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アンコール

東京・春・音楽祭② 15周年の祝祭を彩る二つの公演

名歌手が集いオペラの名シーンで15周年を祝ったガラ・コンサート (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

 今年15回目を迎えた東京・春・音楽祭のリポート第2回。2005年に「東京のオペラの森」としてスタート以来、「エレクトラ」から始まる小澤征爾指揮によるオペラの数々、そして2010年から今日まで音楽祭の個性を際立たせている「東京春祭ワーグナー・シリーズ」を彩った名場面を一晩で振り返るガラ・コンサートと、音楽祭の最終日を飾ったシェーンベルクの「グレの歌」の2公演を振り返る。(毬沙琳)

【The 15th Anniversary Gala Concert】

 世界的な歌い手が集うことでも名高い東京・春・音楽祭。ガラ・コンサートでは、今年のワーグナー・シリーズvol.10「さまよえるオランダ人」に出演したテノールのペーター・ザイフェルトとバスのイェンス=エリック・オースボーが再登場。リサイタルを聴かせたメゾ・ソプラノのエリーザベト・クールマンの他、ソプラノのミーガン・ミラー、バリトンのジョン・ルンドグレンといった名歌手による競演となった。指揮はフィリップ・オーギャン、管弦楽は読売日本交響楽団だ。(4月12日・東京文化会館大ホール)

 チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」のポロネーズで幕を開けハイドンの「天地創造」、R・シュトラウス「エレクトラ」という曲の並びは「東京のオペラの森」が始まった当時を振り返ることになる。

 ロバート・カーセンの演出にくぎ付けとなった「エレクトラ」や小澤征爾が指揮をした「タンホイザー」の鮮やかな舞台は今でも脳裏に焼き付いている。

 そんな感慨に浸りながら音楽に身を委ねていると、ワーグナーの「神々の黄昏(たそがれ)」からヴァルトラウテの〝私の言うことをよく聞いてください!〟を歌うクールマンの声でホールはワーグナー・サウンドに包まれ雰囲気も一変した。

エリーザベト・クールマン (C)東京・春・音楽祭実行委員会/増田雄介

 続けてヴェルディの「オテロ」からオテロとイアーゴの二重唱〝神にかけて誓う〟をザイフェルトとルンドグレンが迫真の演技で熱唱。数日前に「さまよえるオランダ人」のエリックを自らの貫禄を隠しきれぬまま美しい高音で歌い客席を沸かせたザイフェルトは、椅子にすわり苦悩の表情からイアーゴによって引き出された復讐(ふくしゅう)の念まで魅するステージ、たったひとつの場面で客席もオペラの世界に引き込まれてしまう。

 後半はワーグナー一色のプログラム。

 ここ東京文化会館で「パルジファル」「さまよえるオランダ人」を度々上演してきた読響は、フィリップ・オーギャンのしなやかなタクトに反応し旋律が美しく響くワーグナー・サウンドだ。オースボーがダーラントのアリアを歌うのを聴いて、1週間で2人の指揮者(ダーヴィト・アフカム)と二つのオーケストラ(NHK交響楽団)で同じ曲が聴けるという何ともぜいたくな瞬間だということにも気が付いた。オースボーの歌唱も更に深まり、アリアが終わってしまうのが残念なくらいだった。

アイン・アンガーの代役として出演し、好評を得たイェンス=エリック・オースボー (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

 ミラーは「タンホイザー」からエリーザベトの歌の殿堂のアリア〝おごそかなこの広間よ〟で繊細な表情を歌い、ザイフェルトは「ローエングリン」からグラール語り〝はるかな国に〟で決めどころは見えを切るように歌いあげた。

 「パルジファル」でアンフォルタスを歌ったルンドグレンは、死を願う苦悩を王の威厳を失うことなく表現し、オーケストラとライトモチーフが見事に絡み合い、ステージ上に奇跡が起きる瞬間までずっと音楽を聴いていたかった。

 最後は「ワルキューレ」からクールマンが歌うフリッカの激情がほとばしる。更にザイフェルトとミラーが第1幕のジークムントとジークリンデのクライマックスシーンをたっぷりと聴かせた。オーギャンの指揮は歌を損なうことのないよう、巧みにオーケストラを動かし、読響がこの上なく美しい弱音でそれに応える。生き別れていた兄妹の心が近づき、愛の喜びに包まれるまでが音楽的に深く表現され、ザイフェルトがジークリンデの歌を聴きながら、幸せを感じ取る瞬間を表情でも見せるほど、完成度の高いワーグナーが聴けた。

 来年のワーグナー・シリーズが「トリスタンとイゾルデ」ということもあり、東京・春・ワーグナーの集大成に、一層の期待が高まった。

ミーガン・ミラー(左)とペーター・ザイフェルト (C)東京・春・音楽祭実行委員会/増田雄介

【東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.6 シェーンベルク「グレの歌」】

 今年の音楽祭のフィナーレを飾るのは上野を本拠地とする東京都交響楽団による「グレの歌」だ。出演者はこの日だけの登場となる世界的歌手が集結、エレーナ・パンクラトヴァや藤村実穂子、甲斐栄次郎といった顔ぶれはもちろんのこと、語り役にフランツ・グルントヘーバーを配するという何ともぜいたくな布陣だ。指揮は東京都交響楽団の音楽監督を務める大野和士。(4月14日・東京文化会館大ホール)

大野和士が指揮を務め、音楽祭のフィナーレを飾った「グレの歌」 (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

 2月に新国立劇場でオペラ「紫苑物語」の日本初演で素晴らしく精緻な響きを聴かせた大野率いる都響は、この「グレの歌」でもしっかり統率されて複雑なスコアの旋律を音にする。タクトを追うと、一糸乱れぬ間の取り方など指揮者のコントロールが行き渡っているのがよくわかる。ヴァルデマール王のクリスティアン・フォイクトは初めて聴いたが、ワーグナー歌手として経験を積んでいるようだ。トーヴェのエレーナ・パンクラトヴァはバイロイト音楽祭やバイエルン州立歌劇場の来日公演でワーグナー作品の素晴らしい歌を聴いているが、大編成の管弦楽にあっても強い声は変わらない。

 並みいる歌手の中で圧倒的な存在感を放ったのは、山鳩の藤村実穂子。大編成の管弦楽と対峙(たいじ)しても艶(あで)やかな声の美しさはどこまでも届き、世界のひのき舞台に立つ歌手の中でもひときわ光っているのは明らかだ。

藤村実穂子(中央)とクリスティアン・フォイクト(手前) (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

 第3部からは亡霊となったヴァルデマール王の百鬼夜行に農夫や道化師が登場して、雰囲気も変わってくる。甲斐栄次郎のハリのある声で歌うシニカルな農夫に続いて、道化師クラウス役のアレクサンドル・クラヴェッツは登場からして乱れた服装で、酔っぱらいさながらやりたい放題だ。

 今回語りのグルントヘーバーは05年のサイトウ・キネン・フェスティバル松本では農夫と語りの2役を演じていた。10年以上たって再び日本の「グレの歌」で聴けるとは思ってもみなかった。登場の足どりこそ杖(つえ)をともなってはいたが、80歳過ぎてもヴィブラートのある独特な声は健在。指揮者のキューを見逃すまいとでもいうような食い入るまなざしは、複雑なスコアにのせて語ることの難しさを物語っている。

 名歌手による語りに導かれて音楽はいよいよ最高潮へ向かい、東京オペラシンガーズの合唱も世界的な歌手たちとの共演にふさわしく、陽光に満ちた輝かしい音楽祭のフィナーレとなった。

 今年東京では3月の読響、東京・春祭での都響に次いで、秋には東京交響楽団も「グレの歌」を取り上げる。めったに演奏されないチャレンジングな曲だけに、聴き比べながら20世紀が生んだ名曲を堪能するのも良いだろう。

公演詳細

【The 15th Anniversary Gala Concert】

4月12日(金)18:30 東京文化会館大ホール

指揮:フィリップ・オーギャン

ソプラノ:ミーガン・ミラー

メゾ・ソプラノ:エリーザベト・クールマン

テノール:ペーター・ザイフェルト

バリトン:ジョン・ルンドグレン

バス: イェンス=エリック・オースボー

管弦楽:読売日本交響楽団

 

チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」第3幕よりポロネーズ ほか

ハイドン:「天地創造」第2部より第22曲〝今や天はこの上なく輝き〟

R・シュトラウス:「エレクトラ」より〝ひとりだ!なんと悲しいこと〟

ワーグナー:「神々の黄昏」第1幕より〝私の言うことをよく聞いてください!〟

ヴェルディ:「オテロ」第2幕よりオテロとイアーゴの二重唱〝神にかけて誓う〟

ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲

ワーグナー:「さまよえるオランダ人」第2幕よりダーラントのアリア〝我が子よ、いらっしゃいをお言い〟

ワーグナー:「タンホイザー」第2幕より歌の殿堂のアリア〝おごそかなこの広間よ〟

ワーグナー:「ローエングリン」第3幕よりグラール語り〝はるかな国に〟

ワーグナー:「パルジファル」第3幕より〝その通り!ああ!哀(かな)しくもつらいこの身〟

ワーグナー:「ワルキューレ」第2幕より〝それならば、永遠の神々はもうお仕舞なのですか〟 ほか

 

【東京春祭 合唱の芸術シリーズvol.6 シェーンベルク「グレの歌」】

4月14日(日)15:00 東京文化会館大ホール

指揮:大野和士

ヴァルデマール王:クリスティアン・フォイクト

トーヴェ:エレーナ・パンクラトヴァ

山鳩:藤村実穂子

農夫:甲斐栄次郎

道化師クラウス: アレクサンドル・クラヴェッツ

語り手: フランツ・グルントヘーバー

合唱:東京オペラシンガーズ

合唱指揮:マティアス・ブラウアー、宮松重紀

管弦楽:東京都交響楽団

 

シェーンベルク:「グレの歌」

筆者プロフィル

 毬沙 琳(まるしゃ・りん) 大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

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