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東条碩夫「マエストロたちのあの日、あの時」

世紀の大テノール、マリオ・デル・モナコ全盛期の来日

マリオ・デル・モナコ=1969年

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 マリオ・デル・モナコが日本で舞台上演のオペラに出演したのは、1959年と1961年の2度だけだった。1959年春にはヴェルディの「オテロ」の題名役とビゼーの「カルメン」のドン・ホセを歌い、また1961年にはジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」の題名役、ヴェルディの「アイーダ」のラダメス、レオンカヴァッロの「道化師」のカニオを歌った。

 オテロは、何といっても彼の最大の当たり役だったし、そのドラマティックな声と演技が日本のファンに筆舌に尽くし難い衝撃を与え、今でも当時を知る人々の間で語りぐさになっているほどである。だがその時の東京での会場は、クラシック音楽用のホールではない東京宝塚劇場だった。音響も舞台も、不充分だったのが惜しまれよう。その点、1961年秋の三つの上演の方は、その春に落成したばかりの東京文化会館大ホールで行われたので、ピットに入ったオーケストラ(N響)の響きとのバランスなどを含め、彼の並外れた迫力の全貌を充分に日本のファンに伝えることができたと思われる。

 先に挙げた上演のうち、「カルメン」を除く四つのプロダクションは、NHKの収録映像によりDVDでリリースされているので、彼の貴重な舞台姿や歌唱の模様をたっぷりとしのぶことができると思われる。

 だが、あえて言うけれども、不世出の大歌手マリオ・デル・モナコの本当のすごさは、やはりナマ上演でしか分からないだろう。例えば「アンドレア・シェニエ」である。必ずしも広く知られていない存在であるこのオペラさえ、彼が歌うと、イタリア・オペラ史上の大傑作に感じられてしまうのだ。第1幕のアリア「ある日青い空を」や第4幕のアリア「5月の美しい日のように」、第2幕後半のマッダレーナ(レナータ・テバルディ)との愛の二重唱、第3幕の裁判の場での「私は兵士だった」などでの胸のすくような劇的な歌唱はもちろんだが、何といってもラストシーン、マッダレーナとの二重唱――断頭台に向かう恋人同士の最後の絶唱ともいうべき二重唱での圧倒的な迫力は永遠に忘れられないものだった。

 私は東京文化会館の1階の最後列に近い位置で聴いていたのだが、ごうごうと鳴るオーケストラの音を軽々と飛び越えて、声が一直線にこちらへ飛んで来るそのすさまじさには、体がすくむような思いをした。ただ声がバカでかいというのでは決してない。あくまでも知的に制御された、遠くまでよく通る、澄んだ輝かしい声――歌唱なのだ。それゆえ、音楽的にも充分な説得力にあふれているのである。

 そこでは演技も何もない。ただ2人が手をつないで立っているだけだ。テバルディはあまり身体を動かさないが、デル・モナコは彼の癖で、高音を張る時にはカッと目を開いて片手と片足を前に出し、身体に弾みをつける。それだけなのだが、しかしそれで充分なのだった。演出がどうのこうのということなど問題ではなく、ただその「声」、いや「歌」そのものが万能の力を持っていたのだった。イタリア・オペラの神髄は、まさにここにあっただろう。

 「アイーダ」のラダメスも、強靭(きょうじん)な英雄、力強い将軍という感で、これも卓越した歌唱だったが、ただこの時の上演では、さすがのデル・モナコも、敵役のアムネリスを歌い演じたジュリエッタ・シミオナートに食われた感がなくもなかった。なにしろ、この時の彼女は本当にすごかったのだ。第4幕第1場でのラダメスや祭司長との応酬の場では、シミオナートは、もはやこのオペラのヒロインだった。客席には、拍手と一緒にどよめきさえ起こったほどだった。

 むしろ、「シェニエ」とともにデル・モナコの本領が存分に発揮されたのは、やはり当たり役の「道化師」のカニオにおいてである。第1幕で村人たちを相手に「芝居にぜひ! 今夜11時に!」と高音を聴かせる箇所では、例のジェスチュアを交えて大見得(みえ)を切る。そして、いよいよそのあとの「狂乱のカニオ」で、彼のドラマティックなパワーを全開するというわけである。第1幕の幕切れ「衣装をつけろ」での絶唱は、まさに彼の歌唱の最高峰に相応(ふさわ)しいものだった。細かいニュアンスよりも抑えきれぬ激情の噴出に重点を置いた表現ではあったが、その道化師の慟哭(どうこく)の悲痛さに、私たちは完全にのみ込まれてしまうのである。

 その時は、彼が歌い終わった瞬間に拍手が爆発し、そのあとの長いオーケストラの後奏は全く聞こえなくなってしまった。なにしろ、当時イタリア・オペラを観(み)に来る日本の観客の中には、歌が終われば――いや終わっていなくても、単にパウゼ(休止)であっても、オーケストラが鳴っていようがいまいが手をたたきはじめてしまう人が多かったのである。

 たとえば「シェニエ」の最後の二重唱の終わり近く、刑吏が「アンドレア・シェニエ!」と呼ぶ直前に、音楽には大きな休止が2度あるが、そこでさえ、ワッと拍手を始めてしまうお客がいたのだ。オペラを初めて観る客も多かったのだろう。まして主人公2人が馬車に乗って断頭台へ向かう場面のあのオーケストラの後奏など、全く聴いていないで拍手してしまう。それゆえ、「衣装をつけろ」のあとでも同様、オーケストラがいまだ歌い続け、デル・モナコがいまだ演技を続けているのにもお構いなし、拍手を始め、しかも最後までやめない、という状態なのであった。

 私を含むオペラ・マニアの若造どもは、こういう風潮に激怒していた。私は「オペラでの拍手の仕方について」と題して、「歌手だけでなくまず《音楽》を聴くべきだ」という趣旨の一文をものして、新聞に投書したりしたのだが、やはり載らなかった……。(この項続く)

筆者プロフィル

 東条 碩夫(とうじょう・ひろお) 早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。

ブログ「東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com」公開中。

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