ところが管弦楽曲、特に交響曲になると途端に評価が下がる。少なくともしばらく前まではそうであった。何も音楽が良くないというわけではない。評価の下がる点はほとんど1点、それはオーケストレーションである。

     シューマンの交響曲はどれも「感性の赴くまま(あまり考えずに)スコアを書いたので、いろいろな楽器を重ねすぎて楽器個々の持ち味がなくなってしまい、どこを取っても重くて風通しの悪い響きになる」「楽器のバランスが悪く、和声がきちんと響かない」と言われてきた。そして指揮者は、楽器それぞれの個性を際立たせ、和声を奇麗に響かせるため、オケのバランスに大変苦心してきた。そのような事情から、「シューマンの交響曲を振るのは壊れた自転車に乗るようなもの」と揶揄(やゆ)されてきたのである。その風向きが変わったのはピリオド楽器による演奏が増えてきた頃からのように思われる。確かにモダン楽器を使い、現代では標準の16型といわれる編成での演奏は、上記の指摘のような響きになることがしばしばであった。しかし、モダン楽器の代わりに当時の楽器、またはモダン楽器であっても当時の奏法を取り入れ、編成を小さめにした結果、これまでとは全く違うシューマンが響くようになったのである。その結果、シューマンのオーケストレーションは再評価され、今では、例え管弦楽法の教科書では悪いと言われることであったとしても、「シューマンがスコアに書き記した通りをそのままホールで響かせることが彼の交響曲の真価を伝える本道である」との認識となっている。こうして見ると、バロック音楽に限らず後期ロマン派の音楽においても作品が成立した年代の音を再現しようとした。アーノンクールの影響は大きいと言えよう。

     さて、ティーレマン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏会。以前このコラムで「ティーレマンの音楽は草書」と書いたように、ティーレマンの持ち味はさまざまな緩急を織り交ぜた大きな流れの音楽づくりにある。流れを大切にする指揮者ゆえ、シューマンの交響曲とは相性が良いように感じたが、一方で、ティーレマンの音楽にあるさまざまな緩急、言い換えればある種の癖は、特にシューマンの場合、好き嫌いの分かれるところとなったであろう。まあ、こういう癖は一種の「臭さ」のようなものであり、納豆やクサヤの干物、リバロのように「臭いものほどうまい」と言われるので、好きな人にとってはティーレマンの音楽はクサヤの干物のようなものかもしれぬ。

     やや具体的に言えば、例えば交響曲第1番「春」第1楽章の第2主題、繰り返し前と後とでアクセントの場所を逆にすることにより、全く違う雰囲気を作り出していたし、交響曲第2番第1楽章ではところどころ「ため」を入れて、そのまま音楽が流れることを予期している聴衆をハッとさせていた。このようなさまざまな緩急、人によっては小手先・作為的となりかねない所為が、ティーレマンの指揮では全体の流れの中のアクセントとなり、小気味よい。それでいて、読後感ならぬ聴後感は、シューマンという作曲家の世界を堪能したという満たされた気分になる。もちろん、クサヤの干物が万人受けしないように、ティーレマンの音楽に没頭できない人もいるのは当然で、同じものを聴いても全く違う感覚を持つのが音楽という時間芸術の面白いところであろう。

    ヤンソンスの代役で来日したメータとバイエルン放送響。ピアノはキーシン (C) Suntory Hall

     ズービン・メータ指揮のバイエルン放送交響楽団の演奏会についてあまり多くを書くことができなくなったので、こちらは簡単に。この演奏会では、エフゲニー・キーシンをソリストに迎えてのリスト作曲ピアノ協奏曲第1番と、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」が演奏された。キーシンはどのような難曲でも簡単であるように弾くことができる数少ないピアニストの一人である。どんな難曲でも弾きこなせるピアニストは数多くいるが、その筆頭であるユジャ・ワンにしても、キーシンのように簡単であるように曲を弾く、というタイプではない。ただ、あまりにスルスルと曲を弾いてしまうので、音楽もサラサラと流れてしまった感は否めない。むしろすごかったのはマリス・ヤンソンスの代役で指揮台に立ったメータである。正確には立ってはいない。というのも、メータ自身指揮台の往復には介添えが付いたほど体調が思わしくなかったからで、演奏会後のカーテンコールでは車椅子での登場となった。そのような体調、しかも高齢の指揮者が、全て暗譜で「英雄の生涯」を振り切ったのだから、これをすごいと言わずして何と言おうか。音楽はこれまでのメータ同様、伸び伸びとしたものであったが、「英雄の敵」や「英雄の戦場」といった派手な場面よりも「英雄の隠遁(いんとん)と完成」のような内省的な部分の音楽の方が強く印象に残り、以前よりずっと深い音楽を紡ぎだしていたように聞こえた。もちろん、世界屈指のオケであるバイエルン放送交響楽団なくしてこれだけの音楽をつくりだすことはできぬが、82という齢(よわい)とけっして良くはない体調を感じさせないメータの底力に驚嘆した演奏会となった。次にメータの棒を聴くのがいつになるかは分からないが、まだまだ指揮台で振り続けてほしい指揮者の一人である。

    筆者プロフィル

     遠藤靖典(えんどう・やすのり) 大学教授。専門はデータ解析。教育・研究・学内業務のわずかな間隙(かんげき)を縫ってヴァイオリンを弾き、コンサートに足を運ぶ。

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