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加藤浩子の「街歩き、オペラ歩き」

ベルリンの西側を担いつつ発展した「市民のためのオペラハウス」〜ベルリン・ドイツ・オペラ

ベルリン・ドイツ・オペラ外観

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 「あちらのこちら」

 その表現がドイツの首都ベルリンを意味するとわかったのは、その本をもう1ページほど読み進めてからだった。「この市は東の国土内に孤島として位置しているが、そのうえ壁で二分され」ている、という説明が出てきたからである。

 開高健の『夏の闇』は、固有名詞を欠いた長編小説だ。国名も人名もなく、主人公は「私」と「女」。国や街は描写だけで表現されるが、街々の雰囲気やたたずまいや匂いは鮮明で、想像力をかきたてられる。物語の最後に2人がたどりつくのが、まだ東西に分割されていた時代の「あちらのこちら」。ラストシーンは、東西ベルリンを走る環状列車だ。主人公の男女は夜のなかを駆けるその列車に乗りつづける。西側では各駅に止まり、東側では国境駅以外はノンストップで駆け抜け、「市の上空を旋回し続ける」その列車に。

ブランデンブルク門

 「〝東〟は暗くて広く、〝西〟は明るくて広かった」。

 そのことが実感できたのは、1988年、はじめてベルリンを訪れた時のことである。ベルリンはまだ東西に分かれていて、1年後に起こる「壁」の崩壊のけはいなどみじんもなかった。そしてたしかに、「東」は暗かった。ベルリンだけではなく、国土全体が暗い東ドイツのなかで、西ベルリンは西側の「ショーウインドー」の役割を担い、光の島のように煌々(こうこう)と輝いていたのだった。

 あれから30年。暗かった「東」は明るくなったが、富み栄えるようになってから日が浅いぶん、ぴかぴかで無機質で整然としている。人間臭くて「街」の匂いがぷんぷんするのは「西」のほうだ。ベルリンのオーケストラやオペラが、他のヨーロッパの大都市より数が多い(専属のオーケストラを持つオペラハウス三つ、シンフォニーオーケストラ五つ)ながら共存できているのは、東西時代に培われた個性のせいもあるように思う。

ベルリンのフィルハーモニーホールも西側にある

 ベルリン・ドイツ・オペラは、旧西ベルリンを代表するオペラハウスであると同時に、ベルリンに三つあるオペラハウスのなかで最大の劇場だ(1859席)。創設は1912年。宮廷歌劇場がルーツで、旧東ベルリンを代表するオペラハウスであるベルリン国立歌劇場に対抗して「市民の劇場」として建てられた。その後「ドイツ歌劇場」「市立歌劇場」などの名称を経て、第二次世界大戦で爆撃された劇場が、フリッツ・ボルネマンの設計で再建された1961年に、「ベルリン・ドイツ・オペラ」として再スタート。くしくも「ベルリンの壁」が造られた年と重なった。「壁」が壊れ、統一がなっても名称は変わることなく、西ベルリンの繁華街のどまんなかで、シーズン中はほぼ毎日、せっせとオペラを上演している。2019/20シーズンは、6作のプレミエと37作のレパートリー作品が上演される予定だ。

 創設当初から、スタンダードな演目に加えて世界初演作品にも意欲的で、シュレーカー「ヘントの鍛冶屋」、ヴァイル「人質」(いずれも1932)、ヘンツェ「鹿の王」(1956)、リーム「エディプス王」(1987)といった20世紀オペラの傑作が初演されている。とりわけ、黛敏郎の名作「金閣寺」(1976)がベルリン・ドイツ・オペラの委嘱で書かれたことは、特筆しておかなければならないだろう(だから「金閣寺」はドイツ語で書かれている)。

ベルリン・ドイツ・オペラのホワイエ

 「金閣寺」の例に見るように、ベルリン・ドイツ・オペラは日本と縁の深いオペラハウスである。なんといってもこの劇場は、初めて日本に「引っ越し公演」を行ったオペラハウスなのだ。きっかけは1963年に開場した、日生劇場のこけら落としである。こけら落としの当日には、ベルリン・ドイツ・オペラの開場演目でもあった「フィデリオ」が、名指揮者カール・ベームの指揮で上演された。加えて「フィガロの結婚」も上演されている。いずれも、フィッシャー=ディースカウ、クリスタ・ルートヴィヒらキラ星のような名歌手がそろい、伝説的な公演として今なお語り継がれている。この時、ベルリン・ドイツ・オペラの監督だったグスタフ・ルドルフ・ゼルナーが、三島由紀夫の原作を読んで感動したことがきっかけで生まれたのが「金閣寺」である。

 ベルリン・ドイツ・オペラはその後も5度の来日を重ねた。1987年に行われた4回目の来日では、当時の劇場監督だったゲッツ・フリードリヒの演出で、ワーグナーの超大作「ニーベルングの指環」全4作を一挙に上演する快挙を成し遂げ、これも大変な話題となった。海外のオペラハウスによる「指環」の全曲上演は、もちろん初めて。日本のオペラ史において、きわめて重要な劇場なのである。

開演前の客席と舞台

 とはいえ、「市民の劇場」であるベルリン・ドイツ・オペラはとても身近で、カジュアルな印象を受ける劇場だ。19世紀のドイツ統一に貢献したプロイセン王国の宰相の名前をつけた大通り、ビスマルク通りに面して建つ外観はきわめてモダンで、権威ぶった「オペラハウス」らしいところはみじんもなく、周囲の景観にとけこんでいる。内部もシンプルだが音響はよく、規模が大きな割にはどの席からも舞台が近いのが利点だ。チケットの価格も、最上席は演目によって100ユーロちょっとから200ユーロ越えまでさまざまながら、安い席は20ユーロ台で買える。

終演後のレストラン風景

 筆者がはじめてベルリン・ドイツ・オペラを訪れたのは西暦2000年のこと。演目は「魔笛」だった。その後「椿姫」「アイーダ」などを観(み)たが、強烈だったのは売れっ子演出家のベネディクト・フォン・ペータースの演出による「アイーダ」(2015年プレミエ)。いわゆる「読み替え」演出で、時代は現代、ヒロインのアイーダは恋人ラダメスが妄想する理想の女性に設定され、現実の彼は、台本ではアイーダの恋敵であるアムネリスと結婚している。エチオピア軍を破ったエジプト軍の勝利を祝う場面である「凱旋の場」では、式典も「凱旋行進曲」が高らかに響く凱旋行進もなく、現実逃避するラダメスに、アムネリスが世界で起こっていることを知らしめるべく新聞をつきつけるという具合だ。バレエ音楽が奏でられている間にできあがっていくのは、アムネリスお手製のオープンサンドである。

 設定の可否はともかく、抜群だったのは音響効果で、オーケストラは舞台奥に置かれ(ただし指揮者は苦労するはず)、合唱団は観客に混じって客席に潜伏。第1幕の大合唱の場面で、突然客席から立ち上がって歌い出したのには驚き、圧倒された。国王や神官といった身分の高い人間が2階に配置され、威圧するかのように声が降ってきたのはさらに効果的だった。

「ハムレット」より、ダムラウ(左)とアベル (C)Bettina Stoss

 この6月、3年ぶりにベルリン・ドイツ・オペラを訪れた。お目当ては演奏会形式で上演されたトマ「ハムレット」。この劇場では、ややマイナーなオペラを演奏会形式で、一流どころのキャストをそろえて上演することが多い。この日も、名匠イヴ・アベルの指揮のもと、オペラ界を代表するプリマドンナのひとりディアナ・ダムラウ、躍進目覚ましいフランスのバリトン、フローリアン・センペイらオペラ界をリードする顔ぶれがそろった。ベルカントとフランスのロマン派が同居し、ワーグナーのようなスケールの大きさも持つ「ハムレット」というオペラの素晴らしさを思い知らされた、充実した公演だった。

       ◇    ◇    ◇

劇場公式サイト

https://deutscheoperberlin.de/de_DE/home

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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