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クラシックナビ インタビュー

バイロイトにかける思い ピエタリ・インキネンに聞く(上)

ピエタリ・インキネン(C)堀田力丸

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 日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者などを務めるピエタリ・インキネンが来年、バイロイト音楽祭で新制作上演される「ニーベルングの指環(以下、リング)」の指揮者に決まった。そこでインキネンにインタビューし、バイロイトにかける思いを語ってもらうとともに今年から来年にかけて日本フィルと行うベートーヴェン・ツィクルスについても聞いた。インタビュー前編はバイロイトの話から。(宮嶋 極)

 ――2020年のバイロイト音楽祭で「リング」新制作の指揮者に決まりました。おめでとうございます。

 インキネン 何と言ったらいいのか、まだ自分の考えをまとめるのは難しいですね。というのも指揮者にとってバイロイトで指揮をするのは究極の出来事です。ましてや「リング」を振るとなるとキャリアの中で、これ以上のことはもうありません。例えばベルリン・フィルを振ったことがある人はかなりの数がいると思います。でもバイロイトで「リング」を振ったのは30人前後しかいないはずです。ごく限られた人にしか許されない、大変なことだと思っています。

 ――第二次世界大戦後、バイロイトで「リング」をツィクルスで振ったのは1951年のハンス・クナッパーツブッシュ、ヘルベルト・フォン・カラヤン以来、2017年のマレク・ヤノフスキまで、わずか20人しかいません。プラシド・ドミンゴが18年に「ワルキューレ」だけを指揮しましたが、ツィクルスを指揮するのは、あなたで21人目となります。ところでバイロイトに行ったことはありますか?

 インキネン この夏を含めて5回行きました。今年はオーケストラ・ピットや照明、天井からの眺めなどを演出家とともにすべて見てきました。

バイロイト祝祭劇場の内部=バイロイト音楽祭提供

 ――オーケストラ・ピットは、ステージの下へと階段状に下がっていき、客席側にはおおいが取り付けられた特殊な構造です。バイロイト・デビューの指揮者は必ずこのピットの音響に苦労するといわれています。

 インキネン 今年(特殊なピットに慣れる対策として)リハーサルをあらゆる角度から見学しました。ピットからはクリスティアン・ティーレマン指揮の「ローエングリン」のリハ、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮の「タンホイザー」のプレミエは客席から鑑賞。さらにヴォルフガング・ワーグナー生誕100年の記念で開催されたヴァルトラウト・マイヤーが出演したコンサートも客席で聴きました。これらを通じてさまざまなことを確認してきましたので心配ありません。

 ――バイロイトでの指揮は大変な名誉ですが、当初複数年の予定が1年限りで終わってしまった例もいくつかあります。戦後、「リング」のプロダクションをプレミエから最終年まで指揮したのはホルスト・シュタイン(1970~75年)、ピエール・ブーレーズ(76~80年)、ダニエル・バレンボイム(88~92年)、ジェームズ・レヴァイン(94~98年)とティーレマン(2006~10年)の5人だけです。中にはキリル・ペトレンコのように大成功していても常任ポストのスケジュールの都合で最終年まで振れなかった人もいますが、成功すれば大変な名誉と未来が開けることが約束される。その一方で、うまくいかないとキャリアに傷がつく危険もあります。日本には「もろ刃の剣」という言葉がありますが、マエストロはこうした点をどう捉えていますか?

 インキネン 非常にコメントしづらい質問ですね(苦笑)。今、挙げた指揮者はいずれも異なるプロセスを経てバイロイトで「リング」を指揮しました。バレンボイムは確かバイロイトで初めて「リング」を振ったのでは(それ以前に「トリスタン」などを指揮した)、と記憶しています。ブーレーズは若い頃にバイロイトで「パルジファル」を指揮してから「リング」をやっている。ティーレマンはバイロイトで他の作品を指揮した後に「リング」を振りましたが、「リング」を別の劇場で振った経験がありました。私自身も「リング」を何回も振っています。どこであれ大作であることに変わりありませんが、劇場が特殊であるということだけは違います。作品についてはよく知っていますのでそこは問題ありません。出演歌手は初めての方もいますが、過去に「リング」で共演した方もいるのでそこも強みでしょう。従って私にとってすべてが新しいわけではないのです。これまで成功を収めたことを音楽祭が評価し私にオファーをしてくれた。その信頼に応えられるようよい演奏をしたいと考えています。

バイロイト祝祭劇場

 ――演出は30歳のヴァレンティン・シュヴァルツというオーストリア出身の若手です。どんな演出をする方ですか?

 インキネン 彼と共演したことはありませんが、天才的な演出家で「リング」に関する賞をもらったとも聞いています。大きなプラスは、彼が(バイロイトで研究員として演出を学んだ経験があるので)劇場のことを熟知していることです。もちろん「リング」をバイロイトで手掛けるのは初めてですが、既に随分と考え抜いているようで、私は大きな期待を抱いています。ご存じの通り来年のプロダクションに関して事前に何も言ってはいけないことになっているのですが、彼は非常に才能のある若者です。劇場の中には経験豊かなチームもそろっているので期待は膨らみます。

 ――歌手の顔ぶれを見るとこれまでバイロイトで実績を上げた実力者が多数キャスティングされています。

 インキネン 素晴らしい歌手がそろっていますね。「神々の黄昏」でバイロイト・デビューを果たすクリスティーン・ガーキーは私がニュージーランドにいた時に一緒に「ワルキューレ」をやってブリュンヒルデを歌っています。また共演でき、とてもうれしいです。ジークフリートを好演したシュテファン・ヴィンケはローゲ役、ジークフリートはアンドレアス・シャーガーとシュテファン・グールド、そしてリーゼ・ダヴィッドセンのジークリンデも楽しみです。どこにも弱点がない強力なキャストです。

ピエタリ・インキネン(C)吉田タカユキ

 ――マエストロは早くからワーグナーに取り組んでいますが、その魅力について教えてください。

 インキネン 若い頃から非常に興味を持っていました。例えは悪いかもしれませんが、若い時にウイルスに感染して、それがどうしても治らないという感じでしょうか。身体の奥底から引きつけられるという感覚です。初めて聴いたときはこれを、どうしたら指揮できるのかと悩みましたが、それから勉強を重ねてきました。レイフ・セーゲルスタムの下でスコアを読み、リハーサルを見学したりして、彼の指揮する「トリスタンとイゾルデ」を各地で観(み)ました。彼の「リング」の再演もヘルシンキで観たりするなど、これらを振るためには一体何が必要なのかを考えていきました。ワーグナーの作品は「トリスタンとイゾルデ」を聴けば分かりますが、オーケストラが大きな原動力となっている。それからショーペンハウアーとの出会いがあって、様式がさらに変わっていくのです。「ラインの黄金」の頃はまだテキストに重きが置かれ、オーケストラがそれを支えているという形でした。オーケストラの使い方がどんどん進化していきます。「リング」の後半になるとオーケストラの役割が飛躍的に増大し、その音楽には本当に圧倒されます。これを指揮すると、ドラマを自分が動かしているという感覚にとらわれます。指揮者として、これ以上の経験はあり得ないでしょう。(つづく)

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている

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