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アンコール

劇場閉鎖直前のイタリア ミラノからローマまで5都市のオペラ最前線

カルロ・フェリーチェ劇場で上演された「セビリャの理髪師」 (C) MARCELLO ORSELLI

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一刻も早い正常化を祈りつつ

 新型コロナウイルスへの感染者急増を受け、欧米の主要劇場が軒並み閉鎖されてしまう前に、ヨーロッパにおける感染の中心地となった北イタリアを中心にオペラを鑑賞した。以下は劇場閉鎖直前のイタリアのオペラ上演最前線である。(香原斗志)

 ジェノヴァのカルロ・フェリーチェ劇場を訪れたのは1月17日。ロッシーニ「セビリャの理髪師」の舞台は、エマヌエーレ・ルッツァーティによる装置がさえていた。白地に黒でセビリャらしい繊細で優美なアラベスク模様があしらわれていたが、白と黒の石を交互に配した装飾は、海洋国家として栄えた中世ジェノヴァの特徴でもあった。それをさりげなく刻印したのが心憎い。

 アルマヴィーヴァ伯爵役のルネ・バルベラ(ten)が体調不良で降板したが(代役はフランチェスコ・マルシリア)、ドン・バルトロ役のパオロ・ボルドーニャ(bar)が、絶妙の喜劇役者ぶりを発揮しつつもロッシーニの音楽語法に沿った表現で、終始リードした。おかげで、アレッサンドロ・ルオンゴ(bar)のフィガロの押し出しが強く、装飾歌唱が達者なアンナリーザ・ストロッパ(mez)のロジーナが感情過多でも、音楽は全体として引き締まった。指揮者のアルヴィーゼ・カゼッラーティは、ロマン派の作品のほうが持ち味は生かされそうだ。

 18日にはトリエステに。その晩と翌19日の晩、演目は、ヴェルディ劇場での上演は1871年以来というドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」だった。アンドレア・ベルナール演出の舞台は、右に格天井と床が置かれ周囲は荒地。この対比は、フェッラーラの宮廷の華やぎと悪女ルクレツィアとの明と暗、彼女と夫アルフォンソ公との間の軋轢(あつれき)、彼女のなかの冷酷さと息子ジェンナーロへの愛情との落差などを象徴しているのだろう。

ヴェルディ劇場で上演された「ルクレツィア・ボルジア」 (C)Teatro Giuseppe Verdi

 ロベルト・ジャノーラの指揮がさえていた。様式感が保たれたままロマン派らしいアーティキュレーションが絶妙につけられ、流麗な旋律に乗って声が押し寄せながら音楽はテンポよく推進するのだ。

 歌手は19日のA組を中心に記すと、ルクレツィア役のカルメラ・レミージョ(sop)は、以前より劇的表現力が増したが精緻なフォームも健在で、フィナーレのカデンツァの省略は残念としても理想のルクレツィアだった。ジェンナーロに初挑戦したステファン・ポップ(ten)は体調不良も尻上がりに調子を上げ、制御が行き届き力強さにも不足がない流麗な歌唱を聴かせた。

 ジェンナーロの友人マッフィオ・オルシーニ役のチェチーリア・モリナーリ(mez)は、これがドニゼッティへのデビューだったが、洗練された深い声と、たしかな技巧に支えられた端正かつエレガントな表現で、大きな存在感を示した。ドン・アルフォンソのキム・ドンホ(bs)も、力強くも様式感のある歌唱で負けていない。B組ではオルシーニ役のヴェータ・ピリペンコ(mez)が、安定した響きとフォームに将来性が感じられた。

ヴィオッティとグリゴーロで至高の「ロメジュリ」

 1月21日、スカラ座で鑑賞したグノー「ロメオとジュリエット」が、今回鑑賞した上演の白眉(はくび)であった。まだ29歳だった指揮者ロレンツォ・ヴィオッティの作りだす音楽は、冒頭から色彩が極めて豊かで、エレガントかつ力強い。第1幕の導入部で繰り返されるマズルカひとつとっても少しずつ絶妙に表情が変えられ、そうした変化のすべてに意味が内在している。また、叙情的なメロディの美しさが強調されつつ、劇的な運びにすぐれてドラマが引き締まる。この作品の美質がこうも引き出された演奏をほかに知らない。

 歌手はロメオ役のヴィットリオ・グリゴーロ(ten)が秀逸だった。呼吸の制御が卓越しており、言葉の意味に合わせてフレーズに自在に色彩と強弱を与え、生命を宿らせる。ロメオに不可欠な情熱的な表現も申し分ない。ジュリエット役のディアナ・ダムラウは体調不良でキャンセルしたが、若いヴァンニーナ・サントーニ(sop)がみずみずしい歌と容姿で穴を埋めていた。

 バートレット・シャー演出の壮麗な舞台はメトロポリタン歌劇場と同じもので、装置や衣装から判断するに時代を中世から18世紀後半に移している。第3幕のマキューシオとティバルドが致命傷を受ける場面では、グレゴリオも交えて激しい殺陣が繰り広げられ、刀と刀がぶつかり合って本当に火花が散っていた。

スカラ座で上演された「ロメオとジュリエット」 (C) Teatro alla Scara/Marco Brescia & Rudy Amisano

 翌22日、トリノ王立劇場ではチマローザの「秘密の結婚」だった。89歳の演出家ピエール・ルイジ・ピッツィが装置も衣装も手がけた舞台は白と直線が基調で、いつもながらにモダンで洒落(しゃれ)ている。それがドイツの若き指揮者、ニコラス・ネーゲルの紡ぐキレのいい音楽とかみ合った。モーツァルトが没した翌年初演されたこのブッファは、序曲冒頭のニ長調の3和音から軽快な弦の音型までモーツァルトを想起させ、優美で活力にあふれ、ロッシーニの湧き立つリズムも予見している。ネーゲルはこうしたチマローザの美質に絶妙の呼吸で応え、闊達(かったつ)に音楽を運んだ。

 ひそかに結婚している二人、カロリーナ役のカロリーナ・リッポ(sop)とパオリーノ役のアラスデア・ケント(ten)は冒頭の二重唱から軽やかで柔軟な歌唱を披露。カロリーナの父ジェローニモ役のマルコ・フィリッポ・ロマーノ(bs)が達者な喜劇役者ぶりで、ロビンソン伯爵役のマルクス・ヴェルバ(bar)もすぐれた歌唱。この作品が演出、器楽、歌手が理想のバランスを保って上演されるのは稀有(けう)なことだ。

トリノ王立劇場で上演された「秘密の結婚」 (C)Teatro regio di Torino

意外にもガッティの理想的なベルカント

 ローマ歌劇場では23日、ダニエーレ・ガッティの指揮に驚かされた。ベッリーニ「カプレーティとモンテッキ」の新演出初日。近年、後期ロマン派の交響曲のイメージが強いマエストロが、イタリアのベルカントをそれらしく振れるのかと疑ったが、良い意味で裏切られた。憂いをたたえた旋律が素直に生かされつつ、ベッリーニの呼吸そのもののように抑揚が与えられ、ドラマが深掘りされる。しかも批判校訂版を用いたノーカット上演で、カデンツァの細部まで慣習的な省略は廃され、反復される箇所には初演時の慣習にのっとってバリエーションが加えられる。知的ゆえに情にも訴える理想的な音楽だった。

 歌手はヴァシリサ・ベルジャンスカヤ(mez)が、洗練された声と卓越した技巧で傑出していた。大歌手になる予感がある。ジュリエッタ役のマリアンジェラ・シチリア(sop)も情感をたたえたフレージングが美しい。デニス・クリーフの演出は無理に現代に移したがゆえに、名家同士の反目がマフィアの抗争かなにかに置き換えられてしまい、感情移入を拒まれたのが残念だったが、音楽の充実度は高かった。

ローマ歌劇場で上演された「カプレーティとモンテッキ」 (C)Yasuko Kageyama/Teatro dell’opera di Roma

 翌24日の最終日は、いまやウイルス感染の最前線になってしまったベルガモのソチャーレ劇場でロッシーニ「グリエルモ・テル」。ロンバルディア州およびピサの劇場による共同制作で、アルノー・ベルナールの演出は、現代の家庭で子供(ジェミー)が絵本を読んでいると描かれた世界が現出するという設定。ファンタジー豊かで、視覚的にも美しく見せた。小さな劇場で壮大なドラマを演出する際のすぐれた解決策である。

 若いヤコポ・ブルーサの指揮は、旋律美と劇性がバランスされたすぐれたもので、カットも最小限に抑えられていた。歌手もバランスよく配置され、特にアルノルド役のジュリオ・ペッリーグラ(ten)が、至難のアリアも軽々と歌い上げ、圧巻だった。

 このように、つい2カ月余り前まで、イタリアでは毎日各地ですぐれたオペラが盛んに上演されていた。そうした日が一日も早く戻ることを心から願わずにはいられない。

ソチャーレ劇場で上演された「グリエルモ・テル」 (C)Alessia Santambrogio

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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