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アンコール

「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭 日本とポーランドの国交樹立100年を記念し広響が参加

秋山率いる広響&シンフォニア・ヴァルソヴィアとアルゲリッチ

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 2005年に始まった「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭は、毎夏、ワルシャワのフィルハーモニーホールや国立歌劇場などで開かれている。

 

 この音楽祭の趣旨は、ショパンの時代背景を踏まえ、彼の作品の紹介などの取り組みを行い、作品の歴史的な意義を明らかにすることだという。この音楽祭では、ピリオド楽器や古楽奏法による演奏が多いのも特徴である。しっかりと聴かせるプログラムが目白押しで、チケット代も廉価だ。

 

 15回目を迎えた今年のこの音楽祭は、8月14日から9月1日まで開催された。今回は、モニューシュコなどポーランド人作曲家のオペラもいくつか上演された。音楽祭の総監督を務めるスタニスワフ・レシチンスキに聞いたところ、ショパンの他に、今年のプログラムは生誕200年を迎えたモニューシュコをクローズアップしたという。

 この音楽祭には、世界各国から人気のあるアーティストが顔をそろえる。日本からは、鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンやピアニストの海老彰子、昨年のショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位の川口成彦、広島交響楽団の精鋭メンバーと終身名誉指揮者の秋山和慶と音楽総監督の下野竜也、そしてソプラノの天羽明恵とテノールの西村悟がこの音楽祭に参加した。

 広島交響楽団は、近年、音楽を通して平和を発信することを目的としているMusic for Peaceというコンサートを開催している。日本とポーランドの国交樹立100年を迎えた今年は、Music for Peaceを「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭でも行った。21人の広響メンバーがポーランドを訪れ、シンフォニア・ヴァルソヴィアのメンバーと合同演奏をした。

 注目すべき共演者のひとりは、広島交響楽団の平和音楽大使を務めるピアニストのマルタ・アルゲリッチである。彼女について、レシチンスキは「誰からも尊敬される象徴的存在」と語る。

 筆者は、8月17日と18日に行われた広島交響楽団とワルシャワのシンフォニア・ヴァルソヴィアとの合同演奏会をリポートする。

8月17日

 前半は、アルゲリッチを迎えてリストのピアノ協奏曲第1番。当夜の演奏で、トライアングルをオーケストラ前方へ配置したのは、アルゲリッチのアイデアとのこと。リストのこの作品を何度も振ってきた秋山も、初めての経験だったという。

 第1楽章冒頭からオーケストラは密度の高い音楽を鳴り響かせる。その堂々とした力強い第1主題に対して、ピアノは雄々しく華やかなパッセージを打ち鳴らす。オーケストラの中にあって、ピアノは圧倒的な存在感を示していた。

 実はリハーサルの時、第2楽章の高音部から中音部にかけての音域を何度も弾いていたアルゲリッチ。その意味が本番に示されていた。楽章後半の高音部におけるトリルや細やかなパッセージを、ピアノは粒立ちの美しいきらびやかな音でしなやかに奏でてゆき、第3楽章のトライアングルのパートへと受け渡す。第3楽章でも、彼女はトライアングルとの掛け合いを楽しんでいるかのようだ。フィナーレでは、ピアノのすさまじい妙技とオーケストラの鋭敏なリズム創出と大きな音のうねりとが相まって、壮麗なリストの世界を築き上げた。

 アルゲリッチは、鳴りやまない拍手に応えてリスト=シューマン「献呈」を演奏した。

ベートーヴェンの「第九」では天羽や西村らソリストとポドラシェ歌劇場フィルハーモニー合唱団が高水準の歌声を披露した

 休憩をはさんで、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。壮大なスケールのこの作品を、秋山は堅実につくり上げた。

 冒頭の空虚5度の連続を、オーケストラは粛々と積み重ね、第1主題をドラマティックに奏する。その響きは、孤高の作曲家の姿を映し出しているかのようである。第2楽章では、スケルツォらしい弾むようなリズムとなめらかなメロディーの対比を大きく示す。トリオにおけるホルンや木管楽器の生み出す牧歌的な響きは、穏やかな平安を思わせる。第3楽章では心地よい緊張感に包まれ、弱奏の濃淡のなかをメロディーは綿々と歌い上げられた。

 第4楽章で驚いたのは合唱のポドラシェ歌劇場フィルハーモニー合唱団である。48人の小編成であったが、その一人一人の水準の高さと豊かな声量は圧倒的だ。大胆な強弱や長いクレッシェンドも明確に示し、アクセントや透明感あふれる美しい声質は、モニュメンタルなこの作品のフィナーレに華を添えた。天羽と西村も、この国際的な舞台で見事な歌唱を披露した。

 円熟味を増した秋山の渾身(こんしん)のタクトと、コンサートマスターの佐久間聡一のリード、そして出演者との一体感が心に残る。

8月18日

 プログラム前半は、ポーランドにゆかりのある作曲家と藤倉大の作品、そして後半はショパンという構成。下野の細やかな、かつエッジの利いたタクトが好演に寄与していた。

 まず、スタニスラフ・モニューシュコ(1819~72年)の演奏会序曲「バイカBajka」。初期ロマン派のハーモニーの色合いや豊かなメロディーが印象的なこの作品を、下野は鋭いタッチで描き上げ、バランス感覚のすぐれた演奏を披露した。

 続いてはアンジェイ・パヌフニク(1914~91年)の「平和への行進」。一貫して打楽器のリズムが繰り返されるなか、メロディーやモチーフの反復が行われる。緩やかな音楽の流れのなかで、さまざまな響きが混ざり合う様を、オーケストラは丹念に奏でてゆく。

 クシシュトフ・ペンデレツキ(1933年~)の有名な「広島の犠牲者に捧げる哀歌」。弦楽オーケストラは無限大の響きの世界を創出。しかし、筆者はむしろ多様な響きの間にたたずむ無音の世界に引き込まれた。

 そして1977年生まれの藤倉のポーランド初演「オーケストラのための〝Umi(海)〟」は、彼のオペラ「ソラリス」に由来する音楽。メロディー的な要素とともに広く深い音空間に漂う神秘に満ちた響きを、とりわけ弦楽器の細やかな運弓を通して繊細かつ透き通るように表現。会場には藤倉も臨席し、聴衆から拍手喝采を浴びていた。

自身の作品のポーランド初演を会場で見守った藤倉大

 後半は、ショパンのピアノ協奏曲第2番。直前にソリストがネルソン・フレイレから1985年のショパン・コンクール入賞者、クシシュトフ・ヤブウォンスキへと変更。この演奏では、ショパン本来の楽譜を生かしたとされるエキエル版が使用されていたが、それはフレイレのリクエストだったそうだ。

 ピアノ協奏曲のエキエル版は、従来のスコアよりも書法的に響きの厚みがそがれており、オーケストラもその点をしっかりと捉えて丁寧にアプローチしてゆく。ヤブウォンスキは、壮麗なヴィルトゥオーソとともに繊細さを併せ持つ、ロマンティックな情趣が魅力のピアニストだ。とりわけ、メロディーを音の言葉で語るような自然な息遣いやリズム感は、ショパンと同郷の彼ならではの表現と言えよう。第3楽章の舞曲風のリズムも左手のステップがさりげなく、その音楽は気品に満ちあふれている。この作品のなかで、オーケストラは淡い色彩のハーモニーを引き立てていた。また、ファゴットをはじめ、木管楽器の一人一人の演奏水準の高さが心に残る。

 ヤブウォンスキのアンコールは、ポロネーズ第6番「英雄」など3曲。

ヤブウォンスキ(左)と指揮者の下野

 会場のフィルハーモニーホールは、立ち見が出るほどの盛況ぶり。聴衆のなかには、松井一実広島市長の姿も見られた。

 広島とワルシャワ……第二次大戦で壊滅的な被害を受け、ともにその苦難を乗り越えてきた両都市の人々の平和への祈りが、会場に満ちあふれていた。(道下京子)

公演データ

【「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭2019】

8月17日(土)20:00  ワルシャワ・フィルハーモニーホール

指揮:秋山和慶

ピアノ:マルタ・アルゲリッチ

ソプラノ:天羽明恵

メゾ・ソプラノ:モニカ・レジョン=ポルシンスカ

テノール:西村悟

バリトン:ラファウ・シヴェク

管弦楽:広島交響楽団&シンフォニア・ヴァルソヴィア 合同オーケストラ

合唱:ポドラシェ歌劇場フィルハーモニー合唱団

リスト:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」ニ短調

8月18日(日)20:00 ワルシャワ・フィルハーモニーホール

指揮:下野竜也

ピアノ:クシシュトフ・ヤブウォンスキ

管弦楽:広島交響楽団&シンフォニア・ヴァルソヴィア 合同オーケストラ

モニューシュコ:バイカ

パヌフニク:平和への行進

ペンデレツキ:広島の犠牲者に捧げる哀歌

藤倉大:オーケストラのための〝Umi(海)〟

ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調

筆者プロフィル

 道下京子(みちしたきょうこ) 東京都大田区生まれ、広島・世羅育ち。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)卒業、埼玉大学大学院文化科学研究科(日本アジア研究)修了。音楽月刊誌「音楽の友」「ムジカノーヴァ」「ショパン」への寄稿や、コンサートのプログラムやCDのライナーノートなどに曲目解説やエッセーなどを執筆。共著は、大学院在学中に出版された「ドイツ音楽の一断面――プフィッツナーとジャズの時代」など。

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