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アンコール

東京・春・音楽祭③ ムーティの「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」

アカデミーを通じてイタリア・オペラへの思想信条を披露したリッカルド・ムーティ (C) Spring Festival in Tokyo/Satoshi Aoyagi

 第15回東京・春・音楽祭のレビューの最終回は、今年からスタートした巨匠、リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」について振り返る。取材したのは3月28日、今回の〝教材〟であるヴェルディの「リゴレット」についての解説会と、アカデミーの締めくくりとして4月4日に開催された「リゴレット」の抜粋上演。会場はいずれも東京文化会館大ホール。(宮嶋 極)

【第1回 イタリア・オペラ・アカデミー in 東京】

 「イタリア・オペラ・アカデミー」はムーティが、自らの豊富な経験を基にしてイタリア・オペラの上演に不可欠な演奏様式への理解や歌唱法、指揮法などをヴェルディの作品を題材にして、若手音楽家に伝授する試み。2015年からイタリア・ラヴェンナで行われている同様の講習会を東京で〝引っ越し開催〟したもの。3月28日から4月4日までの間、18歳から35歳までの指揮者を目指す若い音楽家がムーティから直接指導を受け、その模様を30歳以下の若手音楽家や音楽を専攻する学生らがアカデミー生として聴講。ヴェルディの歌劇「リゴレット」を題材に実践的な指導が行われた。

 筆者が注目したのはアカデミー初日に開催されたムーティによる「リゴレット」の解説会。現代のイタリア・オペラ界における一大権威であるムーティが「リゴレット」を通して、イタリア・オペラに関する自らの〝思想信条〟を披露するまたとない機会であるからだ。

 驚いたのはムーティの軽妙な話術。いつも気難しそうな表情で指揮台に立ち、ステージ上で笑顔を見せることもほとんどないマエストロだが、この日はジョークを交えながら分かりやすく話を展開。ジョークが滑った時には「通訳がうまく伝えてくれてない?(笑い)」ととぼけてみせるなど、エンターテイナーぶりを発揮。自らピアノを弾き、歌い、そして若手歌手に実演させるなどして行われた解説は説得力十分であった。この日、巨匠ムーティが渾身(こんしん)の〝熱演〟を繰り広げてまで伝えたかったことを箇条書きにしてみよう。

①今日、イタリア・オペラの伝統といわれているスタイルの大半はあしき慣習にすぎない

②トスカニーニがイタリアを去り、米国に渡って以降、その傾向が顕著になり今日に至った

③譜面の指定を無視して音程を上げたり、弱音を強く歌ったりするなど、歌手がサーカスのように大向こう受けを狙うのは間違いである

④ワーグナーなどのドイツ・オペラは芸術でイタリア・オペラは娯楽という風潮には異を唱えたい

⑤かつてオペラ上演の中心は指揮者であったが、昨今の指揮者たちの不勉強が原因でその主導権は演出家に奪われ、作品の本質がさらにゆがめられる結果となっている。若い指揮者にはもっと勉強をしてほしい

アカデミーで指揮受講生を指導するムーティ (C)Spring Festival in Tokyo/Satoshi Aoyagi

 これらのことを「リゴレット」の具体的な箇所を例示して説明していくのである。例えばリゴレットとジルダの「復讐の二重唱」。リゴレットのキャラクターについて身ぶりを交えながら表現してみせた上で、反り返って高音を張り上げて締めくくるのは不適切であると指摘。このためヴェルディは敢えて高音を書かなかった。それを指揮者や歌手の判断で音程を上げたり、弱音を強音に変えたりするのは間違いであり、うつむいてつぶやくように締めくくるのが作曲家の意図に沿った正しい演奏法であると力説した。実際、若手歌手に歌わせてその違いを聞かせると、「なるほど」と納得させられるものがあった。

 また、第3幕、マントヴァ公爵がスパラフチーレの居酒屋兼旅館を訪れた際の公爵のせりふ、一般に通用している「部屋とワインを用意しろ」は間違いで、「妹とワインを用意しろ」が正しいということも、リコルディ社の譜面出版の経緯などにも触れながら明かしてくれた。

 豊富な経験と信念に基づいたムーティの言葉には力があり、実演と併せて聴くうちに彼の世界にすっかり引き込まれてしまったように感じられ、心が動かされた。

【イタリア・オペラ・アカデミー 「リゴレット」抜粋上演】

 第1回アカデミーの成果を披露する場として、今年の教材となった「リゴレット」の抜粋上演が4月4日、東京文化会館大ホールで行われた。

 解説会でも歌ったジョルダーノ・ルカ(マントヴァ公爵)、フランチェスコ・ランドルフィ(リゴレット)、ヴェネーラ・プロタソヴァ(ジルダ)、アントニオ・ディ・マッテオ(スパラフチーレ)、ダニエラ・ピーニ(マッダレーナ)らムーティが注目する若手実力歌手によるキャスト。東京春祭特別オーケストラの演奏、指揮はもちろんムーティである。

 「東京春祭ワーグナー・シリーズ」のように映像を付けたり、演者が簡単な身ぶり手ぶりを交えて歌うなどをしない完全な演奏会形式でのステージ。合唱や端役の短いせりふがある場面をカットしての上演であった。

 前述の解説会でムーティが説明したこの作品にふさわしい唱法、奏法が見事なまでに徹底されており、彼の考えが若手音楽家たちにしっかりと伝わったことが分かる。この公演、解説会と併せて聴くとより一層楽しめるものとなる。

 スター歌手はひとりもいない上に、演技が付けられていないにもかかわらず、各キャラクターの性格表現が巧みに行われており、実に生き生きとした演奏が繰り広げられていたのはまさにムーティの力と言えるだろう。解説会での「オペラ上演は本来、指揮者が中心となって行われるべきだ」という自身の言葉の正しさを身をもって示しているかのようだった。

若手歌手を起用し、ムーティみずからタクトを振った最終日の公演=4月4日、東京文化会館大ホール (C)Spring Festival in Tokyo Satoshi Aoyagi

 この日の東京春祭特別オーケストラは読売日本交響楽団コンサートマスターの長原幸太を中心に林七奈(大阪響コンマス)、瀧村依里(読響第2ヴァイオリン首席)、鈴木康浩(読響ソロ・ヴィオラ)、富岡廉太郎(読響首席チェロ)、山崎実(元群響コントラバス首席)といった全国のオーケストラの若手腕利きメンバーが参集。臨時編成だがその一体感はなかなかのもので、ここにもムーティの統率力の高さがうかがえる。若いメンバーのエネルギーを自在にコントロールしながら聴く者の胸を躍らせるようなヤマ場を作っていくムーティの指揮姿は現代イタリア・オペラ界のカリスマそのものであった。

 ここまでの水準のステージなら抜粋ではなく全曲を聴いてみたいと感じたのは筆者だけであろうか。ムーティのスケジュールや予算の関係もあるのだろうが、来年以降、検討してもらいたいテーマである。なお、来年は「マクベス」、21年は「仮面舞踏会」が教材として取り上げられる予定。

公演詳細

【イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.1

「リゴレット」(抜粋上演/演奏会形式/字幕付き)】

4月4日(木)19:00 東京文化会館大ホール

指揮:リッカルド・ムーティ

リゴレット:フランチェスコ・ランドルフィ

マントヴァ公爵:ジョルダーノ・ルカ

ジルダ:ヴェネーラ・プロタソヴァ

スパラフチーレ:アントニオ・ディ・マッテオ

マッダレーナ:ダニエラ・ピーニ

ジョヴァンナ:向野由美子

モンテローネ:望月一平

牢番:氷見健一郎

管弦楽:東京春祭特別オーケストラ

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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