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アンコール

仙台フィルの今季注目の2公演から~山田和樹と鈴木雅明の客演

2年ぶりの客演 山田和樹のモーツァルト

 8月31日、かつてミュージック・パートナーを務めた山田和樹が、仙台フィルで再びタクトを執った。「永遠のジュピター」と題した公演は交響曲第35番「ハフナー」に続き、オーボエ協奏曲、最後に交響曲第41番「ジュピター」を組み合わせたオール・モーツァルト・プログラム。およそ2年ぶりとなる公演は、チケットも完売になるなど大きな期待と注目を集めた。

2年ぶりの仙台フィル客演となった山田和樹とオーボエ首席奏者の西沢澄博

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 プレトークで自身をモーツァルトの生まれ変わりと称するほどモーツァルト愛を公言する山田だが、実は演奏機会はあまり持たないという。それは、「指揮者のセンスはもちろん、オーケストラとの対話ができなければ演奏できないから」だそうで、かねて相性の良さを口にする仙台フィルとの、満を持してのプログラムとなった。

 ノン・ヴィブラート奏法はしないと明言したように、演奏はいわゆるピリオド・アプローチではなく、熱を帯びアグレッシブ。弦が柔らかく同じ響きをたたえ、軽く洒脱(しゃだつ)で内省的な部分を持ち合わせる――そんなモーツァルトを想像していた筆者は、この自由な演奏がとても意外に感じられた。「ハフナー」では弦セクションが鋭い響きでしっかりと鳴らし、スピード感や快活さが前面に出てくる。個々のセクションはけっして均一的な音色ではないが、不思議とそれが多声部の織り合いを活発に聴かせ、ハーモニーを際立たせていた。特に第4楽章は山田らしい演奏で、ユーモアが顕著に表れ、コミカルでリズミカルな楽章の魅力が存分に伝わってくる。さらに低弦による同じパッセージの繰り返しでは丁寧にその意味を説くように聴かせ、フレーズのひとつひとつが息づくようだった。

 オーボエ協奏曲では首席奏者の西沢澄博がソロを務めた。西沢は、在京の評論家たちが聴きに来た折、「あのうまいオーボイストは誰?」と尋ねるほど、その実力には定評がある。

 第1楽章では指揮者の山田と西沢のアプローチの違いが顕著で、ユーモラスで快活な山田のそれに対して西沢は冷静で生真面目なほど。その対比が少し硬さを生み出しているようにも感じられた。しかし第2楽章以降はそれも徐々に溶け合い、研ぎ澄まされたオーボエの旋律を第2ヴァイオリンやヴィオラが表情豊かに彩る。前曲とは一転して心地よい緊張感の中、息の合ったアンサンブルが緩急を際立たせ、えもいわれぬ親密な協奏を味わうことができた。

 ノン・ヴィブラートではないためだろうか、山田のモーツァルトは素朴だったり洗練されていたりする昨今の演奏とは一線を画しており、情熱的で無鉄砲な雰囲気をたたえている。「ジュピター」も同様で、それが特に第1楽章の朗らかな曲調を引き立て、ときにモーツァルトのひらめきを映し出すようにも感じられた。半面、特にテーマが有機的な結びつきを持って現れる第3楽章から4楽章にかけては、各テーマを滔々(とうとう)と重ねながら、この作品のもっとも大きな特色であるフーガ調の響きを大きなうねりとともに壮麗に奏でた。当時バッハの音楽に接してインスピレーションや、あるいはもっと深い思いを抱いたかもしれないモーツァルトの状況を思えば、この曲にはこのぐらい熱をおびたフィナーレも良いのかもしれない。

 全体を通して今回の演奏は、微に入り細に入り音楽を作り込む印象はなかったが、結果としてモーツァルトの天才的なひらめきやセンス、名曲と言わしめる様式美を聴かせるものだった。

鈴木雅明が仙台フィルに初客演

 9月13、14日には、バッハ・コレギウム・ジャパンの創設者、鈴木雅明が初めて仙台フィルに客演した。言うまでもなく鈴木はバッハ演奏の第一人者だが、近年はチャイコフスキーやショパンなど、従来のイメージを覆す作品を各所で取り上げ、鋭い解釈で作品にみずみずしい命を吹き込んでいる。今回はブラームスの悲劇的序曲に始まり、ハイドンの交響曲第104番「ロンドン」、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」とまさに王道のプログラム。筆者は14日のマチネ公演を聴いた。

仙台フィルへは初の客演となった鈴木雅明

 やはりオーケストラの配置はブラームスからステージの左右にヴァイオリンを配した対向配置(あるいは両翼配置というべきか)を採った。「悲劇的序曲」冒頭からキレの良さが際立ち、一つ一つのフレーズは細かな感情を帯びたようなうねりとなって重なり合う。またスタッカートや符点のリズムを軽やかに効かせ、躍動感のある音楽を奏でた。

 ハイドンとメンデルスゾーンは、筆者が聴いた最近の仙台フィルの公演の中でもっともアンサンブル力にたけ、響きの点でもガラりと変わった瞬間だったように思う。まずは「ロンドン」。澄んだ音色からノン・ヴィブラート奏法のようにも感じられたが、一部の奏者の手元で微妙にヴィブラートをかける様子も見られたため、ごく控えめなヴィブラート、と表現しておこう。ヴィブラートなしでは、へたをすれば演奏の粗が浮き彫りになり、作品の魅力を伝えるどころではない。おそらくそれもあって、向き合って配置された第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンは互いを聴き合って実に親密な掛け合いを作り出し、チェロやコントラバスなど他のパートもいつになくアイコンタクトが盛ん。見るからに数段神経を割いて音やフレーズを紡ぎ合っていた。対向配置による公演は、近年、仙台フィルでも増えているが、その最大の利点、各々の掛け合いが「ステレオ効果」を持って響き合うのをはっきりと味わえたのは、正直これが初めてである。

 当然、それは表現にも直結していた。アーティキュレーションが明白でスラーが生き、休符が劇的なまでに効いてパッと緊張感をもたらす。特に第3楽章はのびやかさと気品に満ち、続く第4楽章ではアクセントを効果的に用いながら細かい表現を重ねた。細部へのこだわりを持ちつつ一体となって練り上げる渾身(こんしん)のフィナーレは、まさに圧巻であった。

 プレトークで鈴木は、メンデルスゾーンを「高貴な精神の持ち主」と形容していた。続く「スコットランド」では、ヴィブラートを意図的に用いながらも、この作曲家特有の透明感をたたえた響きでその「高貴さ」を音にしていたように思う。ホールが音に包み込まれるような感覚を覚えるのは、個々の奏者が紡ぐ各音が「響き」をたたえているからに他ならない。トゥッティで同じ音型を奏でるときも、木管がソロを奏でるときも、ピツィカートを奏でるときも、常に響きへの意識が失われることがなかった。結果としてそれは精度の高いアンサンブルを生み出し、特に3楽章以降、コントラバスの深みが効果的に音の広がりを支え、豊かな情感に彩られつつ、良い意味で緊張感のある音楽を作り出していた。

 鈴木の解釈は、今回のように聴きなれた作品でさえ、その「聴きなおし」を促すがごとく、音楽の魅力と向き合わせてくれる。加えて今回は、個々の技量を引き出す指揮者の感性や力が、これほどまでにオーケストラの質を高めるものかと感じ入り、意義深いマチネとなった。(正木裕美)

公演データ

【山田和樹×仙台フィル vol.6 〜永遠のジュピター〜】

8月31日(土)15:00

日立システムズホール仙台・コンサートホール

指揮:山田和樹

オーボエ:西沢澄博(仙台フィル オーボエ首席)

モーツァルト:交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」

モーツァルト:オーボエ協奏曲ハ長調K.314

モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」

【第330回定期演奏会】

9月13日(金)19:00、14日(土)15:00

日立システムズホール仙台・コンサートホール

指揮:鈴木雅明

管弦楽:仙台フィルハーモニー管弦楽団

ブラームス:悲劇的序曲Op.81

ハイドン:交響曲第104番ニ長調 Hob. Ⅰ,104「ロンドン」

メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調 Op.56「スコットランド」

筆者プロフィル

 正木裕美(まさき・ひろみ) クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在は仙台市在住。「音楽の友」編集部では、全国各地の音楽祭を訪れるなどフットワークを生かした取材に積極的に取り組んだ。東日本大震災以後、仙台に移り住み、同市を拠点に東北各地の音楽状況や音楽による復興支援活動などの取材に力を入れている。

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