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加藤浩子の「街歩き、オペラ歩き」

ベルリン最古の歴史とドイツ随一の実力を誇る、王都ベルリンが生んだ栄光の歌劇場〜ベルリン州立歌劇場

ベルリン州立歌劇場ファサード

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 ドイツの12月は、クリスマスマーケットの季節だ。肌を刺す冷気や早々と訪れる夜の中で輝くクリスマスマーケットは、ドイツの冬の陰鬱さを吹き飛ばしてくれる。

 首都ベルリンにもいくつものクリスマスマーケットがひしめくが、「ジャンダルメン広場」で開催されるマーケットは特別だ。無料が相場のクリスマスマーケットで1ユーロの入場料を取るだけあって、定番のクリスマス飾りや菓子、ホットワインから、シャンパンや各国料理の屋台、有名レストランの出店までがずらりと並ぶ。ステージでは生演奏がひっきりなしで、平日から行列ができる人気ぶりだ。

クリスマスマーケットに並ぶ色とりどりのクリスマス飾り

 「ジャンダルメン広場」が特別なのは、歴史的な建物に囲まれた雰囲気にもある。正面にそびえるのは「コンツェルトハウス」。有名な建築家シンケルが設計し、当初は「シャウシュピールハウス」と呼ばれた「国民劇場」だった建物だ。今では「コンツェルトハウス管弦楽団」の本拠地を兼ねたコンサートホールとして使われているが、1821年にはウェーバーのオペラ「魔弾の射手」を初演してもいる。当時ここは、「宮廷歌劇場」の一部でもあった。

 かつての「宮廷歌劇場」、現在の「州立歌劇場Staatsoper」は、ベルリンに三つあるオペラハウスの中でもっとも長い歴史を誇り、もっとも注目を集めている歌劇場だ。「宮廷歌劇場」としてのこけら落としは1742年。当時のプロイセン国王フリードリヒ2世の命によって建てられた。数々の戦争に勝ってプロイセンを強国にしたため「大王」とも呼ばれるフリードリヒ2世は、フルートをたしなみ作曲もした音楽好きの王侯としても有名で、歌劇場建設はかねての望みだった。何しろ建物の完成を待ちきれず、内部装飾がまだ終わっていないのに、宮廷楽長に任命していたお気に入りの作曲家グラウンの「クレオパトラとシーザー」という作品でこけら落としをしてしまったのだから。

ジャンダルメン広場にそびえるコンツェルトハウス(左)とフランスドーム

 現在の州立歌劇場は、ベルリンを貫く大通り「ウンター・デン・リンデン」の、かつての東ベルリン部分に建っている。東西の境だったブランデンブルク門は目と鼻の先だ。東ドイツ時代を含め、277年に及ぶ歴史は波瀾(はらん)万丈だった。建物はなんども焼け、第二次大戦では2度も破壊され、その度に建て直された。クノーベルスドルフが設計した当初の建物は、ファサードや一部のレリーフしか残っていない。けれど18世紀にイギリスやドイツで流行した「パッラーディオ様式」〜16世紀イタリアの建築家パッラーディオの建築をまねた建築様式〜に従った、柱廊のついたギリシャ神殿風のファサードが見られるオペラハウスはおそらくここだけだ。

 とはいえ、劇場の規模はパリやウィーンやミラノなどのオペラ座と比べるとこぢんまりしている。席数は1396席で、前にあげた劇場より数百席少ないが、その分舞台が近く、特別感が味わえる。ホワイエの空間もゆったりしていて、2階にはパーティーや舞踏会の会場としても使われた豪華な大広間「アポロザール」がある。2010年から7年をかけて大改修を行い、老朽化した部分を修繕したり舞台機構を新しくしたりしたほか、天井を高くするなどして音響を改善し、残響も豊かになった。

ベルリン州立歌劇場の客席

 ベルリン州立歌劇場の歴史を飾った有名な音楽家は数えきれない。19世紀には人気オペラ作曲家のスポンティーニやマイアベーア、天才メンデルゾーンらが指揮者を務め、オットー・ニコライは、シェイクスピアの戯曲に基づいた喜劇オペラ「ウィンザーの陽気な女房たち」をここで初演した。世紀末から20世紀初めにかけては、リヒャルト・シュトラウス、ワインガルトナー、クレンペラー、フルトヴェングラーといった大指揮者が活躍している。

 ドイツ再統一後のベルリン州立歌劇場は、間違いなく新たな黄金時代を迎えている。立役者は、1992年に音楽総監督に迎えられた指揮者、ダニエル・バレンボイムだ。彼は「ベルリンの壁」に遮られてレベルが落ちていたオーケストラを立て直し、復活祭の時期に開催される音楽祭「フェストターゲ」を創設。レパートリーも飛躍的に広げて、ベルリン州立歌劇場をドイツで一、二を争うオペラハウスへと押し上げた。来日公演は旧東独時代の1977年が最初だが、統一後の公演のレベルアップは目覚ましく、2002年の「ニーベルングの指環」(クプファー演出、バレンボイム指揮)ツィクルス上演をはじめ、語り草になっている公演も多い。演出も冒険的なものが少なくなく、物議をかもすこともしばしばだ。

オーケストラピット

 ベルリン州立歌劇場のプロダクションで筆者の記憶に鮮烈なのは、2002年に制作されたモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」である。女流演出家ドリス・デーリエによる演出は、時代設定を台本にある18世紀のナポリからヒッピー文化盛んな1980年代のドイツに移し替え、私たちの心にダイレクトに響く恋愛劇に仕立てていた。

 もう一つ、ベルリン州立歌劇場がらみの忘れられない体験は、2010年にミラノのスカラ座との共同で制作されたヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」をスカラ座で見た時のことである。当時バレンボイムは「スカラ座のマエストロ」という名称で、スカラ座にもポストを持っていた。その時もバレンボイムの指揮だったのだが、音楽づくりがイタリア的とは程遠い、ワーグナーを思わせる重たいものだったため、休憩の後でピットに戻ったバレンボイムに客席から激しいブーイングが飛んだのだ。ところがバレンボイムもさるもの、客席の方に向き直るとそのまま観客とにらみ合ったのである。しばらくたつうちにブーイングは消え、小さな「ブラボー」まで聞こえはじめたのだった。

 もっと驚いたのは、演出に対するミラノとベルリンの反応の違いである。イタリア人演出家のティエッツィによる演出はいたって伝統的で全く違和感はなかったのだが、後日新聞記事などを検索してベルリンの反応を見たら、なんとベルリンではティエッツィが「何も新しいことがない」という理由でブーイングを浴び、バレンボイムの指揮には盛大なブラボーが出たのだという。国や趣味が変わるとここまで聴衆の反応が変わるのかと、目からうろこが落ちた思いがしたものだ。

 この12月、改装後初めて訪れたベルリン州立歌劇場で観劇したのは、サン=サーンスの「サムソンとデリラ」。旧約聖書に題材をとった、大合唱やバレエを伴うスペクタクルなオペラである。怪力のサムソンを誘惑する悪女デリラに人気美女メゾソプラノのエリーナ・ガランチャ、サムソンに輝かしい声を持つテノールのブランドン・ジョヴァノヴィッチ、ダゴンの大祭司役にこれも名バリトンのミヒャエル・フォレと豪華キャストをそろえただけあって、声の饗宴(きょうえん)で魅了してくれた(新制作)。演出はこれがオペラデビューという映画監督のダミアン・ジフロンが担当したが、これが驚くほどト書き通りの「ハリウッド映画のよう」(ある新聞評)な舞台。ベルリン州立歌劇場らしさを求めた向きには期待外れだったようだが、筆者にはかえって新鮮だった。最終幕が「機材の故障」により、動かない舞台装置の前に歌手が並んで歌うというコンサート形式!になってしまったのにも驚いたが。

ベルリン州立歌劇場「サムソンとデリラ」より。デリラを演じたエリーナ・ガランチャ(右)は5月に来日し、東京、大阪、愛知ほかでリサイタルを行う (C)Matthias Baus

 ところでベルリン州立歌劇場のオーケストラは、「ベルリン・シュターツカペレ」としてコンサートもよく行っている。今回は幸運なことに、歌劇場の倉庫を改装して2年前にオープンした630席のホール「ピエール・ブーレーズ・ザール」で、名ピアニストでもあるアンドラーシュ・シフが指揮するシュターツカペレのコンサートを聴くことができた。小さな編成でのバッハ・プログラムだったが、楕円(だえん)形の舞台を客席が取り囲むこのホール独特の構造もあって、音楽の細部まで目と耳で味わえたのは望外の体験だった。特にシフが弾き振りをしたピアノ協奏曲では、彼のしなやかで強靱(きょうじん)な手を目の当たりにする幸運に出くわすことができた。

 音楽都市、ベルリンの魅力は深い。

アンドラーシュ・シフとベルリン・シュターツカペレによる公演のカーテンコール=12月6日ピエール・ブーレーズ・ザール

       ◇    ◇    ◇

劇場公式サイト

https://www.staatsoper-berlin.de/de/

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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