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ポゴレリッチのラヴェル《夜のガスパール》 気配をすべて指に=梅津時比古

(C)MasamiIhara

 ポゴレリッチはリサイタルの開演直前まで、舞台上で静かにピアノを弾いている。聴衆が入ってきても意に介さないようだ。本人は「私服だから調律師と思われているでしょう」と言うが、今ではかなりの人が、ポゴレリッチ本人と気づいている。

 「なぜ直前まで?」と問うと、「手を慣らしているだけ」「ピアノの鍵盤は、不思議なことに前の人が弾いた指の動きを記憶している。時間をかけてそれを消し、自分の指を覚えてもらっている」「オーケストラの団員も時々直前まで舞台で弾いているじゃない? ピアニストではなぜ不思議なの?」と逆に問い返された。

 ピアノと完全に一体になろうとしているのであろうが、それだけではない気もする。おそらく舞台の上の空気、かすかに客席から来る風など、そこに流れている気配すべてを指に、そして自身の全体に染みこませようとしているのではないか、と私は想像する。なぜなら彼のリサイタルでは、そこにしかない、ほかでは起こりえない響きが聞こえてくるからである。

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