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アンコール

2019年 師走の第九聴き比べ

シモーネ・ヤングとNHK交響楽団 写真提供:NHK交響楽団=2019年12月21日 NHKホール

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 日本の師走の風物詩、ベートーヴェンの交響曲第9番の演奏会が2019年も多数開催された。かつてはオーケストラの〝モチ代稼ぎ〟のためとも言われた年末第九だが、最近では各オーケストラともに実力派指揮者を起用し〝本気の熱演〟で個性を競い合っている。そこで昨年末に行われた第九公演の中から五つをピックアップしてリポートする。

 各公演を具体的に比較するための参考材料として演奏データを付記した。使用譜面のベーレンライター版とは、20世紀末の最新研究をベースに校訂出版されたバージョン。ブライトコプフ版は19世紀以来スタンダードとして使用されてきた版。5公演中、4公演がベーレンライター版を採用しており、日本でも同版が主流になったことが分かる。また、多くの演奏で作曲家在世当時のスタイルを再現するピリオド(時代)奏法の要素が一部、または全面的に取り入れられていた。さまざまなスタイルが混在する現代におけるベートーヴェン演奏。2019年末、各オーケストラがどのような姿勢で臨んだのか、振り返ってみたい。(宮嶋 極)

【チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団】

 東京フィルは名誉音楽監督チョン・ミョンフンが指揮台に立った。オーケストラメンバーの信頼の厚さからか、ミョンフンが振ると演奏の集中力や燃焼度がグンと高まることが多い。この日はその傾向が一層顕著に表れていた。ひとつひとつの旋律やフレーズを深い呼吸感をもってじっくりと紡いでいく。熱気や勢いで押すのではなく、終始きめ細かく音楽が組み立てられていった。全体としては美しい第九であり、指揮者の意図が余すところなく演奏に反映され、聴衆への説得力も十分であった。さらに女声合唱のパートに約20人の少女の合唱(多摩ファミリーシンガーズ)を加えていたのも面白かった。少女合唱の透明感ある声が、アクセントとなり第4楽章は劇的というよりは崇高な雰囲気の音楽に仕上がっていた。

 なお、第九終演後、エルガーの「戴冠式頌歌」から第6曲「希望と栄光の国」が演奏された。この曲は1902年、英国のエドワード7世の戴冠式前夜のガラコンサートのために作曲され、第6曲は有名な「威風堂々」第1番の中間部の旋律に歌詞を付けて歌われるもの。令和時代の幕開けを祝して華やかに演奏会を締めくくった。

チョン・ミョンフンと東京フィル(C)上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団=2019年12月20日・Bunkamuraオーチャードホール

☆演奏&公演データ

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:なし

弦楽器 :1stヴァイオリン 16 2ndヴァイオリン 14 ヴィオラ 12 チェロ 10 コントラバス 8

管楽器 :木管1アシスタント 金管 指定通り

演奏時間:67~68分

独唱  :吉田 珠代(S) 中嶋 郁子(A) 清水 徹太郎(T) 入江 隼人(Br)

合唱  :新国立劇場合唱団 多摩ファミリーシンガーズ

コンマス:三浦 章宏

取材  :12月20日 Bunkamuraオーチャードホール

【アイヴァー・ボルトン指揮 読売日本交響楽団】

 読響を指揮したのはウィーン国立歌劇場やバイエルン州立歌劇場、ザルツブルク音楽祭などヨーロッパの一流歌劇場、音楽祭で活躍する傍ら、自ら古楽アンサンブルを主宰するなどピリオドスタイルにも積極的に取り組んでいる英国出身のアイヴァー・ボルトン。当然、ピリオドの要素を全面的に取り入れた第九を披露した。

 弦楽器は基本14型であるが、低音部を厚めにした編成。管楽器は譜面の指定通りの数。ピリオド奏法のひとつである弦楽器のノーヴィブラートもほぼ全曲にわたって徹底されており、読響弦楽器セクションの音程の正確さ、響きの美しさは特筆すべきものであった。ちなみに弦楽器はヴィブラートをかけながら音程を微調整することも多く、ヴィブラートをかけない場合、音程は一発勝負、確かな技術が要求されるのである。ピリオド奏法を知り尽くしたボルトンは、フレーズ処理などで確信に満ちた対応をしていることが明らかに伝わってくる演奏であり、現代楽器を使用するシンフォニーオーケストラがピリオドの要素を取り入れてベートーヴェンを演奏する際の〝お手本〟とも言うべき完成度であった。

読響を指揮したアイヴァー・ボルトン (C)読売日本交響楽団=2019年12月20日 サントリーホール

☆演奏&公演データ

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:第2楽章前半あり

弦楽器 :1stヴァイオリン 14 2ndヴァイオリン 12 ヴィオラ 9 チェロ 9

コントラバス 7

管楽器 :指定通り

演奏時間:66分

独唱  :シルヴィア・シュヴァルツ(S) 池田 香織(MS) 小堀 勇介(T)

トーマス・オリーマンス(Br)

合唱  :新国立劇場合唱団

コンマス:小森谷 巧

取材  :12月22日 東京芸術劇場コンサートホール

【シモーネ・ヤング指揮 NHK交響楽団】

 N響主催の第九公演では初めての女性指揮者となるオーストラリア出身のシモーネ・ヤング。2015年までハンブルク州立歌劇場の芸術監督を務め、ウィーン国立歌劇場やベルリン州立歌劇場でワーグナーの「ニーベルングの指環」のツィクルス上演を指揮するなど、ヨーロッパではワーグナー、リヒャルト・シュトラウスに定評のあるヤングだけに、ピリオドの要素を取り入れつつも重厚で力感あふれる第九を聴かせてくれた。第1楽章第2主題のフルートの音程をはじめ、スコアに記された選択肢については校訂バージョンを採用。ヴィブラートに関しては要所でかけないようにしていた半面、豊かに響かせる箇所ではオーケストラの自主性に任せているように見えた。最新のピリオドの要素と伝統的なスタイルをうまく融合させた現代的なベートーヴェン。N響の特質をうまく引き出し、重心の低い音作りと引き締まったアンサンブルが際立つ秀演であった。

N響を指揮したシモーネ・ヤング 写真提供:NHK交響楽団=2019年12月21日 NHKホール

☆演奏&公演データ

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:なし

弦楽器 :1stヴァイオリン16 2ndヴァイオリン 14 ヴィオラ 12 チェロ 10

コントラバス 8

管楽器 :木管1アシスタント 金管 指定通り

演奏時間:70分

独唱  :マリア・ベングトソン(S) 清水 華澄(MS) ニコライ・シュコフ(T)

ルカ・ピサローニ(B)

合唱  :東京オペラシンガーズ

コンマス:篠崎 史紀

取材  :12月23日 NHKホール

【ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団】

 目が覚めるような〝快演〟とはまさにこの日のノットと東響による第九をいうのであろう。こちらもピリオドの要素を全面的に取り入れた演奏である。テンポは譜面に指定されたメトロノームの数値にほぼ準拠した設定のため、第2楽章の前半を繰り返したにもかかわらず総演奏時間は62分と最速。といってもスピードに任せて、音楽が突き進んでいくのではなく、アーティキュレーション(音と音のつなぎ方)やフレージングを細部にわたって見直し、大きな旋律線を描き出すように音楽が形作られていく様は実に見事であった。時折、主旋律やハーモニーの下に埋もれていた隠れた旋律などにスポットが当てられる。それが単なる〝新発見〟として過ぎていくのではなく、それが音楽全体においてどのような意味を持っているのかが明快に提示されているように感じた。ピリオドの要素を取り入れたベートーヴェン演奏の鮮やかな進化形といえるだろう。1点だけ欲を言えば、弦楽器の編成を小さくしてこれほどまでに徹底した演奏に仕上げたのだから、ティンパニはバロック式の小型の楽器を使ってほしかった。現代楽器のペダル・ティンパニは響きが少々豊かすぎるように聴こえたからだ(まあ、ティンパニの響きにまでこだわるのは欲張りすぎかもしれないが…)。終演後、場内の照明が落とされ合唱団の半分が客席に降りてペンライトを振りながら「蛍の光」をアンコール。さらにオーケストラが退場しても喝采は鳴りやまず、ノットがステージに呼び戻されるほどの盛り上がりをみせた。こうした聴衆の反応も納得の素晴らしい演奏であった。

東響を指揮したジョナサン・ノット 撮影:平舘平 提供:東京交響楽団=2019年12月28日 サントリーホール

☆演奏&公演データ

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:第2楽章前半

弦楽器 :1stヴァイオリン12 2ndヴァイオリン 12 ヴィオラ 8 チェロ 6

コントラバス 5

管楽器 :指定通り

演奏時間:62分

独唱  :ルイーズ・オルダー(S)ステファニー・イラーニ(MS)

サイモン・オニール(T) シェンヤン(B)

合唱  :東響コーラス

コンマス:グレブ・ニキティン

取材  :12月28日 サントリーホール

【ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2019 小林 研一郎指揮 岩城宏之メモリアル・オーケストラ】

 大みそか恒例のベートーヴェンの全交響曲の連続演奏会。今回で17回目、そのうち小林研一郎が12回指揮台に立った。今年傘寿を迎える小林だが、毎年この演奏会を聴くことで彼の円熟の度合いが次第に深まっていくことが分かり興味深い。初めて登場した2007年の頃は〝炎のマエストロ〟の異名の通り、パッションあふれる演奏で聴衆を圧倒した印象が強かったが、ここ数年、特に昨年はきめ細やかに音楽を組み立て、第九の核心である人類愛、人間愛を前面に打ち出しているかのような演奏であった。19年末取材した中では唯一の旧版使用、ヴィブラートもしっかりかけての演奏であったが、古びて聞こえることはなく温かみにあふれた第九は、聴衆の心を大きく揺らすのに十分な力があった。

 演奏は篠崎史紀(N響第1コンマス)をはじめとするN響メンバーを主体に全国のオーケストラの腕利き団員やソリストによって編成される岩城宏之メモリアル・オーケストラ。ここ数年、多くのメンバーが常連として参加しており交響曲全9曲のペース配分も習熟してきたためか演奏の完成度は年々高まっている。終演後に知ったことだが、小林は前日のリハーサル時から6時間にわたって鼻血が止まらなくなり、都内の大学病院に緊急搬送されたそうだ。本番当日も楽屋に医師が待機しての指揮となったとのことで、その分、オーケストラメンバーの切迫度、緊張感も高まっていたのかもしれない。今年大みそかもさらに円熟味を増したコバケンの第九を聴かせてもらいたいものである。

岩城宏之メモリアル・オーケストラを指揮した小林研一郎とコンマスの篠崎史紀(C)Michiko Yamamoto=2019年12月31日・東京文化会館

☆演奏&公演データ

使用譜面:ブライトコプフ版

繰り返し:なし

弦楽器 :1stヴァイオリン14 2ndヴァイオリン 12 ヴィオラ 10 チェロ 8

コントラバス 6

管楽器 :木管・トランペット倍管 ホルン1アシスタント

演奏時間:71~72分

独唱  :市原 愛(S) 山下 牧子(A) ジョン・健・ヌッツォ(T) 青山 貴(Br)

合唱  :武蔵野合唱団

コンマス:篠崎 史紀

取材  :12月31日 東京文化会館

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)毎日新聞グループホールディングス執行役員、毎日映画社社長、スポニチクリエイツ社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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