メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アンコール

仙台国際音楽コンクールピアノ部門 高い表現技術で若きコンテスタントたちが競演

左から、チェ・ホンロク(第1位)、ダリア・パルホーメンコ(第3位)、バロン・フェンウィク(第2位)

 仙台国際音楽コンクールのピアノ部門が5月25日から6月9日まで開催され、出場申し込みをした331人のうち、予備審査を通過した37人(辞退者を除く)が演奏技術や表現力を競った。およそ2週間の審査を経て、ピアノ部門を制したのは韓国出身のチェ・ホンロク。現在ザルツブルク・モーツァルテウム大学で学ぶ25歳だ。そして2位にはアメリカ出身のバロン・フェンウィク、3位にはロシア出身のダリア・パルホーメンコが入賞した。いずれも強い精神力と表現意欲を持ち、レベルの高さがうかがい知れたピアノ部門から、筆者が取材したセミファイナル以降の様子を、審査委員長の講評や入賞者への合同インタビューの内容を交えつつ詳報する。(正木裕美)

 このコンクール最大の特徴は、ピアノ部門ではセミファイナルから協奏曲の課題が課されることで、ファイナルまで進めばあわせて3曲の協奏曲を演奏することになる。終了後に入賞者たちが口々に語っていたように非常にタフな2週間になるため、演奏技術はもとより、高い集中力と体力、表現意欲が伴わなければ結果を出すことは難しいだろう。

 その点、1位のチェ・ホンロクは審査委員長の野島稔氏が審査後「自分の音楽に対する信念、感覚がぶれずに舞台で弾けるというのが(彼の)才能だと思う」と評したように、リサイタル形式の予選から一貫して自身の音楽を表現するすべに秀でていた。予選終了後、セミファイナルに進んだ出場者たちの予選をすべてオンラインで視聴したが、特にチェの演奏したドビュッシー、ショパン、プロコフィエフのうち、ドビュッシーの前奏曲集第1集「雪の上の足跡」、「西風のみたもの」は印影に富み、情景を浮かび上がらせるような描写力と表現力の高さ、音色の美しさが強く印象に残っている。このドビュッシーについては、作品を決める際に周囲の評価が高かったことが選曲の決め手になったと、本人も終了後の取材で語っている。

 セミファイナルでは、ベートーヴェンの協奏曲第3番ハ短調と第4番ト長調の選択肢から、第4番を演奏した。正直、第1楽章は硬さがあり、曲想ごとにやや途切れる感じが否めなかったが、第2楽章は極めて美しく、オーケストラの重厚な投げかけに対して繊細で物悲しげな音色で応え、コントラストもあらわに対話を進めていた。この楽章は、同じカンタービレでも少し引きずるように物憂げな歌い方をする者もいて、弾き手による解釈が分かれる部分でもあった。この第2楽章以降、チェは本来の安定ぶりを取り戻したようで、第3楽章はフレーズひとつひとつの細部まで神経を注ぎ、表現に集中している様が見て取れた。

入賞者記念ガラコンサートに出演したチェ・ホンロク=6月9日・日立システムズホール仙台

 チェは華々しく演奏の中心に立ちピアニスティックな魅力を振りまくのではなく、音楽を表現することにひたすら没入し、作品の魅力をつまびらかにしていくタイプだ。そのため、緊張のためか硬くなることはあっても、細部への気配りを失わず、どのような曲想でもただ酔いしれて弾き飛ばすことはない。それは本選で弾いた課題のひとつ、チャイコフスキーの協奏曲第1番でも顕著で、一貫して冷静さを保ち、ある時は叙情豊かに、また第3楽章、管楽器との掛け合いなどはリズミカルで洒脱(しゅだつ)さも感じられるなど、表現の幅に富んでいた。特に終盤の華々しい終結部へと続くオクターブのユニゾンでは、伽藍(がらん)を築くような圧倒的な響きで聴く者を圧倒した。ただ1点、ファイナルでは音ののびに今一つ欠ける印象だったのが惜しまれる。翌日のガラコンサートでこの点が解消されていたことを考えると、やはり審査という重圧から解放されたことが大きかったのだろう。

 本選のチャイコフスキーで言えば、第2位のバロン・フェンウィクは聴衆からの支持がもっとも高かった。非常に音ののびが良く、弱音からオーケストラを上回る強音まで豊かにホールに響かせることができるのは、彼の最大の魅力だろう。またチャイコフスキーが随所にちりばめた要素をじつに色鮮やかに展開し、ペダルを極力控えて軽やかさを出したかと思えば(第2楽章)、華やかな音色で大きなスケールの音楽を構築することができる。同じアメリカ出身のヴァン・クライバーンに憧れて幼少時よりレコーディングを聴いていたそうで、演奏を聴くとそれも頷ける。野島氏も「チャイコフスキーは東洋人にはこういう弾き方はできない」と評しており、オーケストラとの協演をとにかく楽しんでいる様子も印象に残った。また、ファイナルのもう一方の課題曲、モーツァルトの協奏曲ト長調K453でも流れがあり優雅な演奏を披露したが、残念ながらややロマンティックな曲づくりが審査では受け入れられなかったようだ。

バロン・フェンウィク=6月9日・日立システムズホール仙台

 ファイナルではモーツァルトの協奏曲5曲のうち1曲に加え、ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーなどの16の協奏曲から1曲を演奏することが求められたが、偶然にも今回は上位3名がモーツァルトのト長調K453とチャイコフスキーの第1番を選択した。

 第3位のダリア・パルホーメンコのモーツァルトは、ややロマンティックながらペダルに頼らず手や腕を柔軟に使い、美しいスラーや細かいデュナーミクを作り出していた。軽やかで丸みのある音色は彼女の最大の持ち味のひとつで、品をたたえた音楽づくりが印象に残る。チャイコフスキーもロシア人ならではの大変ロマンティックで華のある演奏を聴かせたが、ソロの聴かせどころでミスが生じたり、フレーズを最後まで歌いきれなかったりして、音楽への没入度合いが低いように感じられるところがあったのも事実だった。

ダリア・パルホーメンコ=6月9日・日立システムズホール仙台

 なお番外編として、残念ながら3位までの入賞は果たせなかったものの、第5位になった平間今日志郎の演奏を大変興味深く聴いた。特にセミファイナルで弾いたベートーヴェンの協奏曲第3番ハ短調は、筆者の印象では同作品を弾いた出場者の中でもっとも訴求力のある演奏だったように思う。曲全体の構築に対して明確な構想を持ちつつ、細やかなデュナーミクでオーケストラと美しく共鳴し合う素晴らしい演奏だった。ただ、曲によって個性がより強く出るものもあり、例えばファイナルで弾いたラフマニノフなどは極めてテンポが速く、ややせいている感じも否めなかった。審査委員長の野島氏はラウンド終了後に「もともと平均点を取ろうと思って弾いているタイプではなく、非常に特色があって面白い」と評していたが、まだ弱冠21歳。個性と演奏がどう変容していくのか、楽しみである。

ピアノ部門の入賞者たち。左から3番目が平間今日志郎

 最後に、出場者、審査員が口々にホストオーケストラである広上淳一指揮、仙台フィルハーモニー管弦楽団の献身ぶりをたたえていたことに触れておきたい。広上はあるときには指揮台から体を反るようにしてピアノの音をとらえ、オーケストラとピアニストとのコミュニケーションにおいて、後者に非があるようにはさせまいという姿勢が感じられた。オーケストラも広上の要求によく応え、ピアニストの歌心や叙情性を引き出すような絶妙な旋律の受け渡しも幾度となく見られた。結果を競う場としてのみならず、オーケストラとの協演という貴重な機会を得る出場者たちにとって、これらサポートのもと行われた演奏は、何より大きな経験となったに違いない。

コンクール詳細

【仙台国際音楽コンクール ピアノ部門】

5月25日(土)~6月9日(日)

日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)

第1位:チェ・ホンロク(韓国 25歳)

第2位:バロン・フェンウィク(アメリカ 25歳)

第3位:ダリア・パルホーメンコ(ロシア 28歳)

第4位:佐藤元洋(日本 26歳)

第5位:平間今日志郎(日本 21歳)

第6位:キム・ジュンヒョン(韓国 21歳)

審査委員特別賞:ツァイ・ヤンルイ(中国 18歳)

聴衆賞:ダリア・パルホーメンコ(5/31)、ハン・キュホ(6/1 韓国 25歳)、樋口一朗(6/2 日本 22歳)※セミファイナル開催日ごとに聴衆による投票で決定

筆者プロフィル

 正木裕美(まさき・ひろみ) クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在は仙台市在住。「音楽の友」編集部では、全国各地の音楽祭を訪れるなどフットワークを生かした取材に積極的に取り組んだ。東日本大震災発生後、仙台に移り住み、同市を拠点に東北各地の音楽状況や音楽による復興支援活動などの取材に力を入れている。

おすすめ記事

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 岡山の警察学校教官、訓練中にナイフで巡査刺す 「緊張感出すために本物を」
  2. 「気持ち抑えきれず」TDLで中学男子生徒にキス、女性教諭を懲戒免職 千葉県教委
  3. あなたの参院選 後期高齢者に「仕送り」35万円 給与天引きで自覚薄く
  4. 福岡・粕屋の女性殺害、古賀容疑者「騒がれたので首絞めた」
  5. クイズに正解したら「ベロチュー」 40代男性教諭、担任を交代

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです