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イタリア・オペラの楽しみ

パレルモの「イドメネオ」、新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」…メゾ・ソプラノ脇園彩の成長

香原斗志

「ドン・ジョヴァンニ」でドンナ・エルヴィーラを歌った脇園彩=撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

卓越したドンナ・エルヴィーラ

 実力のみでヨーロッパのオペラ界で渡りあっているという点で、久々の日本人歌手であるメゾ・ソプラノの脇園彩。5月17日に初日を迎えた新国立劇場のモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」が事実上、彼女の東京におけるお披露目の場であった。

 この公演、ドン・オッターヴィオを歌ったアルゼンチン出身のテノール、フアン・フランシスコ・ガテルが、息継ぎひとつ感じさせない完璧な呼吸と、行き届いた声のコントロールで、ニュアンスたっぷりの歌を聴かせ、イタリアのバス、ニコラ・ウリヴィエーリがノーブルな歌唱スタイルと声の色彩で、まさに男の色気を表現。また、クロアチア出身のソプラノ、マリゴーナ・ケルケジが豊かな声に不足のない装飾技巧で、みずみずしいドンア・アンナを歌った。そんなツワモノぞろいのキャストのなかでもトップクラスの歌唱を聴かせたのが、ドンナ・エルヴィーラを歌った脇園だった。

レポレッロ(ジョヴァンニ・フルラネット・左)とドンナ・エルヴィーラ=撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 登場のアリア「Ah chi mi dice mai, quel barbaro dov'è(だれが教えてくれるの、あのひどい人がどこにいるか)」から、制御が行き届いた品位ある歌唱の向こうに女の情念が強くにじむという、極めて高度な技で攻めてくる。イタリア語が美しいのはもちろんだが、高音も伸びやかで、すべての音域で一定の音質が保たれているところもただ者ではない。また、小さな音符の連なりを敏捷(びんしょう)に歌うアジリタのフレーズでは、卓越したテクニックを垣間見せる。

 そして第2幕、プラハで初演された翌春のウィーンでの上演で書き加えられた「Mi tradi quell’alma ingrate(あの恩知らずは私を裏切った)」は圧巻。入り乱れる感情を描く八分音符の動きも、度重なる音の跳躍も、少しの難しさも感じさせず、むしろエレガントに聴かせてしまう。しかし、エレガンスの背後から確実に女の叫びが聴こえるのだ。演技力も抜きんでており、言葉と身体の動きが見事に連動している。

 指揮者は38歳のドイツ人、カーステン・ヤヌシュケ。縦のラインを強調した器楽的な音楽づくりで、イタリア人やイタリア系が中心で歌の横のラインを重視する歌手たちと合わせるのに苦労しているようにも見えた。特に初日は、随所で歌とのズレが聴こえたが、22日の公演ではむしろ、それぞれが歩み寄って刺激的なアンサンブルが生み出されていたように思う。そんななかで脇園は、初日から指揮者の方向性を理解し、それに同調したうえで上記のような歌唱を聴かせたのが特筆に値する。

メリハリの利いたイダマンテ

 筆者はこれまで、脇園の歌をたびたび聴き、その成長過程も確認してきたが、この数カ月の間にかぎっても、彼女の歌には大きな進歩が見られるのだ。

 脇園は昨年8月、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)の「セビリャの理髪師」でロジーナを歌った。ロッシーニ没後150年の記念すべき公演でヒロインに抜擢(ばってき)されるという快挙で、彼女はそれに若々しい歌唱と完璧な装飾歌唱のテクニックで応えた。それについてはこの連載でも報告したが、実を言えば、気になる点がなかったわけではない。一つは、声がもう少し飛んでほしいということ。端的に言えば声がやや弱く、その点でほかの歌手に半歩、後れをとっているように感じられた。もう一つは、声にあと少しの膨らみがほしいことだった。響きが弱いように感じられたのだ。

 ところが、4月下旬に脇園の歌を聴くと、上記の弱点が見事に解消されていた。この修正能力の高さには、正直なところ驚愕(きょうがく)させられた。

 4月26日と27日、シチリア島のパレルモのマッシモ劇場で、脇園がイダマンテ役を歌うモーツァルトのオペラ・セリア「イドメネオ」を鑑賞した。ほかの主役級はみなダブルキャストだったが、イダマンテだけは脇園が一人で歌い、私がパレルモをたった28日が最終日だったから、そこでは3日連続で歌ったことになる。背が高くてシャープな体形の彼女に男装のズボン役が似合うであろうことは、容易に想像がついた。心配は声の強さと響きの大きさで、私の席はこの大きな劇場で平土間の後ろから2番目。ちゃんと声が届くかどうか、第一声を聴くまでハラハラしたが、聴こえるどころではない。数カ月前とくらべてはるかに豊かな倍音を伴った熱い声が、耳にグイグイと押し寄せてくるのだ。

「イドメネオ」より、イドメネオ(ルネ・ベルベラ)とイダマンテ(脇園) (C)Teatro Massimo

 父親のイドメネオに拒絶され、イリアへの愛もまっすぐには受け入れられない。そんなイダマンテの心中は揺れつづけ、時に悲嘆は強い感情として表出させられる。脇園はモーツァルトらしい優雅さと、オペラ・セリアならではの品位をたもちながら、こうした強い感情を歌に込め、それが耳に迫ってきた。ズボン役ならではの強さと弱さのメリハリも十二分に利いていた。前年8月から4月までの8カ月でなんという成長であろうか。

 ちなみにこの公演、ピエール・ルイージ・ピッツィの抑制された美に貫かれた演出と、ダニエル・コーエンのシャープな指揮がさえ、歌手もそろっていた。26日はブリリアントでやわらかい声が印象に残るルネ・バルベラのイドメネオ、エレオノーラ・ブラットの力強いけれども表現は抑制され、技巧も光るエレットラ、27日は硬質な声で端正に歌うジュリオ・ペッリグラのイドメネオなど、強く印象に残った。しかし、ひいき目を十分に割り引いたとしても、脇園の歌にいちばん力と説得力があったと言わざるをえない。

イリア(右・カルメラ・レミージョ)とイダマンテ (C)Teatro Massimo

8カ月で大きく成長した秘密

 脇園に、ここ数カ月の大きな成長を感じた旨を伝えると、本人もそれを自覚していた。技術的には、久しぶりにソプラノのマリエッラ・デヴィーアの自宅を訪ね、レッスンを受けた影響が大きいという。デヴィーアからは、口腔(こうこう)を広く開けすぎているという指摘があったという。要するに、通路が広すぎると、声にぶれが生じてしまう。ホースの出口を狭めれば水が力強く飛ぶように、声も遠くに飛んでいくというわけだ。

 加えて、というより、こちらのほうが彼女には本質的であるようだが、オペラ歌手として生きるという使命に確信を持てるようになったことが大きいと語った。生まれ持った能力や可能性を卑下せず、感謝して受け入れ、生かす。そういう意識を持てるようになると精神的にも安定し、硬かった喉がやわらかくなったという。歌手としての自覚が芽生えたところに、技術的な成果が加わったというのだ。

 常に、自分の技術的な課題を自覚しているのはもちろんのこと、置かれている環境や意識の持ち方にも考察を加え、日々よりよい方向に修正しようと、意識しながら努力を重ねる。それができるから脇園は成長するし、世界で認められつつあるのだと思うが、残念ながら、この水準で自分を客観的に眺め、課題を見つけ、修正しつつ前に進んでいる日本人歌手を、脇園のほかに知らない。

 来年2月には、新国立劇場で「セビリャの理髪師」のロジーナを歌う。昨夏のROFで足りなかった部分を、もはや強みにしてしまった感さえある脇園。喉への負担が大きいと思えるドンナ・エルヴィーラは脇園にとって適役なのか、即答しかねるところだが、ロジーナはいまの脇園の十八番。アジリタをはじめ彼女の強みがいっそう披露される。昨夏よりおそらく2段も3段もパワーアップしたに違いないロジーナが、いまから楽しみで仕方ない。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。

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