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イタリア・オペラの楽しみ

「ラ・トラヴィアータ」のヴィオレッタはなぜ「うれしいわ!」と言って死んだのか

香原斗志 

 日本のみならず世界において、モーツァルトの「フィガロの結婚」と並んで人気があるオペラといえば、ジュゼッペ・ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」(日本では原作の名称である「椿姫」と語られることが多い)だろう。頻繁に上演されるため、それぞれの場面が記憶に深く刻まれている人も多いと思う。

     たとえば、ヒロインのヴィオレッタがアルフレードに向かって、もはや息も絶え絶えに「彼女(将来の花嫁)にこの絵姿をあげてね。これは空で天使に囲まれて、彼女とあなたのために祈っている者からの贈りものだと伝えてね」と語りかけ、自分の小さな肖像画を渡す場面。そして、いよいよ息絶える前に身を震わせながら「もう一度生きるんだわ、ああ、うれしいわ!」と、半ば叫ぶように言い放つ場面。実際、それぞれが見る(聴く)人の涙を誘う。

     しかし、疑問も湧き起こる。なぜヴィオレッタは、アルフレードがだれかと結婚して幸せになることを望むように言いながら、自分の肖像画によって将来の夫婦を縛ろうとしたのか。また、なぜはかなく死んでいく場面で、発作のように「もう一度生きる」と叫ぶのか。なにしろ、死にゆく彼女の最後のセリフが「うれしいわ!」なのである。この謎を解くには、ヴィオレッタという女性の社会的な立ち位置を理解する必要がある。

    第3幕より、死にゆくヴィオレッタ=2018年12月・トリノ歌劇場 (C)Edoardo Piva / Teatro Regio Torino

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    低い女性の地位と、稼ぐための娼婦

     原作であるアレクサンドル・デュマ・フィス「椿をもつ女(椿姫)」(1848年刊)のヒロインはマルグリット・ゴーティエという名で、1845年ごろにパリに実在したマリー・デュプレシーという高級娼婦(しょうふ)をモデルにしている。だが、高級娼婦という職業を、現代におけるそれを念頭に理解しようとすると見誤ってしまう。

     19世紀のフランス社会においては、女性の地位が著しく低かった。端的な例が、1804年に成立したナポレオン法典は213条で、「夫は妻を保護する義務を負い、妻は夫に服従する義務を負う」と定めていた。つまり女性は結婚と同時に夫に従属する存在となり、夫の許可なしでは職業に就くことも、法廷に出ることもかなわなかった。既婚女性が自分名義の銀行口座を自由に開設できるようになったのは、なんと1965年になってからである。それでも結婚できればまだよかった。

     結婚する際には、新婦側は持参金を用意する必要があったので、裕福なブルジョワ家庭同士であれば問題がなくても、持参金の用意が困難な家庭の娘は修道院に入ることも多かった。一方、労働者階級に属する女性たちは、生家が貧しいほど低年齢から働いた。彼女たちに許されていた労働は、メイドや洗濯女、お針子、花屋などの店員、あるいはオペラ歌手か女優などにかぎられ、遅くとも10代のはじめには見習いとしてこうした職業に就いたという。ただし賃金は男性の半分以下と、きわめて低かった。

     このため「椿をもつ女」が書かれた前後のパリでは、手っ取り早く稼ぎを得るべく娼婦になる女性が多かったのだ。上記の洗濯女やお針子たちは、安手のグレー(フランス語でグリ)の生地の服を着ていることが多かったのでグリゼットと呼ばれ、収入を補うために貴族やブルジョワ階級の子息をパトロンにすることが少なくなかった。「ラ・ボエーム」のミミもグリゼットの一人である。彼女がロドルフォと別れたあと、子爵のもとに帰ったことを思い出してほしい。むろん娼婦を本業とする場合も多く、娼館に所属する娼婦も、娼館に属さない独立した娼婦も、ともに公娼として身分証明書を発行され、梅毒の蔓延(まんえん)を防ぐために定期的に健康診断を受けていた。

     一方、公娼とは一線を画していたのがクルチザンヌと呼ばれた高級娼婦で、それは貧困からの一発逆転が可能な唯一の道だった。ただし、いったん公娼として登録されてしまうと、「汚れた女」の烙印(らくいん)を押されてクルチザンヌにはなれない。また、美貌はもちろん、文学や美術、音楽などの話題でパトロンを飽きさせないことが求められる狭き門だった。典型的なクルチザンヌ像は、エミール・ゾラの小説「ナナ」(1879年)のヒロインだろう。ナナは女優としてひわいな姿で観客をとりこにしたのち、クルチザンヌになって貴族やブルジョワジーに湯水のように金を使わせ、彼らを破滅させる。

     ドゥミ・モンド。ナナのようなクルチザンヌや新興貴族、ブルジョワジーたちで構成されていた当時の社交界を、上流社会における本来の社交界の「半分の世界」という意味でそう呼んだ。ヴィオレッタもそこに生きるクルチザンヌの一人で、新興貴族たちに囲われてぜいたくざんまいに暮らしていた。「ラ・トラヴィアータ」第1幕のヴィオレッタの家における夜会も、第2幕のフローラの邸宅における夜会も、典型的なドゥミ・モンドと言って差し支えない。

    第1幕、ヴィオレッタの屋敷における夜会 (C)Edoardo Piva / Teatro Regio Torino

    記憶としてしか生きられなかった

     たしかにヴィオレッタは、貧しい労働者階級の女性はもちろん、裕福なブルジョワ家庭の既婚女性とくらべても、はるかに大きな自由を獲得していた。ただし、それは自らの「肉体」の提供と引き換えに囲われている間にかぎってのことにすぎない。ところがヴィオレッタは、アルフレードというブルジョワ階級の青年に「心」をささげてしまった。その瞬間から、彼女は制裁を受けざるをえなくなるのである。

     それでも第1幕までは、恋愛の主導権は明らかにヴィオレッタにある。ところが第2幕になると、アルフレードは冒頭のアリアで「彼女は美しいこの場所に満足し、僕のためにすべてを忘れている」と歌う。ヴィオレッタがもはやクルチザンヌの世界から脱して精神的にアルフレードに従属しているのがわかるが、当時のブルジョワジーたちがクルチザンヌを受け入れたのは、あくまでもドゥミ・モンドという社交場にかぎってのこと。公娼がクルチザンヌになれなかったように、クルチザンヌという「汚れた女」が自分たちの社会に同化することを、ブルジョワジーたちは許さなかった。

    第2幕、ジェルモン(右)はヴィオレッタのもとを訪れ、アルフレードと別れるよう迫る (C)Edoardo Piva / Teatro Regio Torino

     だから第2幕でジェルモンは、ブルジョワ社会に侵入しようとしているヴィオレッタを敢然と拒むのだ。ジェルモンは当時のブルジョワ社会の掟(おきて)に忠実であったにすぎない。ヴィオレッタは、自らの立場を思い知らされるが、金銭を媒介とした交渉ではなく、心と心の交流、すなわち愛に目覚めたいまとなっては、もはやドゥミ・モンドの世界に心までは戻せない。そこで彼女は究極の選択をする。アルフレードと別れるという自己犠牲によってジェルモンの尊敬を勝ちとり、せめて魂の記憶としてだけでも、ブルジョワ社会に生きる、という選択である。

     肉体をともなった存在としては疎外され、クルチザンヌとしてしか生きられなかったヴィオレッタ。しかし記憶としてなら、ブルジョワ社会の道徳に組み込まれることも不可能ではない。だから崇高な自己犠牲の記憶と、美しかった絵姿の二つを、彼女はどうしても残したかったのだ。また、愛に覚醒してからのヴィオレッタの生は、こうして記憶となってようやく始まった。彼女が「もう一度生きるんだわ」と言った意味はそこにあり、それがかなったから「うれしい」のである。

    筆者プロフィル

     香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。

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