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アンコール

2018年師走の第9コンサートから

「ベートーヴェンは凄(すご)い!全交響曲連続演奏会」で今年も熱演を聴かせた小林研一郎 (C) 山本倫子

 2018年末に行われたベートーヴェンの第9交響曲のコンサートから、3公演をピックアップしてリポートする。 (宮嶋 極)

    【マレク・ヤノフスキ指揮 NHK交響楽団】

     NHK交響楽団が2018年の第9公演の指揮者に招いたのは、ポーランド出身でドイツを中心に活躍するマレク・ヤノフスキ。両者は毎年春に開催される東京・春・音楽祭の中心演目「東京春祭ワーグナー・シリーズ」で、2014年から17年までツィクルス上演された「ニーベルングの指環」4部作で共演した。自らの理想を追求するためオーケストラに対して時に厳しい要求をすることでも知られているヤノフスキだが、N響は主催する定期公演や第9公演にも彼を招へいしていることを見ると、この職人気質のマエストロに高い信頼を寄せていることがうかがえる。

     ワーグナー公演の時もそうであったが、演奏は質実剛健。一切の無駄をそぎ落とし構造部分をしっかりと固めた上で、終始高い緊張感を保ちながらきびきびと音楽を進めていく。20世紀末に新たに校訂出版されたベーレンライター版の譜面を使用。第1楽章提示部第2主題のフルートの音程を1オクターブ上げて吹かせ、第4楽章コーダのマエストーソでも20世紀の巨匠たちのようにテンポを落とさず、一気に終結までなだれ込んでいくなどベーレンライター版の新しいやり方をほとんどすべて採用。同版のスコアにはメトロノーム表示によるテンポ指定が記されているのだが、これにのっとって演奏するとかなり速いテンポになる。ヤノフスキはほぼ指定通りの速度で演奏したため、譜面に記されたすべての繰り返し記号を実行したにもかかわらず、総演奏時間が65分を切る〝快速第9〟に仕上げていた。公演当時、79歳の巨匠にもかかわらず従来のやり方に執着せずに、最新のスタイルを踏襲して演奏を組み立てていくヤノフスキの姿勢は、称賛に値するものである。

     合唱は東京オペラシンガーズ。ヤノフスキの徹底した音量コントロールに的確に対応し、細やかなニュアンスに富んだハーモニーを聴かせてくれた。独唱は藤谷佳奈枝(ソプラノ)、加納悦子(メゾ・ソプラノ)、ロバート・ディーン・スミス(テノール)、アルベルト・ドーメン(バリトン)。

     かつて年末の第9公演といえば、オーケストラ団員の〝正月のモチ代稼ぎ〟のためのイベント的な要素が強かった。しかし、最近ではN響をはじめ、どのオーケストラも定期公演同様に〝真剣勝負〟で臨んでいる。ヤノフスキとの緊張感に満ちあふれた第9もまさにそうしたコンサートの典型といえる充実ぶりであった。(取材は12月24日、NHKホールでの公演)

    質実剛健な演奏を聴かせたマレク・ヤノフスキとN響 (C)NHK交響楽団

    【マッシモ・ザネッティ指揮 読売日本交響楽団】

     読売日本交響楽団の第9公演の指揮台に立ったのは、イタリア出身でヨーロッパ各地のオペラ劇場で活躍する名匠マッシモ・ザネッティ。こちらもヤノフスキ同様、ベーレンライター版を採用し、その指定に沿った新しいスタイルのベートーヴェンであったが、同じようにやっても指揮者とオーケストラの個性の違いが出てくるのは興味深い。こうした聴き比べができることも、この時期ならではの面白さである。

     ザネッティ&読響も繰り返しをすべて実行しても65分を少し切る〝快速第9〟であったが、質実剛健なヤノフスキ&N響に対して、こちらはしなやかで流れるような演奏のように感じられた。スピーディーな音楽運びの中にも旋律美を際立たせるようなアプローチが随所に見られた点は、イタリア出身のオペラ指揮者ならではのスタイルであろう。

    しなやかな演奏を聴かせたマッシモ・ザネッティと読響 (C)読売日本交響楽団

     この日、コンサートマスターを務めたのは、日下紗矢子(同団特別客演コンサートマスター)。彼女がコンマス席に座ると読響の弦楽器セクション全体が、よりしなやかで伸び伸びと演奏しているように見える(聴こえる)のは、筆者だけであろうか。この日もザネッティの要求に柔軟に応えながら、オケ全体を巧みにリードしているように映った。

     独唱はアガ・ミコライ(ソプラノ)、清水華澄(メゾ・ソプラノ)、トム・ランドル(テノール)、妻屋秀和(バス)。合唱は新国立劇場合唱団。〝モチ代稼ぎ〟だった20年くらい前まではほとんどのオーケストラが音楽大学の学生による合唱団と共演していた。〝真剣勝負の第9〟の時代になってからはプロの合唱団を招くことが当たり前になっている。プロ合唱団は学生合唱団に比べて人数が少なくても音量の幅(ダイナミックレンジ)が圧倒的に広い。新国合唱団の起伏に富んだ表現は、聴き応え十分で演奏全体の完成度をさらに高めるものであった。(取材は12月22日、東京芸術劇場での公演)

    読響の第9公演でソリストを務めた(左から)アガ・ミコライ、清水華澄、トム・ランドル、妻屋秀和=写真は12月20日、サントリーホールでの公演 (C)読売日本交響楽団

    【ベートーヴェンは凄い!第16回全交響曲連続演奏会】

     大みそかの名物演奏会としてすっかり定着した、1日でベートーヴェンの交響曲ツィクルスを敢行する「ベートーヴェンは凄い!…」。楽聖が精魂込めて創作した崇高なシンフォニーを聴きながら、その年を締めくくるという企画への注目度は年を経るごとに増し、16回目となった昨年はチケットが発売後ほどなくして完売するほどの人気ぶりだったという。

     今回も小林研一郎の指揮、NHK交響楽団第1コンサートマスター篠崎史紀がコンマスを務め、N響を中心に全国のオーケストラの首席奏者やソリストらによって編成された岩城宏之メモリアル・オーケストラが熱演を繰り広げた。

     筆者は同公演を過去16回中、15回聴いてきた。当初は全曲弾ききることに意義があるといったイベント的な雰囲気も強かったが、公演タイトルの通りベートーヴェンの音楽の力は確かに凄いものがある。回を重ねるにつれて演奏する側はもちろん聴衆の側も音楽の世界に深く引き込まれていき、今や全曲を通して演奏し、また聴くことによってのみ得られる特別な感動を共有できる1年に1度の貴重な機会へと成熟した感がある。

     特にこの8年間は小林の指揮が続いていることもあり、コバケン流の掘り下げがより深まりを見せ、なかなかの聴き応えのある演奏が続くことが、人気上昇への原動力となっているのだろう。

    ロビーでのコンサートも大変なにぎわいを見せた(中央はコンサートマスターの篠崎史紀) (C) 山本倫子

     今回の使用譜面は19世紀以来使われている従来版ともいうべき、ブライトコップフの旧版。最近では耳にすることが少なくなったバージョンではあるが、昭和世代の筆者にとっては長らく聴き慣れた版でもあるため、心なしかホッとするのも事実。特に前述した第9の第4楽章コーダのマエストーソに差し掛かったところで、テンポを落とし弦楽器をタップリ弾かせてくれると妙にうれしかったりもする。

     休憩時にこの公演のプロデューサーである作曲家の三枝成彰氏が「ベートーヴェンは音楽を芸術へと昇華させた最初の作曲家。西洋の芸術は常に変化し、進化していくことが求められる。べートーヴェンの音楽は1曲たりとも同じようなものはなく、常に進化し続けた。だからこそ、芸術になり得た。それに対して日本では歌舞伎のような伝統芸能を見れば明らかだが、同じことを繰り返し伝承していくことに意義を見いだす」という趣旨の解説をしていた。まさに同感である。昨今のベートーヴェンの交響曲演奏を見てもしかり。海外から来る指揮者のほとんどは老齢であってもベーレンライター版の譜面を採用し、最新の研究を基にしたピリオド奏法の要素を取り入れた演奏をする。これに対して、日本人だけでベートーヴェンをやると依然として、ブライトコップフ版を使い、弦楽器にタップリとヴィブラートをかけさせる。とはいえ、20世紀の巨匠たちがやったようなアプローチであっても、筆者のように内心それを望んでいたりもする聴衆も数多く存在する。そうした意味では日本の演奏者と多くの聴衆の思いは一致しているのかもしれない。音楽に絶対的な正解はない。いろいろなスタイルが混在するからこそ、面白かったりもする。そんなことを考えながら、ベートーヴェンの音楽にじっくりと向き合うことができた。

    第9番でソリストを務めた(左から)市原愛、山下牧子、笛田博昭、青戸知 (C) 山本倫子

     今回、特筆すべきは第3番の劇的な面を強調した熱演である。ゆっくりとしたテンポでひとつひとつの旋律を丁寧に歌い上げていき、大きなうねりを作っていく。最近ではほとんど見られなくなったアプローチではあるが、聴く者を音楽の深部に引き込んでいく力は十分にあった。

     午後10時40分すぎからスタートした第9交響曲は繰り返しをカットしていたにもかかわらず、70分を優に超えるなど、悠々たる音楽作りが際立った。(途中、独唱者の入場などもあったため正確ではないが正味72分くらいか)

     低弦をタップリと効かせた重厚な響きを駆使して、ひとつひとつのフレーズを刻み込んでいくような第9交響曲は、ドラマチックであり聴く者の心を打つ。終演後は客席が総立ちになるほどの盛り上がりであった。時刻は午後11時55分、あと5分で2019年である。  ここ数年、新年直前に第9が終わるパターンが続いているが、「どうせなら、第9のフィナーレと同時に新年を迎えたい」との声が客席のあちらこちらから聞こえた。たった5分の差であるなら以前のように第9とともに年越しをするスタイルの方がより多くの聴衆にアピールするのではないだろうか。毎年記していることではあるが、主催者にはぜひ検討してもらいたい。なお、第9の独唱は市原愛(ソプラノ)、山下牧子(アルト)、笛田博昭(テノール)、青戸知(バリトン)、合唱は武蔵野合唱団であった。(12月31日、東京文化会館大ホール)

    公演詳細

    【NHK交響楽団 「第九」演奏会】

    2018年12月22日(土)17:00 23日(日・祝)15:00 24日(月・休)15:00 26日(水)19:00 いずれもNHKホール

    指揮:マレク・ヤノフスキ

    管弦楽:NHK交響楽団

    ソプラノ:藤谷佳奈枝

    メゾ・ソプラノ:加納悦子

    テノール:ロバート・ディーン・スミス

    バス・バリトン:アルベルト・ドーメン

    合唱:東京オペラシンガーズ

    ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op125「合唱つき」

    【読売日本交響楽団 「第九」演奏会】

    2018年12月19日(水)19:00 20日(木)19:00 いずれもサントリーホール 22日(土)14:00 23日(日・祝)14:00 25日(火)19:00 いずれも東京芸術劇場 24日(月・休)14:00 横浜みなとみらいホール

    指揮:マッシモ・ザネッティ

    ソプラノ:アガ・ミコライ

    メゾ・ソプラノ:清水華澄

    テノール:トム・ランドル

    バス:妻屋秀和

    合唱:新国立劇場合唱団

    ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op125「合唱付き」

    【第16回 ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2018】

    2018年12月31日(月)13:00 東京文化会館

    指揮:小林研一郎

    管弦楽:岩城宏之メモリアル・オーケストラ

    ベートーヴェン:全交響曲

    筆者プロフィル

     宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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