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イタリア・オペラの楽しみ

インタビューでつづる没後150年のロッシーニ・オペラ・フェスティバル③ 生命力あふれた「セビリャの理髪師」の最高峰

ROF2018で上演された「セビリャの理髪師」

香原斗志

 8月に開催されたイタリア・ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)。今年の主要3演目の最後は「セビリャの理髪師」で、結論を先に言えば、私がこれまで数々鑑賞してきたこの作品の舞台のなかで、完成度は明らかに一番だった。白が基調の瀟洒(しょうしゃ)な舞台装置のもと、色彩を抑えたシンプルでエレガントな衣装を着た人々が闊達(かったつ)に動き回る。ありがちなドタバタ劇の要素は一切なく、いずれの登場人物も輪郭鮮やかに描かれた。

     レチタティーヴォもノーカットで、言葉に吹きこまれた生命が感じられた。音楽もロッシーニの呼吸であるかのように、言葉を生かしながら快活なテンポで人間ドラマを後押しする。もちろん、ハイレベルのドラマが成立したのは、若手とベテランが絶妙に組み合わされた適材適所の歌手陣があってのことである。

     その立役者は御年88歳のピエール・ルイージ・ピッツィであった。まずピッツィの話から始めたい。まず、この演出界の大御所の演出に対する姿勢から。

     「私は第一に音楽を尊重し、演出のスタイルも音楽で決まります。ロッシーニにはロッシーニの音楽的言語の枠に収まるべきで、また物語を尊重することです。(昨年ピッツィが演出した)喜劇の『試金石』の場合は、いまも人々は当時と同じように日々送っているからそれを自然に表現すればいい。難しいのは『ウィリアム・テル』のような作品です。描かれている政治的状況に今日に近いところがあっても、ロッシーニ自身が政治的メッセージを発している以上、今日の人物に置き換える必要はありません。とはいえ、オペラが私たちの日常の感覚から離れてしまってはいけない。大事なのは、舞台を前にした現代の観客が、自分たちの人生のように感じるかどうか。見る人が登場人物に『真実味』を感じるかどうかです」

    演出を手掛けたピエール・ルイージ・ピッツィ

     「セビリャの理髪師」の演出で、「真実味」を具体的にどう表現したのか。

     「舞台がセビリャである必要はなく、それよりもアルマヴィーヴァ伯爵が若く魅力的で高貴であるとか、ロジーナが今日的な活力にあふれているということが大事。要するにロッシーニ、原作者のボーマルシェ、台本作家のステルビーニが望んだように行動させるべきなのです。たとえば、フィガロ役に年配の歌手を当てるわけにはいきません。そこで、30歳でエネルギッシュで敏捷(びんしょう)なダヴィデ・ルチアーノ(バリトン)がふさわしいと考えました。歌に加えて行動でも、観客にフィガロだと思わせなければいけませんから。アルマヴィーヴァ伯爵のマキシム・ミロノフ(テノール)も若くてすてきで高貴。脇園彩(メゾ・ソプラノ)もロジーナのキャラクターそのもの。一方、世代が上のドン・バルトロとドン・バジリオは、ピエトロ・スパニョーリ(バス)とミケーレ・ペルトゥージ(バス)というベテランを配しました。年配のベルタも、若い人がかつら姿では説得力がないので、75歳のエレーナ・ジーリオ(ソプラノ)を配置。これが『真実味』です。また脇園には、たとえば指で髪をかき上げるように指示しました。これは彼女の日常的な癖で、そういうことを舞台に持ちこむことこそが、演出の『現代化』だと考えます」

     結果として、でき上がった舞台は。

     「とても厳かで、乾いていて、白く、日が差し、明るく、光に満ちていて、新しいものも豪華なものもない代わりに、繰り広げられる『生活』の質は保証された、すばらしいものに仕上がりました」

    右上からバルトロ(スパニョーリ)、ロジーナ(脇園)、アルマヴィーヴァ伯爵(ミロノフ)

    ロッシーニを歌うために生まれたミロノフ

     さて、新国立劇場の「セビリャの理髪師」でもアルマヴィーヴァ伯爵を歌ったロシア生まれのマキシム・ミロノフに話を聞いた。非常に知的なテノールで、その姿勢もあってのことだろう、東京で歌ったときよりアジリタの切れ味も歌の彫りも深くなっていた。「1998年に、サッカーW杯フランス大会の決勝前夜にパリで行われた『三大テノール』コンサートを映像で見て、声の魔法に打たれた」のが、歌手になった動機だそうだが、レパートリーはパヴァロッティらとは異なっている。

     「ロッシーニは僕の歌唱に本当に合っています。もし、僕がいまロッシーニに出会ったとしたら、彼は『君のためにこれを書くよ』と言ってくれるはず。僕はその曲を歌って最大限に輝かせることができるし、ロッシーニはそのくらい僕の声に合っています。一方、『ラ・ボエーム』を歌えといわれても、必要なボリュームも色彩も出せないわけですが」

     今回の「セビリャの理髪師」については、どんな感想を抱いているのか。

     「幸運にも輝かしいキャストに恵まれました。彼らは稽古(けいこ)の間も一瞬たりとも無駄にしません。結果的にできた舞台は、ぜひ各地を回って、このオペラのお手本として生き続けてほしい出来栄えです。それはピッツィによるところが大きい。彼はオペラ界の富士山ですね。『セビリャの理髪師』が単なる喜劇ではないというのは、ピッツィが言うとおり。このオペラに喜劇的な登場人物はいません。ロッシーニは喜劇的な状況を並べただけで、演者たちが命を注ぎこんだ人物像をさまざまに評価することは、聴き手にゆだねられているのです」

     人物にリアリティーを与えるのは重要でも、人物像の安易な固定化は避け、ロッシーニの時代に認められていた歌手の表現の余地を残すようにくぎを刺すのである。

    アルマヴィーヴァ伯爵を歌ったマキシム・ミロノフ

    記念年のヒロイン、脇園彩の幸福の源

     今回、ロッシーニ没後150周年の記念すべき「セビリャの理髪師」でヒロインに抜擢(ばってき)された脇園彩は、いっそう深くなった響きと相変わらず達者なアジリタ、役への没入で素晴らしいロジーナを聴かせた。彼女もまたピッツィの功績をたたえた。

     「ピッツィは、このオペラは単なる喜劇ではなく演劇で、本当の感情や人生がなければダメだ、と強調しました。歌手が笑いを取ろうとして楽譜に書いてないことをするなど、余計なことはしてはいけないと。最初に言われたのは『ロッシーニの音楽とステルビーニの台本に忠実であろう』ということで、それを一番の目標に舞台を作ってきました。いま一般にレチタティーヴォが軽視されていますが、レチタティーヴォを読み込んで言葉の真意を探り、強調すべき語を考え、きちんと発音して言葉を伝えようと努めました。レチタティーヴォはオペラ全体を輝かせるスパイスになるからと、すごく稽古したんです。だから私もロジーナのセリフが彼女から生まれるように心がけるんですけど、するとロジーナが一人の人間として見えて、自分のなかに存在するようになったんです。いままで言葉をいかにないがしろにしていたか、と思わされました」

    ロジーナを歌った脇園彩

     指揮者のイヴ・アベルについても脇園に語ってもらった。

     「『セビリャの理髪師』の細かいところを、ディナーミクからテンポまですごく勉強してきて、第1幕フィナーレの合唱にピアニッシモで子音を強調しながら歌わせるとか、遊びが細かくて、でも楽譜から外れない。熱心でセンスがいい指揮者です」

     そして、この上演の質の高さは、究極的には脇園の次の言葉に象徴されるのではないだろうか。

     「このプロダクション、本当に終わってほしくない。ゲネプロが終わって悲しくなりました。稽古はもう終わりだから。稽古をすると人がわかるんです。どれだけ音楽を大切にしているか、人生を愛しているか、学ぶことを愛しているか。この布陣で歌っていて、本当に幸せなんです」

    筆者プロフィル

     香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、共著に『イタリア文化事典』(丸善出版)。新刊『イタリア・オペラを疑え!』がアルテスパブリッシングより好評発売中。

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