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アンコール

10月開催の在京オーケストラ公演レビュー

長きにわたり都響との信頼関係を築いてきた小泉和裕 東京都交響楽団提供/(C)Hotta_Rikimaru

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 10月に開催された在京オーケストラの定期公演の中から注目のコンサートをピックアップして振り返る。

【井上道義指揮 NHK交響楽団10月定期公演Aプログラム】

 NHK交響楽団の10月定期公演は、このところ毎年のように登場し事実上の〝首席客演指揮者〟的な役割を果たしているトゥガン・ソフィエフ(B、Cプログラム)と井上道義(Aプロ)の指揮で多彩なプログラムが披露された。今回注目するのは井上によるAプロ。グラスの2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲とショスタコーヴィチの交響曲第11番ト短調「1905年」という演目だ。

 ミニマル音楽(一定のモチーフやリズムを延々と繰り返しながら徐々に展開していく1960年代、米国で生まれたスタイル。ジャズの要素も盛り込まれる)の大家フィリップ・グラスの「2人のティンパニスト…」は、パーカッション界のパガニーニの異名を持つジョナサン・ハース(1955年、米国生まれ)のために作られた作品。多数のティンパニを使って複雑なリズムやメロディーを奏でる難曲である。

 ティンパニを演奏したのはN響の2人の首席奏者、植松透と久保昌一。大小15台ものティンパニを駆使し、頻繁に音を変えながら全身を使っての演奏は視覚的にも驚くべきもので、かなりの技巧が要求される。感心したのは、そんな複雑かつ激しいドラムワークを繰り広げながらも2人が一音たりともおろそかにせずに、常に音楽的なサウンドを発し続けたことである。マレット(バチ)とヘッド(太鼓の皮)が当たる際に衝撃音を伴うことなく、曲想に合わせて音色を変化させ、オーケストラと緊密に対話するかのような演奏であった。2人ともドイツ・スタイルのプレイヤーで、ティンパニを単なる打楽器としてではなく、他のパートとのハーモニーも重視すべき楽器であると捉えていることが分かる。植松はN響のゲスト首席も務めた往年の名手ペーター・ゾンダーマン(故人、元シュターツカペレ・ドレスデン首席)とライナー・ゼーガース(前ベルリン・フィル首席)、久保は同じくゾンダーマンとカラヤン時代のベルリン・フィルを支えたオズワルト・フォーグラーが師匠である。ドイツの匠(たくみ)たちの名人芸が日本のプレーヤーに受け継がれていることを示すヴィルトゥオーゾ的演奏であった。

2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲より、植松透と久保昌一(ティンパニ)、指揮者の井上道義 写真提供:NHK交響楽団

 後半は井上が得意とするショスタコーヴィチの交響曲から第11番。1905年1月に発生した「血の日曜日事件」を題材とする一方で、作曲当時に勃発したハンガリー動乱(56年)を重ね合わせて批判しているとの解釈もなされる(作曲家本人による直接的な証拠はない)作品である。井上は縦横に絡み合うモチーフをシャープに浮き彫りにしながら、切り込み鋭いタッチで曲を進めていく。体制や権力による無慈悲や暴力に対するショスタコーヴィチの悲痛な思いが余すところなく表現された秀演であった。こうした複雑な作品に相対した時のN響の合奏能力には目を見張るものがある。弦楽器は18型の大編成であったが、いたずらに重くなることなく、井上の意図に沿って一分の隙(すき)も見せずに音楽を構築していった。なお、この日のコンサートマスターはライナー・キュッヒル(前ウィーン・フィル第1コンマス)。取材したのは10月6日、NHKホールでの公演。

【ユーリ・テミルカーノフ指揮 読売日本交響楽団10月定期演奏会】

 昨年秋、体調不良でサンクトペテルブルク・フィルとの来日公演をキャンセルした読響名誉指揮者のユーリ・テミルカーノフだが、約1年半ぶりに日本の音楽ファンの前に元気な姿を見せた。こちらもプログラムのメインはショスタコーヴィチで、交響曲第13番変ロ短調「バビ・ヤール」。

 1953年に独裁者スターリンが死去し、56年にソ連共産党第20回大会におけるフルシチョフ第1書記による秘密報告、いわゆるスターリン批判が行われ、それが音楽などの芸術面でもさまざまな影響を及ぼしていく過程で作られたのが、この交響曲である。「バビ・ヤール」とはウクライナの首都キエフ近郊にある谷の名前で、41年に侵攻してきたナチス・ドイツによって多くのユダヤ人が虐殺された地である。この惨劇を描いたエフトゥシェンコの詩「バビ・ヤール」に共感したショスタコーヴィチがこれをテキストに作曲した5楽章からなる声楽付きの作品に仕上げた。ナチスの蛮行だけでなく、旧ソ連でも苛烈を極めた反ユダヤ主義と人種弾圧に対するショスタコーヴィチの批判が根底に横たわる作品であり、初演にあたっては当局からさまざまな妨害があった(初演の指揮を依頼されたムラヴィンスキーが断ったことも有名)。62年12月18日、キリル・コンドラシン指揮、モスクワ・フィルによる初演は大成功したが、その後も歌詞の改訂を余儀なくされるなどした。今回、テミルカーノフは改訂前の初演版を採用した。

1年8カ月ぶりに読響を指揮した名誉指揮者のユーリ・テミルカーノフ (C)読響

 政治的主張が強く投影された作品ではあるのだが、テミルカーノフのアプローチは驚くほどストレートで、一連の「戦争交響曲」のような激しさではなく、むしろ肩の力が抜けたような雰囲気すら感じられた。これを聴いていて創作や初演にあたっては確かにさまざまな葛藤はあったものの、スターリン圧政下、命すら危うい緊張感に比べるとどこかフッと緩んだような思いがショスタコーヴィチの意識の底にあったのではないか、と考えたりもした。それを巧みに引き出すテミルカーノフの手腕は見事であり、それに呼応した読響の精緻な演奏も称賛に値するものである。終演後、オーケストラが退場後も拍手は鳴りやまず、テミルカーノフはステージに再登場し、歓呼の声に応えていた。なお、バス独唱はピョートル・ミグノフ、新国立劇場合唱団、コンサートマスターは日下紗矢子。取材したのは10月9日、サントリーホールにおける公演で、前半はハイドンの交響曲第94番ト長調「驚愕」が演奏された。

【小泉和裕指揮 東京都交響楽団 10月定期演奏会Bシリーズ】

 10月16日、サントリーホールでの公演。この日は小泉和裕の70歳の誕生日。巨匠への道の第一歩ともいうべき記念すべき日に彼が選んだプログラムはワーグナーの「ジークフリート牧歌」とブルックナーの交響曲第7番ホ長調。

 「ジークフリート牧歌」は16型の弦楽器編成で濃厚なテイストの演奏。都響の厚く温かみを感じさせる弦楽器セクションの魅力が全開となった。

 プログラム誌のインタビューの中で小泉はカラヤンがブルックナーを指揮した時の公演評で「シュテルンシュトゥンデ(星の時)」という言葉が使われていたことを紹介している。筆者もかつてベルリン・フィルの名コンマスだったレオン・シュピーラーからこの言葉の意味について「めったに訪れることのない素晴らしい瞬間」との話を聞いたことがあった。年齢を重ねて十二分に経験を積んだ指揮者が、無我の境地でブルックナーを振り、オーケストラがそこに共感をもって演奏が行われた時、この「シュテルンシュトゥンデ」が訪れたことを何度か体験した。最近ではハイティンクやブロムシュテットがそうであり、かつてはヨッフムやチェリビダッケ、ヴァントといった巨匠たちが晩年に、そんな世界に誘ってくれた。

 この日の小泉と都響のブルックナーでも、そのような瞬間が全面的ではないものの幾度か訪れた(特に第2楽章で)。小細工は行わず作品に真正面から向き合う小泉のタクトの下、40年以上にわたって信頼関係を築いてきた都響が熱演を繰り広げたからこそ訪れた瞬間といえよう。10年後、再びこのコンビで同じプログラムを聴いてみたいものだ。全曲にわたって「シュテルンシュトゥンデ」に包まれるのかもしれない。終演後、楽員から花束が贈られ「ハッピーバースデー」が演奏されると客席からは万雷の拍手が。喝采はオケ退場後も鳴りやまず、小泉はステージに呼び戻された。なお、この日のコンマスは四方恭子で隣には矢部達哉が座るなど、小泉に敬意を表しているのであろうか、弦楽器の第1プルトには表裏いずれも首席奏者が座った。

小泉の記念すべき70歳のバースデーを舞台上で祝う楽員たち 東京都交響楽団提供/(C)Hotta_Rikimaru

公演詳細

【NHK交響楽団 第1921回定期公演 Aプログラム】

10月6日(日)18:00 NHKホール

指揮:井上道義

ティンパニ:植松 透、久保昌一

グラス:2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲

ショスタコーヴィチ:交響曲 第11番 ト短調 Op.103「1905年」

【読売日本交響楽団 第592回定期演奏会】

10月9日(水)19:00 サントリーホール

指揮:ユーリ・テミルカーノフ

バス:ピョートル・ミグノフ

男声合唱:新国立劇場合唱団

ハイドン:交響曲第94番 ト長調「驚愕」

ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 変ロ短調Op.113「バビ・ヤール」

【東京都交響楽団 第889回定期演奏会Bシリーズ】

10月16日(水)19:00 サントリーホール

指揮:小泉和裕

ワーグナー:ジークフリート牧歌

ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 WAB107(ノヴァーク版)

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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