メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

オーケストラのススメ

~38~ 2019年、日本のオーケストラ界を振り返って

ズービン・メータとベルリン・フィル=11月20日サントリーホール (C)Rikimaru Hotta

[PR]

 2019年は、シカゴ交響楽団、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団など、まさに世界最高峰のオーケストラが日本に集い、それぞれが本領を発揮する素晴らしい演奏を繰り広げた。

 なかでも、クリスティアン・ティーレマン&ウィーン・フィルとズービン・メータ&ベルリン・フィルは、ブルックナーの交響曲第8番を1週間違いで同じホール(サントリーホール)で演奏し、その聴き比べは、ウィーンやベルリンでもできないような稀有(けう)な体験となった。とりわけ、同曲の日本初演(1959年、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮)も行ったウィーン・フィルにとってブルックナーは特別な作曲家であり、彼らは今回の来日公演でも格別な演奏を聴かせてくれた。

 初来日組では、テオドール・クルレンツィス&ムジカエテルナが話題となった。チェロを除いて全員が立奏する独特の演奏スタイル。立奏といえば、近年、バロック系の団体でトレンドとなっているが、ムジカエテルナはチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」をも立って演奏する。うわさには聞いていたが、実際に彼らの演奏を目の当たりにして、少なからず衝撃を受けた。もしかしたら、今年のオーケストラ界のキーワードは「立奏」であったかもしれない。

 ピアニストの反田恭平が旗揚げしたMLMナショナル管弦楽団も立って演奏していた。メインのモーツァルトのピアノ協奏曲第17番では、オーケストラのメンバーがピアノを取り囲むように並んで立奏。それぞれの楽器がまるで室内楽のようにピアノと直接のコミュニケーションを取っていた。

 アメリカを中心に活躍する若手指揮者、原田慶太楼が初登場した「N響ほっとコンサート」でのヒナステラの「マランボ」(バレエ組曲「エスタンシア」より)の最後で、NHK交響楽団のメンバー全員(チェロも含め!)がノリノリで立ち上がって演奏したのは一つの〝事件〟だったと思う。

ヒナステラの「マランボ」でノリの良い演奏を繰り広げた原田慶太楼とN響=8月4日のNHKホール「N響ほっとコンサート」より 写真提供:NHK交響楽団

 今年は若手指揮者の活躍が顕著だった。今述べた原田慶太楼の活躍に日本人の指揮者たちが新しい時代に入ったことを実感した。昨年、バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者に就任した鈴木優人は、同団でバッハの「マニフィカト」や「ブランデンブルク協奏曲」全曲を指揮したほか、調布国際音楽祭でモーツァルトの「後宮からの逃走」を、神奈川フィルでハイドンの「天地創造」を、関西フィルで黛敏郎、矢代秋雄、芥川也寸志の作品を取り上げた。11月にはN響定期公演に指揮デビューし、メシアン、ブロッホ、コレッリ、メンデルスゾーンという、バロックからロマン派、20世紀に至る宗教的な音楽で見事な演奏を披露。モンテカルロ・フィルの音楽監督、バーミンガム市交響楽団の首席客演指揮者を兼務する山田和樹は、日本フィルに次いで読売日響でもポストを持ち、N響定期公演にも登場した。山田は、自ら音楽監督を務める東京混声合唱や日本フィルとともに、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、アンセム・プロジェクトを展開。すべての国の国歌(アンセム)を取り上げることによって、音楽によって政治的な垣根を越えようとしている。

首席指揮者を務めるバッハ・コレギウム・ジャパンのほか、多岐にわたり活躍する鈴木優人=BCJ第133回定期より、6月2日東京オペラシティコンサートホール (C) Yat Ho Tsang

 そのほか、珍しい演目の上演がなぜか重なったのも記憶に残る。マーラーの2歳年上で、25歳の若さで亡くなった、ハンス・ロットの交響曲第1番が、川瀬賢太郎&神奈川フィル、パーヴォ・ヤルヴィ&N響、セバスティアン・ヴァイグレ&読売日本交響楽団の3団体によって演奏された。特に、神奈川フィルとN響は同日(2月9日)に演奏され、午後2時からの横浜での神奈川フィルと午後6時から渋谷でのN響を聴き比べる人も少なからずいた(筆者もその一人)。作品はマーラーへの影響を感じさせるもので、非常に興味深かった。また、独唱者、合唱、巨大編成のオーケストラ(例えば、フルートは8本)を要するゆえに、演奏機会の少ない、シェーンベルクの「グレの歌」が、シルヴァン・カンブルラン&読響、大野和士&東京都交響楽団、ジョナサン・ノット&東京交響楽団の3団体で演奏された。独唱者と巨大編成のオーケストラとの音のバランス等、実際の上演では困難な問題が多く、どれも完全に満足できるものとは言い難かった。これはもう作品自体に問題があると言っていいに違いない。

演奏頻度の少ないハンス・ロットの交響曲第1番を取り上げたセバスティアン・ヴァイグレと読響=9月10日サントリーホール (C)読響

 11月は、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管が重なるかのように来日していたが、そのとき、在京オーケストラは、ノット&東京交響楽団、ブロムシュテット&NHK交響楽団などが、ワールドクラスの名演を繰り広げていた。今年のベルリン・フィルの来日記者会見でアンドレア・ツィーツシュマン・ゼネラル・マネージャーが日本のオーケストラの成長と充実ぶりについて触れていた。昔なら天下のベルリン・フィルにとっては日本のオーケストラのことなど眼中になかったであろうが、今では彼らでさえ日本のオーケストラを意識していることに驚かされた。

 今年、筆者の特に印象に残った東京のオーケストラの演奏会には、パーヴォ・ヤルヴィ&N響のマーラーの交響曲第5番やベートーヴェンの「フィデリオ」、ブロムシュテット&N響のモーツァルト・プログラム、ノット&東響のリゲティの「レクイエム」やモーツァルトの交響曲41番「ジュピター」、大野和士&都響のベルリオーズの劇的交響曲「ロメオとジュリエット」、アラン・ギルバート&都響のモーツァルトの交響曲第38番「プラハ」やマーラーの交響曲第6番「悲劇的」、チョン・ミョンフン&東京フィルのマーラーの交響曲第9番、シルヴァン・カンブルラン&読響の「グレの歌」、上岡敏之&新日本フィルのマニャールの交響曲第4番、インキネン&日本フィルのシベリウスの「4つの伝説」などがあるが、どれも世界レベルの演奏だったと思う。

日本とフィンランドの外交樹立100周年を記念し、シベリウスの「4つの伝説」ほか両国にゆかりの作品を取り上げたインキネンと日フィル=第711回東京定期より、サントリーホールで (C)山口敦

 今や、日本のトップオーケストラは、世界一流のオーケストラと匹敵するレベルの演奏を繰り広げているし、国内オーケストラと海外オーケストラを区別してダブルスタンダードで語るのは無意味だと思われる。オーストリアや、ドイツや、オランダや、アメリカや、韓国や、イタリアや、カナダや、イギリスや、フランスのオーケストラの演奏を楽しむように、いろいろな国のオーケストラの一つとして、日本のオーケストラの演奏を楽しめばよい。自分の住む町のオーケストラが定期演奏会などで日常的にワールドクラスの演奏をしている現状をありがたいと思わずにはいられない。

筆者プロフィル

 山田 治生(やまだ はるお) 音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 関東・東海上空に火球 2日未明、目撃相次ぐ 「爆発音聞こえた」

  2. 愛媛の「聖地」で誓った2人の愛 南京錠7000個のその後は… 撤去から1年

  3. 東京都で新たに100人以上感染 5月2日以来の3ケタ

  4. 「党員獲得どころじゃない」 河井夫妻「1億5000万円」 自民総務会で不満噴出

  5. コロナ感染止まらぬ新宿・歌舞伎町 区長はすがる思いで大物ホストの携帯を鳴らした

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです