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東条碩夫「マエストロたちのあの日、あの時」

巨匠ロリン・マゼール、初来日の頃(続)

1973年1月、ベルリン放送交響楽団の首席指揮者として来日したマゼールと夫人

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 前回の話の続きだが、ベルリン・ドイツ・オペラは、1963年に続いて、1966年秋にも来日した。

 この時にはワーグナーの「さまよえるオランダ人」(日本初演)、ヴェルディの「椿姫」、モーツァルトの「魔笛」と「後宮よりの逃走」、ヘンツェの「若き恋人たちのエレジー」(日本初演)という、前回と同様に多彩な演目を持ってきていた。

 初来日の際にベルクの「ヴォツェック」を上演したのと同じように、近・現代作品を必ず含めるというところは見上げたものだった。そういえば1970年の3回目にも、それぞれ日本初演となるベルクの「ルル」とシェーンベルクの「モーゼとアロン」を持ってきていたのだ。

 それにしても、字幕などなかった時代である。みんなよく頑張ってこんな難しい(?)オペラを見に行ったものだと思う。

 マゼールは、この時にはすでにベルリン・ドイツ・オペラの音楽総監督になっていた。日生劇場の3年前のプログラム冊子にはローリン・マーツェルと表記されていたが、1966年のそれにはローリン・マゼールと変更されていた。

 この一連の公演で、彼が指揮したのは、最初の2作のオペラと、特別演奏会におけるベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」である。

 まず「さまよえるオランダ人」だが、音楽総監督が振るこの作品がオープニング公演となっていたのは当然のこと。NHKがラジオで生中継をしていたが、第1幕が終わったあとで(ということは3幕連続上演版でなく、各幕上演版だったわけだ)解説者が「あの幽霊船の出現場面は衝撃的でしたねえ」などとしゃべっている最中に、いきなり第2幕の序奏の演奏が始まってしまい、話はちょん切れ。さては打ち合わせ不足だったのだな、と苦笑したことを記憶している。

 私が見たのは第2回上演(10月22日)だったと思う。

 実は後年、舞台関係の人から聞いた話なのだが、第1幕の幕が開いた時に、舞台の真ん中あたりに舞台の裏方さんが履いていたゾウリの片方が転がったままになっていて、それにマゼールが気づき、指揮しながら「あれま」という顔をした、というのである。どの公演の日か忘れたとその人は言うのだが、私が見ていたその日、水夫の一人が舞台中央で何かを拾い上げ、それを下手の袖へ投げ込んだのを見た記憶があるので、多分それがそのゾウリだったのだろう。その時は変な演出だなと思って見ていたわけだが、とにかく舞台が嵐にもまれる船の甲板という雑然とした場面だったので、ゾウリも目立たなかったのは幸いであった。

 余談はさておき、この時にもマゼールは、歯切れのいいリズムとテンポで追い上げる指揮を聴かせていた。オーケストラの弦のトレモロの響きが薄いので、海の雰囲気には欠けていたものの、全体としては劇的な力感にあふれた小気味よさを感じさせた。ロマンティックオペラとしての神秘性よりも、むしろ現代オペラ的な冷徹さを感じさせる「さまよえるオランダ人」だったと記憶している。いずれにせよ、第1回来日の際の「トリスタン」と違って、彼の指揮がプラス面に生きていたことは事実だった。

 だがマゼールの指揮でむしろ興味深かったのは「椿姫」である。それは、いわゆるイタリア・オペラの演奏スタイルとは全く違った手法で、メロディーの流麗さを重要視せず、登場人物の心の動きを反映するようにテンポやデュナーミク(強弱の対比)を調整し、甚だゴツゴツした音楽に仕上げた演奏だったのだ。

 なるほど、イタリア・オペラもこのように演奏すると、ただの「歌」でなく、随分心理描写的な音楽に変貌するものだ、面白い、と、――まあ50年以上も前のことだから私の思い込みも一方的なものだったかもしれないが、とにかくその時はそう感じて悦に入っていたのであった。

 だが、当時としてはもちろんこれは甚だしい「異端の演奏」だったに違いなく、世の評論家たちのマゼール指揮の「椿姫」への批評は、もう見事なほどにクソミソであった。「音楽の友」や「レコード芸術」での座談会での合同批評も、「イタリア・オペラというものが全く解(わか)っていない」とか「カンタービレを無視している」「自然さに欠ける」といった発言ばかり。先生方、やっぱりイタリア・オペラの既成概念から一歩も出ていないなあ、と私はひとりで憤慨したものだ。

 しかし、「レコード芸術」の1966年12月号掲載のインタビューで、マゼール自身が「このオペラだけは私が隅々まで本当に磨き上げて勉強したレパートリーです、これを私はオペラと言いたいのです」と断言しているのを読むと、マゼールが確固とした信念を以(も)って自己の主張を打ち出していたのだということがわかる。私はこれでいよいよ、若きマゼールの端倪(たんげい)すべからざる才能を感じた次第であった。

筆者プロフィル

 東条 碩夫(とうじょう・ひろお) 早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。

ブログ「東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com」公開中。

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