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クラシックナビ インタビュー

ベートーヴェン・ツィクルスへの思い ピエタリ・インキネンに聞く(下)

首席客演指揮者時代から10年の月日を重ねるインキネンと日本フィル (C)堀田力丸

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 2020年にバイロイト音楽祭で新制作上演される「ニーベルングの指環(以下、リング)」(ヴァレンティン・シュヴァルツ演出)の指揮者に決まったピエタリ・インキネンのインタビュー後編。今年10月にスタートした日本フィルハーモニー交響楽団とのベートーヴェン・ツィクルスについて聞いた。(宮嶋 極)

 ――10月から日本フィルとのベートーヴェン・ツィクルスが始まりました。現代におけるベートーヴェン作品の演奏は、20世紀以来の伝統的なものから、作曲家在世当時のスタイルを再現するいわゆるピリオド(時代)奏法、そしてその両者の折衷型まで多種多様となっています。マエストロはどのようなベートーヴェンを標榜(ひょうぼう)されていますか?

 インキネン (ヴィブラートをかけないなど)ピリオドの要素はほとんど採用しません。ただ、初期の交響曲では編成を小さくし、バロック・ティンパニを使用します。中期以降の作品では音楽史のページをめくったように、よりロマン派的な演奏を目指します。フル編成のオーケストラの演奏が紡ぎ出すロマンティックで豊かなサウンドが私の目指すところです。考えてみると1番、2番、8番というのは多くの場合重すぎる、厚みがありすぎるという感覚をいつも抱いていました。逆に(後期の)大きな作品に関しては少し軽すぎたり、古典派的すぎたりする。場合によってはバロック的すぎたりもします。こうしたスタイルは私の目指すベートーヴェンではありません。

 ――使用する楽譜はベーレンライター(新校訂)版ですか?

 インキネン ベーレンライター版を使います。そして先ほど述べた〝ロマンティックで豊かなサウンド〟ですが、日本フィルに関しては重く、鈍くなりすぎることはないと思っています。その一方で硬い音になることもありません。弦はたっぷり鳴りますが、深さはあるにもかかわらず俊敏な動きで鋭敏なサウンドを創出できると考えています。ベートーヴェンを演奏するにはちょうどよい加減ではないでしょうか。ベートーヴェンの音楽をよく知っている方にとってはとても興味深い演奏になると思いますし、初めて聴く方にとっても感動的になると確信しています。

日本フィル欧州ツアーのヘルシンキ公演=2019年4月2日(C)山口敦

 ――来年はベートーヴェンの生誕250年の記念イヤーですが、日本フィルとともにベートーヴェン・ツィクルスにトライしようと考えた、あるいは決めた理由を聞かせてください。

 インキネン 今まで彼らとやったことがなかったというのが第一の理由です。日本フィルもベートーヴェン・ツィクルスは久しぶりではないでしょうか。そして私のやり方は、恐らくコバケン(小林研一郎)さんら過去にやった方のスタイルとはまったく異なるはずです。(ベートーヴェンに関して)今までとはまったく違う方向性が見えてきたということは、良いタイミングだったと思います。これがたまたまアニバーサリーイヤーに重なっていただけで、記念の年だからやるわけではありません。決断するのに、ちょうどよいタイミングだった、というくらいのものです。

 ――アーティキュレーション(音と音のつなげ方)についても、20世紀以来の方法を見直したりもしますか?

 インキネン スコアをじっくり読むところから始めますが、私自身の進化、私が今何を聴きたいか、ということを判断基準に生まれる音楽であって、他の指揮者たちが今どういうことをしているかは重要ではありません。また、50年前にはどうだったのかも興味はないのです。50年後に自分が指揮をできるなら、たぶん全く違う演奏になるでしょう。これは流行を追うのではなく、私の今の視点からの解釈が決め手となります。ある箇所で何を強調したいのか、そのためにはどのようなアーティキュレーションが良いのか。そういうことを考えた上での私の解釈として皆様にご披露したいと思っています。ただ、楽団員たちも同じ楽譜を見ているわけで、彼らの経験から生まれてくる演奏もあります。私もそれに反応するわけで、私の解釈を一方的に押し付けるのではなく、リハーサルでそうしたプロセスを積み重ねながら、その場で実際に音楽の形を作っていくことになります。

日本フィル欧州ツアーのウィーン公演=2019年4月9日(C)山口敦

 ――同じドイツ音楽ということでワーグナーはベートーヴェンを非常に尊敬していたということはよく知られています。今年から来年にかけてベートーヴェン、そしてバイロイトでのワーグナーということでマエストロにとっては、大きなプロジェクトを同時並行的に進めていく特別な年になりますね。

 インキネン とてもハッピーです。これが10年前でしたら大きなエベレストが二つ、目の前に立ちはだかっていると感じてしまったと思いますが、ベートーヴェンは今まで何回も指揮してきましたので、私自身の成熟度も深まっています。ワーグナーについても先ほど(前回)述べた通り、十分経験を積んできましたので両方とも準備万全で臨めると自負しています。その場しのぎで自分の能力を全部出して取り繕うというようなことは全くありません。オーケストラの側も何度も演奏している作品ですので、お互い熟知しているという点では全く心配していません。日本フィルとのベートーヴェンもバイロイトでのワーグナーについても、私だけでなくオーケストラも熟知している作品だからこそ、今回はどのように演奏していこうかと一歩進んだ気持ちで取り組めるはずです。その意味ではプレッシャーがありませんね。

 ――キリル・ペトレンコがバイロイトで大成功してベルリン・フィルの首席指揮者まで一気に上り詰めていきました。彼がバイロイトに登場した時、私たちは光り輝く太陽が突然現れたような印象を受けました。マエストロにもぜひ、そのような成功を収めていただきたいと思います。

 インキネン ありがとうございます。

      ◇       ◇      ◇

10月に行われたツィクルス初回、第714回東京定期演奏会より。ピアノはアレクセイ・ヴォロディン=サントリーホール (C)山口敦

 インキネンと日本フィルによるベートーヴェン・ツィクルスは、10月の定期演奏会からスタートした。18、19両日にサントリーホールで行われた公演では、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調(ピアノ:アレクセイ・ヴォロディン)、交響曲第3番変ホ長調「英雄」に加えてドヴォルザークの歌劇「アルミダ」序曲が取り上げられた。

 このシリーズではベートーヴェンにドヴォルザークの作品がカップリングされるのも興味深い。これはインキネンが首席指揮者を務めるプラハ交響楽団で体得したものを「日本の音楽ファンの前でも披露したい」という彼の意思からのプログラム構成。26日の横浜定期公演(横浜みなとみらいホール)、27日の名曲コンサート(サントリーホール)でも前半でベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調、ピアノ協奏曲第1番ハ長調(ピアノ:同)を、後半にドヴォルザークの交響曲第8番ト長調が演奏された。

 ベートーヴェンはインキネンの言葉通り、20世紀以来のスタイル、最近流行のピリオド奏法のどちらかに偏るのではなく、その箇所で何が最もふさわしいかを彼の解釈で巧みにチョイスする現代感覚にあふれた演奏であった。交響曲第3番では弦楽器は14型の編成ながらコントラバスを1本増やして7本で演奏させるなど、重心の低い深みを感じさせるサウンドを標榜していることが伝わってきた。その一方で、必要に応じてヴィブラートをかけないで弾く部分もあり、型にはまらない柔軟な解釈が際立つベートーヴェンであった。

 次回は来年4月17、18両日に行われる定期演奏会で、ピアノ協奏曲第2番変ロ長調(ピアノ:アレクサンドル・メルニコフ)とブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」を取り上げる。また同25日の横浜定期ではピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」(ピアノ:同)と交響曲第4番変ロ長調を、さらに6月5、6両日の定期演奏会では交響曲第2番ニ長調、第5番ハ短調「運命」とドヴォルザークの序曲「フス教徒」が披露される予定。

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている

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