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イタリア・オペラの楽しみ

オペラにおける「愛」の意味 たった1語の理解で変わる人物像

香原斗志

「トスカ」第2幕、欲望あらわにトスカへ言い寄るスカルピア=新国立劇場「トスカ」2018年公演より。新国立劇場で繰り返し上演されているディアツ演出版は、絢爛(けんらん)豪華な美術を用い、正統派なアプローチで人気だ 撮影:寺司正彦

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 オペラは恋愛が主題であることが多い。だからオペラの台本に出てくる「愛」という言葉が、いわゆる恋愛を意味することが多いのは事実だが、実は、「愛」には非常に多くの意味がある。

 以前、この連載で、プッチーニ「トスカ」第2幕でトスカが歌うアリア「歌に生き、愛に生き」(Vissi d’arte, vissi d’amore)は、「恋に生き」と訳されることがあるが、そこで歌われる「愛」は「恋」ではない、だから「恋に生き」と訳してはいけない、と書いた。「アモーレ amore」というイタリア語は、一般に「愛」とも「恋」とも訳されるが、このアリアで歌われているのは、恋人カヴァラドッシへの愛ではなく「神への愛」だから、「恋」という語はふさわしくない、と述べたのである。

 神という抽象的な存在を愛するという感覚は、キリスト教徒でなければ、なかなかピンとこないものらしい。とはいえ、イタリア・オペラに「アモーレ」という語が頻出する以上、その意味を正確に把握できるに越したことはない。そこで、あらためて、オペラにおける「愛」について取り上げたい。

 「アモーレ」という語をイタリア語の辞書で引くと、実に多くの意味が載っている。ウィキペディアでさえも、①自己愛、②無条件の愛、③親や兄弟への愛、④友情、⑤ロマンティックな愛、⑥性愛、⑦プラトニックラブ、⑧自然への愛、⑨抽象的な概念や無生物への愛、⑩神への愛、⑪普遍的な愛――と、11もの意味を記している。そのなかで、「恋」と訳すことができるのは、⑤、⑥、⑦の三つにすぎない。

 上記の意味のなかで、わけても日本人になじみが薄いのが「神への愛」だろう。だが、イタリア人には、ごく当たり前の概念である。イタリア語には、たとえば日常的に使われる「per l’amore di Dio」という慣用句がある。直訳すると「神の(神への)愛のために」だが、それが「お願いだから」、あるいは反語的に「冗談じゃない」という意味で用いられている。

 実は、16世紀半ば、イエズス会が日本に初めて伝えたのも、「神への愛」としての「アモーレ」だった。当時、日本に伝えられた同会によるキリスト教の教理書「どちりいなきりしたん」には、こう書かれている。

 「一には、ただ御一体のでうすを万事にこえて、御大切に敬い奉るべし。二には、我身のごとく、ぽろしもを思へという事是なり」

 「アモーレ」(スペイン語やポルトガル語ではアモール amor)は当時、「御大切」と訳された。「ぽろしも」とは隣人のことで、つまり、神への愛と隣人愛が訴えられている。「アモーレ」が男女の恋愛や性愛を表す語として日本に伝えられたのは、基本的には明治になってからである。

「神の愛」と「神への愛」はキリスト教の根本律法

 オペラの台本に頻出するアモーレの多くは、たしかに男女間の愛を表現している。しかし、たとえばヴェルディ「運命の力」の第4幕、死にひんしたレオノーラはドン・アルヴァーロに向かって、自分が先だって行こうとしている場所には「La cesserà la guerra, Santo l’amor sarà 戦いはなく、聖なる愛があることでしょう」と歌う。ここにおける愛は「神の愛」を意味すると推察される。

 だが、やはり、それ以上にわかりやすいのが「トスカ」の「歌に生き、愛に生き」である。ここであらためて、その訳詞を見ておこう。

 「私は歌(芸)に生き、愛に生きて、いままで人に悪いことをしたこともありません! 知り合った惨めな人には、手を差し伸べ、助けてきました。いつも真摯(しんし)に信仰し、私の祈りは聖なる祭壇に昇り、いつも真摯に信仰して、祭壇にお花を供えてきました。苦しんでいるときにどうして、どうして、神さま、私にこんな報いをするのですか。私は聖母のマントに宝石をささげ、星と天に歌をささげてきて、そうすると星と天はいっそう美しくほほ笑みました。苦しんでいるときにどうして、どうして、神さま、私にこんな報いをするのですか」

第1幕より、口づけをするカヴァラドッシをたしなめるトスカ=新国立劇場「トスカ」2018年公演より 撮影:寺司正彦

 上記の「どちりいなきりしたん」の一節と、見事に重ならないだろうか。トスカが自分は「ただ御一体のでうすを万事にこえて、御大切に敬い奉」り、「我身のごとく、ぽろしもを思」って生きてきた、と訴えている。

 キリスト教の重要な神学概念に「アガペー」がある。古代ギリシャ語に由来する語で、神の人間への絶対的な愛を表している。神は万人に、無差別で平等の、そして無償の愛を注いでいる。だから、その愛に答えるのが人間のあるべき姿で、具体的には「神への愛」と「隣人愛」の実践だ、とも説かれている。「どちりいなきりしたん」の一節もアガペーを表したものだ。

 実は、アガペーは日本の高等学校の「倫理」の授業でも習う。たとえば、NHK高校講座「倫理」の第12回のテーマは「キリスト教~神の愛に生きる~」で、和田倫明講師は「イエスの思想」として、次のように記している。

 「イエスの言行は、『新約聖書』冒頭に収められている4つの「福音書」に表われている。『旧約聖書』の世界では「おそろしい」存在であった神を、イエスは「愛」の神としてとらえ直した。神の愛(アガペー)は、無差別・無償の愛である。その神の愛にならって、「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして」つまり全身全霊をかけて神を愛すること(神への愛)と、「自分を愛するように」隣人を愛すること(隣人愛)の2つが、根本律法とされた」

人並み以上に信心深いトスカだから

 新約聖書のヨハネの福音書第14章には、この根本律法について、繰り返し述べられている。「もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです」「わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です」「イエスは彼に応えられた。『だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります』」「わたしを愛さない人は、わたしのことばを守りません」

 トスカは、イタリア人女性のなかでも極めて信仰心の篤い女性である。「トスカ」第1幕で、聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会を訪れたトスカは、人がいた気配に、カヴァラドッシがだれかと浮気をしていたのではないかと疑う。このとき、カヴァラドッシは否定してキスをしようとするが、トスカは「ダメでしょ。まずお祈りをして、お花をささげさせて」と、やさしくとがめている。また、浮気を疑われてもカヴァラドッシは、アンジェロッティをかくまったことを彼女に告げなかった。なぜか。その理由はカヴァラドッシ自身がアンジェロッティに、「トスカは善良な女性だが、信心深くて聴罪司祭になんでもしゃべってしまうから」と語っている。

第1幕より、カヴァラドッシはアンジェロッティに「トスカは信心深くて」と語る=新国立劇場「トスカ」2018年公演より 撮影:寺司正彦

 恋人が戸惑うほど信心深いトスカは、強い意志をもって、全身全霊で根本律法を守り、神を愛し、隣人を愛してきた。それなのに、自分が追いつめられたいま、神さまはどうして自分に無償の愛を注いでくれないのか。信心が深ければ深いほど、自らの窮地でそう毒づきたくなるのは、自然なことだろう。

 台本の一語の理解の仕方で、人物像が、あるいはオペラの全体像までが、大きく変わることもありうるのである。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、Webマガジン「ONTOMO」に「オペラに学ぶ『禁断の愛の学校』」を連載中。

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