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加藤浩子の「街歩き、オペラ歩き」

庶民のパワーから生まれた「第3のオペラハウス」〜アン・デア・ウィーン劇場

アン・デア・ウィーン劇場、正面

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 ウィーンは不思議な街である。ほんのちょっと歩くだけで、雰囲気ががらりと変わってしまうのだ。壮麗な建物が連なる合間に、時間から取り残されたような居酒屋がとつぜん現れたり、見上げる空がリボンの幅くらいしかないような狭い路地にいつの間にか迷い込んでいたりする。

 ウィーンの国立歌劇場からアン・デア・ウィーン劇場に向かう道も、そんな不思議な気分が味わえる一角だ。宮殿のような国立歌劇場を背に、「オペラ通り(Operngasse)」に入ってほんの数分。辺りの景色が変わりだす。堂々とした建物が並ぶ歴史的な街並みはすぐ途切れ、車の行き交う無機質な通りがあらわれる。右手に見えてくるのは、屋根に乗った金色のドームが唯一のアクセントになっている、白く四角い建物。これが有名な「セセッション館(ウィーン分離派会館)」と知った時には、正直その簡素さに驚いた。「セセッション館」は、クリムトの名作「ベートーヴェン・フリーズ」が描かれていることでも有名だが、「ベートーヴェン・フリーズ」じたい、それほど派手でも大規模でもない。ハプスブルク家の収集物が展示されている美術史美術館の絢爛(けんらん)たる有名絵画に比べればいかにもつつましく、いかにも実験的だ。

セセッション館外観(左)とクリムトの壁画「ベートーヴェン・フリーズ」の一部

 その「セセッション館」を過ぎると、「ナッシュマルクト」と呼ばれる市場が目に飛び込んでくる。日や時間帯によっては、市場で売られている魚やチーズの匂いが風に紛れ込んで届いてくる。庶民の街の空気をひしひしと感じつつ進むと、アン・デア・ウィーン劇場の看板が見えてくる。ホテルかキャバレーの看板だと言われても納得してしまうような、ごく普通の看板が。

 「オペラってあんまり好きじゃないのよ。国立歌劇場には行かないの。行くとしたらアン・デア・ウィーン劇場ね」

 この9月、ウィーンのコンツェルトハウスで隣り合わせた地元の老婦人はそう言って笑ったが、筆者は思わずうなずいてしまった。なるほどアン・デア・ウィーン劇場は、絢爛豪華で大仰な「オペラ」が好きではないひとが好みそうなオペラハウスである。地元民が多いことは先月ご紹介したフォルクスオパーとおなじだが、ここの特徴は、今時のとんがった劇場を目指していることだろう。

ウィーン国立歌劇場

 アン・デア・ウィーン劇場には、前身がある。ウィーンの商人たちが集まる場所だった「フライハウス」に、1787年にオープンした「アウフ・デア・ヴィーデン劇場」である。

 当時この辺りは、今よりもっと庶民的な場所だった。ウィーンはまだ市壁に囲まれており、市壁の中は貴族の、外は庶民たちの領分に厳然と分かれていた(市壁を取り払ったあとが、現在の環状道路=リンクシュトラーセである)。庶民の街のど真ん中で生まれたアウフ・デア・ヴィーデン劇場は、創設者で有名な興行師兼俳優だったエマヌエル・シカネーダーのさえもあって次々とヒットを飛ばした。なかでも1791年に初演されたモーツァルト最後のオペラ「魔笛」は、とびきりのヒットとなった。流行のおとぎ話オペラで、キャラの立つヒットメロディーにあふれ、今でいえばミュージカルのように親しみやすい「魔笛」は、ウィーンを席巻する。この大ヒットでもうけたシカネーダーは、皇帝から新しい劇場を造る認可を受け、ヴィーデン劇場を引き払って、すぐそばにアン・デア・ウィーン劇場を建てたのだった。残念ながらモーツァルトは「魔笛」初演のおよそ3カ月後に世を去り、新しい劇場に足を踏み入れることはなかったが、「魔笛」の足跡は、オペラのメインキャラクターであるパパゲーノの名前をつけた当時の建物の遺構や通りの名前に残されている。

ウィーン最古の居酒屋。古い町並みが残るのもウィーンの魅力

 「魔笛」は、アン・デア・ウィーン劇場でもドル箱だった。この劇場の音楽監督に招かれ、一時劇場内に住んでいたベートーヴェンは、「魔笛」を聴きながらオペラ「フィデリオ」を練り、その第1稿である「レオノーレ」をここで初演している。

 そんな歴史を持つアン・デア・ウィーン劇場は、ずっと庶民の味方だった。19世紀にはもっぱら大衆演劇やオペレッタが上演され、20世紀末にはミュージカル「エリザベート」が、「魔笛」並みの大ヒットを飛ばした。

 転機は、モーツァルト生誕250年の2006年に訪れた。国立歌劇場、フォルクスオパーに次ぐ「第3のオペラハウス」として再出発したのである。モーツァルトの誕生月である1月に上演された門出の演目は、モーツァルト若き日の傑作「イドメネオ」。筆者もこの公演を見る機会に恵まれたが、ウィリー・デッカー演出のシンボリックな舞台に、ニール・シコフ、アンジェリカ・キルヒシュラーガー、バルバラ・フリットリら極上の歌手陣がそろい、ペーター・シュナイダーの指揮も鮮烈で、「イドメネオ」という作品の神髄を思い知った公演となった。

ウィーン名物、グーラシュとアプフェル・シュトゥルーデル

 その後アン・デア・ウィーン劇場は、豪華な装置や有名キャストを優先する国立歌劇場と一線を画し、ドイツの中都市にあるような、冒険的な演出や意欲的な演目、そして若手キャストを優先する「とんがった」オペラハウスの仲間入りをした。アン・デア・ウィーン発のプロダクションで筆者がたまげたのは、2016年の7月にリューベックの歌劇場で見た、ペーター・コンヴィチュニー演出の「アッティラ」である。2013年にアン・デア・ウィーン劇場で作られたプロダクションだが、「蛮族の侵入」時代のフン族の王の物語が現代に置き換えられ、幼い頃に刷り込まれた「暴力」から逃れられない人間たちをコミカルに描いた、全く別物のドラマになっていた。アン・デア・ウィーン劇場での初演では演出家に大ブーイングが出たそうだが、ドイツの地方都市の劇場では大受け。保守的だと言われるウィーンのオペラ界から、このような演出が出てくる時代になったのだとつくづく感じ入ってしまった。

アン・デア・ウィーン劇場内の緞帳(どんちょう)

 この秋、久しぶりに訪れたアン・デア・ウィーン劇場で観劇したのは、ドヴォルザークの「ルサルカ」(新制作)。人間の王子に恋した水の精の悲劇を描いた、チェコ版「人魚姫」のようなオペラである。シーズンオープニングの新制作で話題になったが、演出より音楽面での収穫の方がずっと大きな公演だった。タイトルロールを歌ったマリア・ベングトソン、父親の水の精を歌ったギュンター・グロイスベックらソリスト陣も優れていたが、なによりドイツの若手指揮者ダーヴィト・アフカム指揮するORF放送交響楽団の、歌とオーケストラのバランスに配慮しつつ、劇的起伏とリリシズムに富んだ音楽に心を奪われた。女流演出家アメリー・ニーマイヤーの演出は、舞台中央に設けられたプールが主体になるやや猥雑(わいざつ)なもの。筆者の読み取り能力の問題なのだろうが、置き換えの必然性は感じられず、愛の行為にふける王子が全裸になる必要も理解できなかった。

 今シーズン、アン・デア・ウィーン劇場では9演目のオペラが舞台にかかる。すベて新制作で、世界初演作品も含まれる。「冒険」はいつも成功するわけではないけれど、「音楽の都」ウィーンに、とんがったオペラハウスはやっぱり必要だ。

「ルサルカ」カーテンコールより=アン・デア・ウィーン劇場で

  

      ◇    ◇    ◇

劇場公式サイト

https://www.theater-wien.at/de/home

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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