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アンコール

2019秋の海外オーケストラの注目の公演振り返り

ウィーン・フィルの公演初日には日墺(にちおう)友好150年にちなんでウィーンらしさあふれるプログラムが組まれた=11月5日 (C)サントリーホール

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 東京では今秋も海外の名門オーケストラの来日が相次いだ。その中からオーケストラ界の最高峰とされるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のステージを振り返る。数年に1度、東京で実現するこの〝両雄対決〟だが、今回前者は同オケが全幅の信頼を寄せるクリスティアン・ティーレマンとコロンビア出身の新星アンドレス・オロスコ=エストラーダの2人の指揮者が4通りのプログラムを振り分けた。ウィーン・フィルならではの美点が全開となる演奏で連日、客席を沸かせた。一方のベルリン・フィルは首席指揮者に就任したばかりのキリル・ペトレンコではなく、大病を克服し再び第一線で活発な活動を展開しているズービン・メータがツアーに同行。ブルックナーなどの作品で巨匠の風格を感じさせる堂々たる演奏を披露した。(宮嶋 極)

【ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2019】

 ウィーン・フィルの日本公演は今回で実に35回を数える(初回は1956年4月、パウル・ヒンデミットの指揮)。93年11月からは事実上の東京定期公演である「ウィーン・フィル ウィーク」の形で開催され、同オーケストラのトレンドを反映させた指揮者とプログラムで日本のウィーン・フィル・ファンの期待に応え続けている。

 今年は日本とオーストリアの友好150年のメモリアルイヤーであり、これにちなんだ特別のプログラムも用意された。11月5日、サントリーホールで行われた初日の公演がそれで、今年のニューイヤーコンサートの指揮を務めたティーレマンの棒で、前半はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲とリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」組曲。後半はヨハン・シュトラウス一家のワルツやポルカなどを集めたニューイヤーコンサートのダイジェスト版のような構成。かつてニューイヤーコンサートの顔だったヴィリー・ボスコフスキーが来日に同行した年(59、69年)などを除くと、ウィーン・フィルが海外でウィンナ・ワルツ、ポルカをまとめて演奏する機会は決して多くはない。ましてやその年のニューイヤーと同じ指揮者となるとかなり貴重な機会といえるだろう。

 ティーレマンは以前のような〝力業〟でオケを引っ張るのではなく、任せるべきところは楽員たちに主導権を委ねつつも、ポイントとなる箇所では細密かつ丁寧にリードして音楽を作っていた。両者の信頼関係の厚さが聴く側にも伝わってくる演奏で、ウィーン・フィルならではの特質や美点が全開となった。

 最終日の15日には同じくティーレマンの指揮でウィーンと縁の深い〝変則シュトラウス・プログラム〟。前半はリヒャルトの交響詩「ドン・ファン」と「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、後半がヨハンⅡ世の「ジプシー男爵」序曲とヨーゼフのワルツ「ディナミーデン」、そしてメインは「ばらの騎士」組曲。ティーレマンは初日にも増して高い集中力で細部まで神経を行き渡らせる指揮ぶりで、緊張感みなぎる高水準の演奏に仕上げていた。ウィーン・フィルが〝本気〟になった時だけにしか聴くことのできないこのオケならではの特別な雰囲気や美しいサウンドが随所に現れ、ファンの期待を十二分に満足させる演奏となった。アンコールとしてエドゥアルトのポルカ「速達郵便で」が演奏され、オケ退場後も鳴りやまぬ拍手にティーレマンは3度もステージに呼び戻されていた。

6年ぶりにウィーン・フィル来日公演に同行したクリスティアン・ティーレマン=11月15日 (C)サントリーホール

 もうひとりの指揮者オロスコ=エストラーダは77年コロンビア生まれの42歳。90歳を超えても活躍する人がいる指揮者の中では若手といえる年代である。ウィーン国立音大で指揮を学び、現在はドイツのhr交響楽団(旧フランクフルト放送響)の音楽監督などを務める傍ら、近年はウィーン・フィルとの協演機会も増えている。13日にサントリーホールで行われたコンサートの演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ニ短調(ピアノ=イェフィム・ブロンフマン)とストラヴィンスキーの「春の祭典」というロシアものであった。

 ブロンフマンは2004年の同ウィークでもゲルギエフの指揮で同じ曲を演奏している。前回はロシアの大地に根ざしたかのような力強さとダイナミズムを感じさせてくれたが、今回は繊細かつメランコリックな情感を前面に打ち出した演奏であった。オロスコ=エストラーダもソリストに手堅く寄り添うスタイルで前回ほどピアノとオケの間で丁々発止のやり取りがなされる白熱ぶりは感じられなかった。

 筆者はウィーン・フィルによる「春の祭典」を生で聴くのは初めて。もっともウィーン・フィルが海外ツアーでストラヴィンスキーを取り上げること自体珍しいのかもしれない。75年3月、カール・ベームとの来日公演で「火の鳥」組曲を取り上げ、構造感を明確にした演奏が思い出される。今回、特に面白かったのは、よい意味で今までこの曲では聴いたことがないようなサウンドと和声感が際立つ演奏が繰り広げられたことである。エストラーダの熱いリードの下、全体としてはダイナミックなアプローチだったが、時にハッとするような美しい響きや優美な旋律処理が耳に飛び込んでくるのである。荒々しさよりもしなやかさが全体を支配する好演であった。アンコールはヨーゼフ・シュトラウスのポルカ「憂いもなく」。オロスコ=エストラーダは聴衆に手拍子を促しステージと客席が一体となった楽しい雰囲気のエンディングを迎えた。なお、コンサートマスターは全公演、ライナー・ホーネックが務めた。

アンドレス・オロスコ=エストラーダとイェフィム・ブロンフマン(ピアノ)=11月13日(C)サントリーホール

【ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演】

 今年83歳となるメータは昨年大病を克服し、11月にはマリス・ヤンソンスに代わってバイエルン放送交響楽団を率いて来日。巨匠の風格を感じさせる名演を聴かせてくれたことが強く印象に残っている。1年たってその風格は一段も二段も増したような感じで、特にブルックナーではオーケストラ全体を熱く燃え上がらせる演奏で聴衆を圧倒した。

 プログラムは2パターンでA(20日、サントリーホール、コンサートマスター=ダニエル・スタブラヴァ)がリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」とベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調「英雄」、B(21・22日、サントリーホール、コンサートマスター=樫本大進)はブルックナーの交響曲第8番ハ短調。

「ドン・キホーテ」で目の覚めるような独奏を披露したソロ首席チェロのルートヴィヒ・クヴァント(左手前)=サントリーホールで11月20日(C)Rikimaru Hotta

 「ドン・キホーテ」の独奏はソロ首席チェロのルートヴィヒ・クヴァントとソロ首席ヴィオラのアミハイ・グロスで、いずれもスーパー・テクニックを駆使して目の覚めるような独奏を披露し、このオーケストラの相変わらずの技術レベルの高さを実証してみせた。今回の来日では長年首席ティンパニを務めてきた名手ライナー・ゼーガースらが定年退団で姿を消し、カラヤン時代から在籍する楽員はソロコンサートマスターのスタブラヴァひとりになった。筆者が初めてベルリン・フィルを生で聴いたのはカラヤン指揮によって、1979年に東京・杉並の普門館で行われた来日公演のことであった。ミシェル・シュヴァルベ(特別コンマス)を筆頭に名プレーヤーたちがずらりとステージに並んだ威容が懐かしい。普門館も現在、取り壊し工事中。時代は確実に移り進んでいく。メンバーという点だけに限って見れば、まったく別のオーケストラに変容してしまったベルリン・フィルを見て、思わず感慨に浸ってしまった。

 ところが、である。メータの指揮によるブルックナーで筆者はかつてのベルリン・フィルの圧倒的なサウンドがよみがえったように感じた。各パート、各プレーヤーが全力の演奏を繰り広げて、あたかもステージ上で多くの音がひしめき合うようにしながら大きな構造物を構築していくような音楽作り。これこそ、カラヤン時代に感じた〝すごいベルリン・フィル〟の音楽であり、前述のウィーン・フィル同様、ベルリン・フィルでしか体験できない音楽がそこにあった。

ズービン・メータの指揮で、かつてのベルリン・フィルの圧倒的なサウンドをよみがえらせたブルックナー交響曲第8番の演奏=サントリーホールで11月22日(C)Rikimaru Hotta

 サイモン・ラトルの時代、技術的な面では他の追随を許さないほどのずぬけたレベルに達したが、そこに感嘆したり感心させられたりすることはあっても、作品によっては感動にまでは至らぬことが何度かあったのも事実である(個人的見解ではあるが)。

 今回のブルックナーは紛れもなく心動かされる演奏であった。メータは昨年よりは体力が回復している様子で杖(つえ)を突いて登場し、イスに座っての指揮ながら気力は充実しており繊細な表現からダイナミックな響きまで、そのレンジは広く説得力に満ちあふれていた。何よりも第3楽章における〝天国〟を感じさせるような深い表現は、心に染み入るものがあり、文字通り巨匠の至芸であった。第4楽章のコーダではメータが立ち上がって渾身(こんしん)の指揮をするのに呼応して、オケ全体が一丸となって熱く燃え上がるような大団円となった。終演後の喝采も盛大でメータはオケ退場後も3回ステージに呼び戻されていた。

オーケストラ退場後、鳴りやまぬ拍手に手を振って応えるズービン・メータ=サントリーホールで11月22日(C)Rikimaru Hotta

 

公演データ

【ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2019】

11月5日(火)19:00 サントリーホール大ホール

指揮:クリスティアン・ティーレマン

モーツァルト:「フィガロの結婚」K.492 序曲

リヒャルト・シュトラウス:「ばらの騎士」Op.59 組曲

ヨハン・シュトラウスII世:オペレッタ「ジプシー男爵」序曲

ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「神秘な魅力(ディナミーデン)」Op.173

ヨハン・シュトラウスII世:喜歌劇「騎士パーズマーン」Op.441 より チャールダーシュ

エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「オペラ座の夜会」Op.162

エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」Op.259

ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」Op.235

11月11日(月)19:00 サントリーホール大ホール

指揮:クリスティアン・ティーレマン

ブルックナー:交響曲第8番ハ短調 WAB 108(ハース版)

11月13日(水)19:00 サントリーホール大ホール

指揮:アンドレス・オロスコ゠エストラーダ

ピアノ:イェフィム・ブロンフマン

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調 Op.30

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

11月15日(金)19:00 サントリーホール大ホール

指揮:クリスティアン・ティーレマン

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」Op.20

リヒャルト・シュトラウス:「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」Op.28

ヨハン・シュトラウスII世:オペレッタ「ジプシー男爵」序曲

ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「神秘な魅力(ディナミーデン)」Op.173

リヒャルト・シュトラウス:「ばらの騎士」Op.59 組曲

【ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演】

東京公演

11月20日(水)19:00 サントリーホール大ホール ※プログラムA

指揮:ズービン・メータ

チェロ:ルートヴィヒ・クヴァント

ヴィオラ:アミハイ・グロス

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」Op.35

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 Op.55「英雄」

11月21日(木)、22日(金)いずれも19:00 サントリーホール大ホール ※プログラムB

指揮:ズービン・メータ

ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版第2稿<1890>)

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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