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イタリア・オペラの楽しみ

最高の歌手陣による最高の上演が続いた2019年のロッシーニ・オペラ・フェスティバル

香原斗志

「とんでもない誤解」、ブラリッキオ役のルチャーノとエルネスティーナ役のイエルヴォリーノ

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 今年、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)は40周年を迎え、8月11日から23日まで開催された。芸術監督がアルベルト・ゼッダからエルネスト・パラシオに代わって4回目のROFは、かつて自身がすぐれたロッシーニ・テノールで、フアン・ディエゴ・フローレスらを見いだした声楽教師であり、一級のエージェントでもあったパラシオの手腕がさえた。

 主要なオペラは「セミラーミデ」「とんでもない誤解」「デメトリオとポリービオ」の3演目。目玉はロッシーニの最後のオペラ・セリアで、1823年にヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演された「セミラーミデ」だった。

 パラシオ監督はこう話す。

 「よい歌手に来てもらうため、少しでも早く契約するように努めていて、フアン・ディエゴ・フローレスが2022年にオペラに出演することもすでに決まっています。今年の『セミラーミデ』もかなり早くから、ミケーレ・マリオッティに指揮を頼むことと、主要な歌手については決めていました。2016年に『湖上の美人』で歌ったサロメ・ジーチャとヴァルドゥイ・アブラハミヤンを再び起用することは、かなり前に決めたのです」

サロメ・ジーチャがふんするセミラーミデ

 狙い通りのキャスティングだというわけだ。私は「セミラーミデ」はゲネプロ(総稽古=けいこ)と初日に鑑賞したが、実際、序曲から別次元であった。

マリオッティの異次元の指揮、極めつきの歌手陣

 この長い序曲がこれほど深く彫琢されたのを聴いたのは初めてで、一つひとつのフレーズはもちろん、すべての細部が全体のなかで意味を帯びていた。指揮のマリオッティは身体の動きが美しく、軽やかで、リズミカル。眺めているだけでロッシーニを感じるが、RAI国立交響楽団がそれに反応し、優美で瀟洒(しょうしゃ)な音を出す。だが締めるところは締められ、劇的な箇所は通常のロッシーニ演奏以上に劇的なのに、オーケストラの音は軽く、生気あるクレッシェンドがさえわたる。マリオッティは序曲で、聴衆の心をすっかり奪ってしまった。

 歌手もみな極めつきであった。セミラーミデを歌ったジーチャは、同地のロッシーニ・アカデミーで学んだ翌年、「湖上の美人」のヒロインに抜擢(ばってき)されたソプラノで、ゼッダもパラシオも彼女の声を「コルブランの声」だと評価していた。コルブランとは初演でセミラーミデ役を歌ったイザベラ・コルブランのことで、ナポリで上演されたロッシーニのオペラ・セリアもみな、コルブランの卓越した技巧を前提に書かれたものだった。

 ジーチャはパラシオの期待に応えた。随所にしつこいほど書かれ、跳躍や下降を伴うことも多いアジリタが、常に鮮やかに決まる。また、美しいピアニッシモが劇的な声との対比で生き、セミラーミデの心の揺れがリアルに伝わる。コントラルトのズボン役でセミラーミデの恋愛の対象だが実は息子、というアルサーチェを歌ったのは、先にパラシオが名を挙げたアルメニア出身のアブラハミヤン。劇的な声で歌われる様式を踏まえたアジリタは圧巻で、複雑な境遇に置かれた王子の心中がたくみに描かれた。

ヴァルドゥイ・アブラハミヤンふんするアルサーチェと神官たち

 かつて王妃であったセミラーミデをそそのかして一緒に王を殺害したアッスール役は、アルゼンチン出身のナウエル・ディ・ピエロで、端正だが力強いバスを聴かせた。アジリタも不足ないが、稽古の初期には声が回らなかったという。短期間でロッシーニらしい歌に仕上げるのもROFの底力であろう。インドの王子イドレーノを歌ったアントニーノ・シラグーザは、55歳にして驚異的に若い声を披露し、二つの至難のアリアもDを含む超高音も完璧。歌唱の完成度はなお高まり続け、いまや「レジェンド」と呼んでも差し支えあるまい。オローエ役のカルロ・チーニの巨大な声も、祭司長にふさわしかった。

 マリオッティにつかさどられて、音楽には隙(すき)が感じられない。セミラーミデの管弦楽はドラマティックで、それは十分に強調されたが、それでもオーケストラの音は決して重くならないのだ。あたかもマジックのようだった。

 演出はグレアム・ヴィック。繰り返し登場する巨大な目は、王の殺害という犯罪はすっかり見られている、ということを強調したものと思われる。幕が開くと舞台右にベッドがあって男の子が寝ているのは、アルサーチェも幼時にそれを見ていた、という意味だろう。その象徴として、巨大なクマのぬいぐるみも登場した。視覚的な好みは分かれたようで、初日は演出家に激しいブーイングが飛んだ。しかし、「マクベス」ほどではないが、犯罪を隠していることの心理的プレッシャーがドラマを動かしていることを考えれば、視点は的を射ていたのではないか。

歌手がそろえば十分に楽しめる初期の作品

 続いて「デメトリオとポリービオ」。初演は1812年だが、1810年に書かれたロッシーニの楽曲を中心に構成されており、事実上の処女作である。ダヴィデ・リベルモーレが演出し、2010年に上演された舞台の再演だが、台本の弱さを補うために、オペラ劇場の舞台裏で亡霊が繰り広げる物語に置き換えたところも、現代の劇場の舞台裏の情景と古典的な衣装に身を包んだ登場人物の対比も、あらためてさえていると感じた。指揮のパオロ・アッリヴァベーニも、作品の弱さを感じさせない音楽作りだった。

「デメトリオとポリービオ」、左からファッシ、プラット、モリナーリ、ガテル

 だが、それ以上にさえていたのは歌手だった。ポリービオの娘、リジンガ役のジェシカ・プラットは、すぐれたベルカント歌手だが、消え入るようなピアニッシモから力強いフォルティッシモまで強弱のレンジが増して、圧巻の歌唱。エウメーネ(デメトリオ)役は新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」で印象的なドン・オッターヴィオを聴かせたフアン・フランシスコ・ガテル。アジリタもたくみで、やや粘り気のある歌唱が王や父親役に生きる。ポリービオ役のバス、リッカルド・ファッシも水準以上だ。

 最も驚かされたのはシヴェーノ役のチェチーリア・モリナーリ。ジーチャと同じ2015年のアカデミア生で、きめ細かく、隅々まで洗練された声、完璧なアジリタで、今後のベルカントをリードするメゾ・ソプラノであると確信した。歌手がそろうと未熟な作品もこれほど高い水準で楽しめるのだ、と知らされた。

 最後の演目は、ロッシーニが19歳で書いたブッファ「とんでもない誤解」。貧乏な青年の、ある娘への恋を実らせるため、青年の友人が娘の婚約者に、実は娘は去勢したカストラートなのだと誤解させる、という、とんでもない物語だ。カルロ・リッツィの指揮の下でロッシーニらしく溌剌(はつらつ)とした、キレのいい音楽が奏され、舞台を額縁のなかで見せるモッシュ・ライザーとパトリス・コーリエの美しい演出が際立った。

ブッファの醍醐味(だいごみ)にあふれた「とんでもない誤解」の美しい舞台

 カストラートと「誤解」されるエルネスティーナは、メゾ・ソプラノのテレーザ・イエルヴォリーノの深い声と制御された装飾歌唱、コケティッシュな表現がすばらしい。その婚約者でだまされるブラリッキオは、よく響く存在感のあるバリトンで、動作も堂に入っているダヴィデ・ルチャーノ。この2人には今後のオペラ界を牽引(けんいん)していく力がある。エルネスティーナの父、ガンベロットを歌ったバスのパオロ・ボルドーニャも、ロッシーニの喜劇的バスとして理想の歌を聴かせた。

 パラシオは、最後のオペラ・セリア「セミラーミデ」と初期の作品を並べることで、「セミラーミデ」の完成度を知らしめると同時に、最初からすぐれた楽曲を書けたロッシーニの天才性をも示そうとしたのだろう。いずれにせよ、3作それぞれに、これほどバランスよくアーティストを配する手腕は並大抵ではない。

 来月は、今年のROF出演者へのインタビューをお届けする。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、Webマガジン「ONTOMO」に「オペラに学ぶ『禁断の愛の学校』」を連載中。

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