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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第2回>レナート・ブルゾン(バリトン)

サントリーホールのオペラアカデミー公演「ファルスタッフ」で題名役を歌い、みずから演出も行ったレナート・ブルゾン=2006年5月10日 (C)サントリーホール

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気品ある立ち姿そのままのノーブルや声と歌唱

ヴェルディの精神を最も具現化できたバリトン

 バリトン、わけてもヴェルディを歌うすぐれたバリトンがいない、と言われるようになって、どれだけたつだろうか。しかし、十数年前まではレナート・ブルゾンがいて、毎年のように来日してくれていた。今日と、なんという違いだろうか。

 ブルゾンは立ち姿から歩き方、小さな所作までほかの歌手と違った。貴族的で品位があり、登場しただけで歌の質を予感させ、「人は見た目が9割」という言葉そのままに、歌もこのうえなくノーブルだった。

 レガートが高貴なこと、アクセントやポルタメントが優雅なことはもちろん、一語一語に神経が行き届き、ニュアンスを微細に表現しながら旋律にドラマを与えていく。結果として、ヴェルディの音楽の高貴なたたずまいがさらに補強される。

 ヴェルディ自身が望んだと思われる、このような表現においてブルゾンを超えるバリトンを私は知らない。エットーレ・バスティアニーニやピエロ・カップッチッリを支持する人も多く、声量や声の艶にかぎれば、ブルゾンより長じているところもあるだろう。しかし、多彩な音色と豊かなニュアンスを伴うノーブルな旋律という点では、ブルゾンの敵ではなかった。

 しかし、意外にもブルゾンはノーブルな家庭に生まれてはいない。北イタリアのパドヴァ近郊、グランツェで、土地のない極貧の小作人の家庭に生まれ、日中は工場勤務から土木工事まであらゆる仕事をし、辛うじて夜に学ぶという、言い難い苦労をしたという。その末に、30歳をすぎてようやく認められた。

 苦労人ゆえに、積み上げることの大切さを身に染みて知ったのだろう。デビュー当初からヴェルディの作品も歌ったものの、初期にはドニゼッティやベッリーニ、あるいはモーツァルトなどを歌う機会が多かった。それらの古い録音を聴くと、発声がきわめて滑らかなうえ、小さな音符の連なりを敏捷(びんしょう)に歌うアジリタも巧みだ。盤石の表現力を維持しながら声の熟成を待ち、ヴェルディ歌いとして大成したのである。

 2001年12月、新国立劇場で「ドン・カルロ」のロドリーゴを歌ったとき、ブルゾンにインタビューした。その際、すぐれたヴェルディ歌いが輩出しない理由を、昨今の演出の傾向にからめてこう語っていた。

 「ヴェルディを歌うにはレガートがとても大事なのに、教育の影響で常にフォルテで叫ぶことしかできない人が多くなった。しかし、ヴェルディが描いた人物像がはっきり理解できれば、そんな歌唱にも歯止めがかけられるのに、派手さばかりを狙って解釈があいまいな演出が増えたことで、歯止めがかからなくなっているのです」

 ブルゾンは歌唱にも所作にも派手なところは少しもなかったが、彼が歌うとヴェルディの描いたドラマは、だれが歌うよりも深まった。さらには年輪を重ねるごとに、ヴェルディが聴いたら狂喜したに違いない滋味のような深みが加わった。それはきっと人並みならぬ苦労が昇華した、ブルゾンにしか出せない味わいだったと思われる。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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