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イタリア・オペラの楽しみ

フローレスのコンサートを通して考察したテノールの歌唱の変遷

香原斗志

12月14日、サントリーホールでのフローレスのリサイタル 画像提供:サントリーホール

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 昨年12月10日に東京オペラシティコンサートホールで、14日にサントリーホールで、テノールのフアン・ディエゴ・フローレスのコンサートが行われた。彼の代名詞であったロッシーニのアリアを封印した代わりに、ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」やプッチーニの「ラ・ボエーム」、また、フランスのマスネの「マノン」や「ウェルテル」、グノーの「ファウスト」などのアリアを歌い、新生フローレスをアピールした。

 私個人の思いを言えば、多くのテノールが歌う曲ではなく、小さな音符の連なりを敏捷(びんしょう)に歌うアジリタをはじめとする装飾技巧や、音の極端な跳躍や下降が頻発し、フローレス以外にだれが歌えるのか、と思える曲こそを歌ってほしかった。だが、実際には、彼はポピュラーなアリアを歌っても、格調高く、高貴とさえ言いうる歌唱で、その圧倒的な印象に深く納得させられてしまった。どの歌も、まるでフローレスに歌われるのを待っているかのようであった。

 一方で、このコンサートは、テノールの歌唱について考察する契機になった。イタリア・オペラの作曲家では、2日間で歌ったのは歌曲も含めると、1820年代のロッシーニ(1792~1868年)に始まり、ドニゼッティ(1797~1848年)、ベッリーニ(1801~35年)、ヴェルディ(1813~1901年)、そしてプッチーニ(1858~1924年)におよび、その間にフランスのグノー(1818~93年)、ビゼー(1838~75年)、マスネ(1842~1912年)らのアリアを歌った。1820年代から90年代までの歌唱史をたどった格好だ。いまの歌い手はそれらの時代を俯瞰(ふかん)できるが、この数十年は歌唱のあり方が大きく変わった時期であった。各時代の理想に照らしたとき、フローレスの歌唱はどう映るだろうか。

ロッシーニの時代にはなかった胸声の高音

 フローレスがロッシーニのオペラの卓越した歌唱で圧倒的な存在感を示し、今日のスターの地位を築いたことは、いまさら説明するまでもないだろう。彼の歌は、それまでのロッシーニ・テノールの、軽くやわらかい特殊な声によるアクロバティックな歌唱、あるいはすべるようなアジリタとは一線を画していた。フローレスのアジリタは力強く、一音一音が明確に発せられた。ひと言で表現すれば、切れ味のよいスタイリッシュなアジリタである。ロッシーニの音楽が、歌手の卓越した表現力を借りて聴き手に強い印象を与えることを目的としていた以上、まさに作曲家の狙い通りであった。

 ベルカントという言葉で語られる当時のオペラにおいて、歌手に課せられた要求は、もちろんアジリタだけではない。メッサ・ディ・ヴォーチェ、つまり弱音から強音へと徐々に移行し、再び戻すテクニックは必須だった。また、美しいフレージングはもちろんのこと、レガートの旋律に言葉の意味に応じてニュアンスを加えることも、ポルタメントを用いて、あるフレーズからある音へ柔軟に移行することも重要だった。以前、フローレスは「メッサ・ディ・ヴォーチェは意識して行ってはいないが、自然に得られる」と発言していた。その言葉通り、彼はお手本のようには音を漸増させたり漸減させたりはしないが、彼に可能な範囲で強弱をつけただけで、十二分に美しい。

 ただし、アクート(高音)に関しては、フローレスの歌唱はロッシーニがオペラを書いた時代とは異なる。その当時は、テノールが胸声で出すのはせいぜいAまでで、そこから上は頭声やファルセットを使っていた。ロッシーニもテノールのパートにCやDをいくつも書きこんだが、胸声からファルセットへと自然にやわらかくつなぎ、違和感のない響きを生み出すのを前提としていた。いまの聴衆は、フローレスが力強く輝かせるCやDに興奮するが、ロッシーニがそういう声を期待していたわけではない。善しあしを別にして、フローレスのアクートは直前の音からアクロバティックに飛翔(ひしょう)する。それが聴き手に快感を与えるのは紛れもない事実だが、ロッシーニの権威であった故アルベルト・ゼッダも「あれは違うのだ」と言っていた。

 初めて胸声のハイCを劇場に燦然(さんぜん)と輝かせたのは、ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」のエドガルドを創唱したジルベール・ルイ・デュプレ(1806~96年)だった。ロッシーニの「ギヨーム・テル」でのことで、感性や想像力が重視されるロマン主義の思潮に覆われていた当時、その刺激的な表現はたちまち市民権を得た。折からベッリーニも、ドニゼッティも、感情をより直接的に描く表現を志向するようになっていた時期であった。抽象的な表現を通して感情を呼び起こすアジリタは、テノールのパートから次第に消え、美しく、時に力強いフレージングに、感情を表現するニュアンスを加える歌唱が重視されるようになった。そして、ここぞという聴かせどころは胸声のアクートに移っていった。

フローレスはポピュラーなアリアを歌いながら、格調高い歌唱を響かせた 画像提供:サントリーホール

フローレスこそヴェルディの声?

 もっとも、作曲家がただちに胸声のCを求めたわけではない。ベッリーニは「海賊」のグアルティエーロにDを、「清教徒」のアルトゥーロにはFまで書いている(デュプレが胸声のCを出す以前の初演ではある)が、これらを創唱したジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニ(1794~1854年)は、胸声ではBかHまでしか出せなかったという。ただし、輝かしい頭声をごく自然に胸声に接ぎ、声を移行させたことに聴衆が気づかないほどだったという。

 フローレスもルビーニが歌ったレパートリーを多く歌っているが、アクートは常に胸声で歌う。今日の聴衆の嗜好(しこう)を考えれば当然のことだが、ベルカントの理想に照らせば、それは異なるのだ。その意味では、デュプレが創唱したエドガルドのアリアで響かせる胸声のHは、ベルカントの象徴ではなく、当時における美学の転換の象徴として意味があると言えるかもしれない。

 では、ヴェルディはどうか。「フローレスはヴェルディの声ではない」という批評も散見されるが、私は異を唱える。もっと豊かで、ふくよかで、力強いのがヴェルディの声だ、という先入観が一般に存在するが、それは録音が存在して以降の特定の時代の声に左右された結果だろう。ヴェルディが書いた役を創唱した歌手は押しなべて、ロッシーニやドニゼッティ、ベッリーニを歌っていた。それはフローレスのような歌手が、胸声のアクートを手にしつつ歌った、ということとイコールではなかろうか。

 その意味では、一般にテノール・リリコの役とされているグノーやマスネのアリアについても、近いことが言えるだろう。当時の録音は存在しないので確定的なことは言えないけれど、いまイメージされる、ふくよかな声による広がりのある表現は、ヴェリズモの時代を頂点に表現が肥大化していくなかで得られたものではないだろうか。フローレスの端正なのに多彩なニュアンスが加えられたフレージングと、跳躍するようなアクートは、19世紀後半に聴衆を興奮させた歌唱の一例ではないか。そんなふうに思えたのである。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、ファッション・カルチャー誌「GQ japan」のweb版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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