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イタリア・オペラの楽しみ

ロッシーニ・オペラ・フェスティバル インタビューで浮き彫りにする「今年の特徴」と「歌手の魅力」(下)

香原斗志

ダヴィデ・ルチャーノ (C)Tomokazu Hara

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 今年8月のペーザロにおけるロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)には、バランスのとれた上質な公演が並んだことは、すでに書いた。主要3公演のうち三つ目に上演されたのが、1811年に初演されたロッシーニ最初期のオペラ・ブッファ(ドランマ・ジョコーゾ)、「とんでもない誤解」で、今回はこれに主演した2人の歌手を取り上げる。この2人は間違いなく、今後のオペラ界を牽引(けんいん)していく現代を代表する歌手になる、と予言しておきたい。

声も演技も圧倒的存在感のルチャーノ

 一人はブラリッキオという、婚約者のエルネスティーナが「実は去勢したカストラートなのだ」という「とんでもない誤解」をさせられてしまう役を歌ったバリトン、ダヴィデ・ルチャーノである。一昨年、ROFで「試金石」に出演した際は、指揮をしたダニエーレ・ルスティオーニが大絶賛し、昨年は「セビーリャの理髪師」のフィガロで、闊達(かったつ)な動作と強い目力、弱音まで制御された輝かしい声で、圧倒的な存在感を示した。しかし、デビューするまでの道のりはクラシック音楽のエリートとは異なり、「オペラの勉強を始めたのは19歳から」だという。

 「ナポリ近郊のべネヴェントの出身で、父はポピュラー音楽の歌手で、いつも家でギターを弾きながらナポリ民謡を歌っていました。祖父もセレナード歌いで、まねして歌ううちに僕にも声があると気づいたんです。14~15歳のころは父と一緒に広場やレストランで歌いましたが、マイクは要りませんでしたね。でも自己流だったので、ちゃんと学ぶために19歳で音楽院に入りました。しかし、知っているのはナポリ民謡とポップスだけ。オペラはなにも知らず、ナポリのサン・カルロ劇場にも一度も行ったことがなかったんです。1年勉強してから音楽院の仲間と初めてサン・カルロ劇場に行って、モーツァルトの『後宮からの逃走』を見て、感動して泣きました。こうしてオペラにほれてしまいました」

ブラリッキオにふんしたダヴィデ・ルチャーノ

 スタートは遅かったが、先生に恵まれたという。

 「勉強を始めてすぐジョアッキーノ・ザレッリという、ロッシーニのレパートリーに精通した先生に出会いました。ロドルフォ・チェレッティの弟子です。自分に合う人に出会うまで先生を10回くらい変えた、という歌手は大勢いますが、僕はすぐに見つけられたんです。そして、オペラをよく知らないころからベルカントをたたきこまれました。ですから僕は、どんな役も大げさに表現するのは嫌いで、エレガントに歌いたい。ブッファの役は大げさに歌えば簡単ですが、僕はブラリッキオというバカげた役でもエレガンスを保つように意識しています」

 堂に入った演技は、どのように学んだのだろうか。

 「映画を見て学んだんですよ、ヴィットリオ・デ・シーカ、デ・フィリッポ、マッシモ・トロイージ、トト……。小さいころからイタリアの偉大な俳優の映画をみんな見て、まねしてきましたから」

 今後、どのような役を歌うようになるのだろうか。

 「僕の夢は数年以内にROFで『ギヨーム・テル』を歌うことです。あと『ドン・ジョヴァンニ』は大好き。役はセリアにも広がっています。『ロベルト・デヴェリュー』はすでに歌って、来年はサン・カルロ劇場で『清教徒』にデビューします。2021年には『ドン・カルロ』を歌い、22年にはMETで『蝶々夫人』に出ます。しかし、レパートリーが広がってもベルカントは声への薬草です。テクニックへの認識が欠けていると、ヴェルディを歌うときなど声を引っ張りがちですが、それではロッシーニは歌えません。強い音を出すのは簡単ですが、強い音ばかりでは退屈。聴衆の心を奪うようなピアノや豊かな表情が必要で、ベルカントを歌うテクニックがそれを助けてくれます」

コントラルトの響きをもつイエルヴォリーノ

 エルネスティーナを歌ったテレーザ・イエルヴォリーノもナポリ近郊の出身だ。彼女は2014年、故アルベルト・ゼッダと一緒に来日し、東京フィルの定期演奏会でロッシーニのカンタータ「ジョヴァンナ・ダルコ」を歌い、その際、私は彼女についてある記事に「高度なアジリタのテクニックと高い音楽性、そして艶のある深い声を兼ね備えたメゾソプラノの逸材で、こちらは25歳とは思えない完成された歌を聴かせる」と書いた。その際のことを尋ねると、

 「その前年、私はペーザロのロッシーニ・アカデミーのオーディションを受け、ゼッダ先生に『きみの歌は好きではない。音楽的によくない』と言われて落ちたんです。ところがその翌年、ゼッダ先生に呼ばれたものだから、私も混乱しました。東京でのコンサートの前にゼッダ先生から『きみは現代における最高のロッシーニの声の一人だ』と言われて、『去年は要らないって言ったじゃない』と思いましたが、先生は『神さまではないので間違えることもある』と」

テレーザ・イエルヴォリーノ

 そんな彼女の来歴は、不思議とルチャーノに似ている。

 「家族に音楽家はいませんが、祖母はナポリ民謡を歌うのが好きでした。8歳のとき、なにか習い事をということで、ピアノを始めましたが、その後、ポップスを歌うようになりました。でも父に、やるならちゃんと勉強しなければだめだと言われ、オペラの歌唱の勉強を始めたんです。私、オペラなんて大声で叫んでいるだけだと思っていて、嫌いだったんですけど、パヴァロッティとスコットの『ラ・ボエーム』のDVDを見たら感動して泣いてしまって、本気で勉強する気になりました。17歳のときで、21歳でデビューしました」

 ナポリの出身者らしく陽気で前向きな性格も、力を伸ばすのに寄与しているようだ。

 「私はアジリタが最初から容易でしたが、そうしたテクニックも含め、ロッシーニは歌っていて楽しいです。勉強し続けることは必要ですが、楽しみ遊ぶことも大事。私は歌いながら感情を込めつつ遊んでいます。そうすることで自然な歌になると思うんです。エルネスティーナは本ばかり読み、片言でしゃべる変な女の子ですが、私はそれを奇妙なものとして演じるのではなく、エルネスティーナの言語を自分の言語だと感じるようにしていて、するとすべてが自然になります。彼女の喜劇性も、彼女が自然に話すように歌うことではじめて生まれます」

エルネスティーナにふんしたテレーザ・イエルヴォリーノ

 今後の予定を聞いてみた。

 「ロッシーニでは11月にナポリで『エルミオーネ』にデビューします。来年はベルリン州立歌劇場で『セビーリャの理髪師』、バイエルン州立歌劇場で『ラ・チェネレントラ』、フィレンツェやヴェネツィアでヘンデル『リナルド』に出演するほか、4月にはバルセロナでディドナートと一緒に『セミラーミデ』です。バイエルンで『ナブッコ』のフェネーナにもデビューします。近い将来、『ラ・ファヴォリト』を歌いたい。10年あるいは15年後の目標としては、アムネリスを歌ってみたい」

 残念ながら、2人とも来日の予定はないというが、ルチャーノは肩に歌舞伎のタトゥーを入れているほどの親日家。イエルヴォリーノもしきりに「また日本に行きたい」と言っていた。来日の実現を祈りたいが、たとえ実現しなくても、最高峰のベルカント歌手として2人の名前を記憶に留めておいて損はない。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、Webマガジン「ONTOMO」に「オペラに学ぶ『禁断の愛の学校』」を連載中。

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