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アンコール

東京・春・音楽祭① 「さまよえるオランダ人」ワーグナーの世界に引き込む、充実したステージ

 3月15日から4月14日の間に開催された第15回東京・春・音楽祭を3回に分けて振り返る。初回は今年で10回目となる「東京春祭ワーグナー・シリーズ」として上演されたワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」のステージと新たに始まった「子どものためのワーグナー〝さまよえるオランダ人〟」について紹介する。(宮嶋 極)

    「さまよえるオランダ人」上演後のカーテンコールから (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

    【東京春祭ワーグナー・シリーズvol.10 「さまよえるオランダ人」(演奏会形式/字幕・映像付)】

     15回の節目を迎えた今年の東京・春・音楽祭はオペラ、オーケストラコンサート、室内楽、リサイタルなど60以上の公演やイベントが開催されるなど、国内最大規模の総合音楽祭としてさらなる拡充が図られた。そうした中で同音楽祭の〝原点〟である「東京春祭ワーグナー・シリーズ」には多くの注目が集まる。

     今年はワーグナーが自らの創作スタイルを確立していく上でその出発点となった名作「さまよえるオランダ人」が上演された。指揮はドイツ・フライブルク出身で今年36歳を迎える新鋭、ダーヴィト・アフカム、NHK交響楽団の演奏。題名役のブリン・ターフェル、リカルダ・メルベート(ゼンタ)、イェンス=エリック・オースボー(ダーラント)、ペーター・ザイフェルト(エリック)らの豪華キャストに、東京オペラシンガーズの合唱という布陣。全体としては多くの聴衆をワーグナーの世界に引き込む、充実したステージが繰り広げられた。

    スクリーンを用いてオランダ船が近づく様子を描写 (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

     「オランダ人」は3幕を切れ目なく通す場合と、それぞれの幕あいに休憩を設けるスタイルがあるが、今回は第1幕終了後にいったん休憩を取り、2、3幕は続けて上演。最後は「救済の動機」によって幕を閉じるという折衷型が採用されていた。

     舞台後方に大型スクリーンをしつらえて映像を投影しながらのスタイルもすっかり定着したが、今年の映像は以前よりも写実的になった印象。船が嵐に巻き込まれたり、赤い帆を張ったオランダ船が近づいてきたりといった物語の状況が分かりやすく表現されていた。

     題名役のターフェルは多彩な表現力を駆使して個性あふれるオランダ人像を描き出していた。時折、声をかすれさせるような独特の歌い方をする場面があり、そうした表現スタイルに対して休憩時のロビーでは賛否両論が聞かれたが、筆者はこの役について言えば、こうした方法も〝あり〟だな、と思う。これにメルベート演じるゼンタが見事に呼応して、緊迫感にあふれたやり取りを展開してみせた。

    筆者はこれまでメルベートのゼンタをバイロイト音楽祭などで複数回、聴いて(見て)いるが、中でもこの日はよい出来だったように感じた。声量は十分、経験を重ねたからこそできる役の掘り下げによって、ゼンタという女性の異常性が存分に表出されており、ターフェルの個性的な表現ともうまくマッチしていた。

     この2人にメルベートと同じくバイロイトの常連であるヘルデン・テノール、ザイフェルトによるエリックが加わった第3幕終盤の三重唱はなかなかの聴き応えがあり、ここで醸成された高い緊張感のまま一気にエンディングに突入し圧巻のクライマックスを築いた。

     病気のため来日できなくなったアイン・アンガーに代わってダーラントを演じたのはノルウェー出身のバス、オースボー。少し明るめだが、豊かな低音で朗々とした歌唱を聴かせてくれた。どこかユーモラスな雰囲気もあり、この役にはうってつけの実力派と評価することができよう。

    右から、ターフェル(オランダ人)、メルベート(ゼンタ)、ザイフェルト(エリック) (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

     アフカムは要所を押さえてキビキビとした音楽を作り、最初から最後まで弛緩(しかん)なく全体をまとめ上げていた。響きの構築も巧みで、N響からワーグナーにふさわしい重心の低いサウンドを引き出すなど、その手腕はなかなかのものと見た。ただ、若さゆえ少し前のめりになりすぎる箇所があったが、そこはオペラ上演の経験豊かなN響ゲストコンサートマスターのライナー・キュッヒル(元ウィーン・フィル第1コンマス)が少しブレーキをかけたり、逆にアクセルを踏んだりとうまく微調整していた。このシリーズでは毎年驚かされるのだが、オペラを演奏した時のキュッヒルのリードは本当に素晴らしい。その場面に必要とされる演奏の仕方はどうなのか、指揮者と歌手の間でオーケストラの演奏をどうアジャストしていくのかを十分に理解した上で能動的に引っ張っていることが客席にも伝わってくる。よく観察していると、彼はあちこちに視線を向けて全体を見極めながら自らの弓とそこから紡ぎ出される音で、若いアフカムさえもその掌中に収めているように筆者には感じられた。

     取材したのは4月5日の公演であったが、終演後は客席が総立ちになるほどの盛り上がりとなった。このように充実の度を高めてきた同シリーズだが、来年は「トリスタンとイゾルデ」が取り上げられる予定という。これでバイロイトにおいて上演されるワーグナーの主要10作品が完結することになる。21年以降は、同シリーズがどうなるのかも注目される。

    【子どものためのワーグナー「さまよえるオランダ人」】

     ワーグナー作品上演の総本山とされるバイロイト音楽祭で毎年開催される「キンダー・オーパー(子どものための歌劇)」を同音楽祭のカタリーナ・ワーグナー総裁が自ら総指揮を執って東京・春・音楽祭向けにアレンジした新たな取り組み。その第1回は東京春祭ワーグナー・シリーズに合わせて「さまよえるオランダ人」が上演された。取材したのは3月20日のゲネプロ。

     会場が大手銀行のロビーとあってゲネプロが行われた平日は遮光することができず、照明効果等の詳細は確認できないままの取材となったが、概要は十分に把握することができた。

    舞台とオーケストラを横に配置し、臨場感を出している (C)東京・春・音楽祭実行委員会/増田雄介

     まとめ方は実に見事。ちなみにこうしたアレンジはバイロイトでも編曲を担当しているマルコ・ズドラレクが務めた。日本語のせりふが設けられていて子ども向けに分かりやすいしつらえになっていたが、大人が鑑賞しても十分楽しめる内容であった。ただ、アリアなどの歌唱部分はすべて原語となっていたので、字幕による翻訳とは言わないまでも、モニターなどにどんな内容が歌われているのか、簡単に表示するなどした方が子ども向けには、より分かりやすくなるのではないかと感じた。

    限りあるスペースを有効に利用した舞台演出 (C)東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治

     指揮はドイツの新鋭、ダニエル・ガイス。バイロイト祝祭管弦楽団でチェロ奏者も務めるなど、ワーグナーには精通した音楽家だけに、総勢30人の縮小オーケストラ(東京春祭特別オーケストラ)ながら過不足ない響きを作り出していた。オケの演奏を見ていると、いないパートの代わりに別の楽器が必要な旋律を奏でたり、時にハープ奏者が銅鑼(どら)をたたいたりするなど、兼任の役割分担が面白い。メンバーを見るとN響元コンサートマスター山口裕之、元読響首席ティンパニ奏者の菅原淳ら往年の名手たちが、骨格を支えていた。なるほど、少人数でも不足を感じさせないくらいにうまいわけだ。

     キャストは友清崇(オランダ人)、斉木健詞(ダーラント)、田崎尚美(ゼンタ)、金子美香(マリー)、高橋淳(エリック)、菅野敦(舵手)ら日本の若手実力派による顔触れ。カタリーナの演出だけあって棒立ちで歌う場面はなく、動きのある芝居の中でしっかりとした歌を披露していた。

    終演後のカーテンコールから。中央は演出を手掛けたカタリーナ・ワーグナー (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

    公演詳細

    【東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.10「さまよえるオランダ人」】

    4月5日(金)19:00

    4月7日(日)15:00

    東京文化会館 大ホール

    指揮:ダーヴィト・アフカム

    映像:中野一幸

    オランダ人:ブリン・ターフェル

    ダーラント:イェンス=エリック・オースボー

    ゼンタ:リカルダ・メルベート

    エリック:ペーター・ザイフェルト

    舵手:コスミン・イフリム ほか

    合唱:東京オペラシンガーズ

    管弦楽:NHK交響楽団

    【子どものためのワーグナー「さまよえるオランダ人」 バイロイト音楽祭提携公演】

    3月21日(木・祝)14:00

    3月23日(土)11:00 / 14:00

    3月24日(日)11:00 / 14:00 [各回約60分]

    三井住友銀行 東館 ライジング・スクエア 1階 アース・ガーデン

    指揮:ダニエル・ガイス

    監修:カタリーナ・ワーグナー、ダニエル・ウェーバー、ドロシア・ベッカー

    編曲:マルコ・ズドラレク

    演出・芸術監督:カタリーナ・ワーグナー

    美術:Spring Festival in Tokyo

    照明:ピーター・ユネス

    衣装:Spring Festival in Tokyo

    (オリジナル版<2016 /バイロイト>:イナ・クロンプハルト)

    オランダ人:友清崇

    ダーラント:斉木健詞

    ゼンタ:田崎尚美

    エリック:高橋淳

    マリー:金子美香

    舵手:菅野敦

    管弦楽:東京春祭特別オーケストラ

    筆者プロフィル

     宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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