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イタリア・オペラの楽しみ

ロッシーニ・オペラ・フェスティバル インタビューで浮き彫りにする「今年の特徴」と「歌手の魅力」(上)

香原斗志

「セミラーミデ」で表題役を歌ったサロメ・ジーチャ(C)Tomokazu Hara

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 指揮者、演出家、歌手の水準が高い次元でバランスされていた今年のペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)。今月は、注目すべき歌手たちの肉声を通じて、今年のROFの特徴および歌手たちの魅力を浮き彫りにしたい。

生来の「セミラーミデ」、ジーチャ

 オープニングの演目「セミラーミデ」は、ロッシーニがイタリアのために書いた最後のオペラで、芸術監督のエルネスト・パラシオは「音楽による巨大な記念碑で、かなり前から準備をしてきた」と語る。その表題役を歌ったジョージア出身のサロメ・ジーチャの起用は、「2016年に彼女が『湖上の美人』のエレナを歌ったときに決めた」という。

 装飾歌唱の卓越した技巧と深い響きを併せもつジーチャについて、前芸術監督の故アルベルト・ゼッダとパラシオの2人が共に、「コルブランの声だ」と語るのを筆者は聞いている。コルブランは「セミラーミデ」以外に、ロッシーニがナポリのために書いた九つのオペラ・セリアのヒロインを初演で歌ったソプラノである。ジーチャは、2015年のロッシーニ・アカデミーで学んですぐにそう評価され、いまスター街道を歩み出している。

ROF芸術監督を務めるエルネスト・パラシオ(C)Tomokazu Hara

 さて、ジーチャがここに至るまでだが、

 「音楽院で6年、ピアノを勉強したのですが、周りから『いい声なので歌ってみるべきだ』と勧められ、21歳で歌を始めました。子供のころからよくオペラを見ていましたが、職業としては考えていませんでした。ジョージアではプッチーニやヴェルディを勉強しましたが、ローマのサンタ・チェチーリアのアカデミーでレナータ・スコットに教わり、多くのことに気づかされました。スコットからロッシーニを歌うように勧められ、試みると、私にはアジリタが容易で、スコットは『サロメはとても自然なアジリタが歌える』と言ってくれました。そしてスコットの息子さんに勧められ、ペーザロのロッシーニ・アカデミーで学びました。私は27歳か28歳でしたが、そのとき『セミラーミデ』を勧められ、大変な名誉を感じました」

 実際に歌ってみて、どうだったのだろうか。

 「一番大変なのは、正味4時間と長すぎることです(笑い)。だから、最後までもつようにエネルギーの配分を考える必要があります。それを除けば、とっても自然に歌える快適な役ですね。なにしろ戦闘的な女王の役で、あらゆる表現が要求されるし、アジリタもドラマティックで音楽も少し悲壮な感じですが、歌う喜びが感じられます」

「セミラーミデ」のジーチャ(アルサーチェ役のアブラミヤンと)

 ところで、ジョージアは人口390万人の小さな国だが、最近でもソプラノのニーノ・マチャイゼやメゾソプラノのアニタ・ラチヴェリシュヴィリをはじめ名歌手が多く輩出する。理由があるのだろうか。

 「ジョージアでは音楽が大切にされています。民族音楽の長い歴史があり、オペラも1800年代から受容され、歌唱芸術に夢中になる人が多いんです。黒海があって少しイタリアに似た気候も、よい影響を与えていると思います」

「処女作」で存在感を示したプラットとガテル

 今年のROFのユニークな点の一つは、ロッシーニのオペラ・セリアの最高峰である「セミラーミデ」の翌日に、処女作「デメトリオとポリービオ」を上演したことだ。そこでリジンガという役を歌ったイギリス出身のソプラノ、ジェシカ・プラットによれば、若書きならではの困難があったという。

 「ロッシーニが声に無知なころの作品ですからね。歌手が呼吸していることさえ知らなかったんじゃないか(笑い)と思えるほどで、呼吸は切れず、2オクターブも跳躍する。最初のアリアはコロラトゥーラが長くて複雑なうえ、高いレを5回繰り返すんです。恐ろしいですよ(笑い)。人間の声で表現する音楽ではないです。でも、それもよい挑戦でした」

「デメトリオとポリービオ」でリジンガ役を歌ったジェシカ・プラット(C)Tomokazu Hara

 ダヴィデ・リヴェルモーレの演出は、オペラ劇場の舞台裏で亡霊が繰り広げる物語に置き換えていたが、これをプラットはこう評価する。

 「このオペラの台本は完成度が低いので、ダヴィデがやったような魔法のような仕掛けで視点を変えないと、おもしろくないと思う。ダヴィデの発想のおかげで音楽にもリズムが生まれました」

 ゼッダ監督時代からROFの常連であるプラットの来歴だが、

 「父がテノールで、子供のころから父のレッスンを聞きながら私も歌いたいと思っていました。7歳の時、父から楽器をやるように言われてトランペットを選び、以来、19歳まで楽団で演奏し、その後、本格的に歌を始めたんです。最初は父と勉強し、23歳のときにイタリアに来て、ローマのサンタ・チェチーリアのアカデミーでレナータ・スコットに学びました。音楽院では学んでいなくて、大学は行きましたが専攻は心理学と人類学。でも心理学は舞台で演じる人物に対し、ある視点をもつうえで役立ちます」

 ロッシーニやベルカントには、どのように導かれたのだろうか。

「最初からコロラトゥーラと高音は容易でした。イタリアに来ると指揮者のジェルメッティからローマ歌劇場で勉強するように招かれ、そこで初めて見たのがデヴィーア、バルチェッローナ、ヒメネスが歌った『タンクレディ』でした。毎晩夢中で見て、強烈な印象を受け、デヴィーアのように歌いたいと思いました。その後、彼らが歌う『セミラーミデ』にも接しました。タイミングに恵まれていたんですね。ただ、ペーザロのアカデミーは3年間、オーディションを受けて採用してもらえなかったのですが(笑い)」

エウメーネ役を歌ったフアン・フランシスコ・ガテル(C)Tomokazu Hara

 一方、エウメーネ役を歌ったのは、今年5月、新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」のドン・オッターヴィオ役で、高貴なフレージングが話題になったフアン・フランシスコ・ガテル。彼もプラット同様、処女作ならではの苦労を語った。

 「ロッシーニが声を知って書く経験をする前の作品なので、一部の曲はかなりきつかった。後の作品は難しそうに見えても、声を出すうえで快適なのですが、このオペラは喉を準備するのに時間がかかりました」

 彼が卓越したモーツァルト歌手であることは新国立劇場で明らかになったが、同時にすぐれたロッシーニ歌手である。そこに至るまでを聞いた。

 「父は弁護士、母はスペイン文学の教授ですが、2人とも音楽好きで、父はギターを弾いて歌っていました。僕もアルゼンチンの家で、子供のころからカルーソーの録音に合わせて叫んだりしていたんです。ただ、『歌を学ぶなら声が変わるまで待て』と父に言われ、それまではピアノを勉強させられ、声変わりと同時に歌を始めました。21歳まではスペインで学び、その後、フィレンツェで合唱を務め、徐々にソリストとして歌うようになりました」

「デメトリオとポリービオ」のガテル

 能力を正確に見抜ける教師にも恵まれていたようだ。

 「アルゼンチンで最初に就いたダニエル・ツッパ先生が僕に最初に歌わせたのが『ドン・ジョヴァンニ』と『セビーリャの理髪師』でした。そして、いまもモーツァルトとロッシーニをいつも同時に歌っています。僕は本質的にモーツァルト歌手だと思いますが、最初からアジリタは容易で、ロッシーニも自分に合うと思うようになって、オペラ・セリアも歌いはじめています」

 もう一つの演目、「とんでもない誤解」では、ぜひ紹介したい歌手が歌っていた。(続く)

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、Webマガジン「ONTOMO」に「オペラに学ぶ『禁断の愛の学校』を連載中。

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